18話

 一つ疑問に思うことがあった。

「本当に志摩さんって、接客できるんですか?」

 初対面で不審者と勘違いされたり、バイト終わりはみんなに家まで送ってもらったり。

 あんな状態で知らない人と、接しないといけないこの仕事ができるはずない!

「できるよ」

 店長の回答は早かった。

「……本当に?」

「本当に。――なぁ、明日見さん」

「はい!」

 レジの所にいる明日見さんの明るい声がした。

 ――ちなみに俺は今、品出しをしているところだ。

「お客が来る度に叫んでいるのでは?」

「そんなわけないだろ。ちゃんとやってるよ」

「じゃあ何で人見知りのままなんですか!?」

 店で平気なら外でも大丈夫だろ!?

 見送りも必要ないんじゃあ……

「違うんだって。ほら……あの子、演劇部だから」

「……店長って、時々おかしなことを言いますよね」

 今ので何をわかれというんだ。

 演劇部が何だ。

「わかるだろ?」

「わかるわけないでしょ! 演劇部だから何ですか! 接客中は演技をしているとでも言いたいんですか?」

 自分で言って、ハッとなった。

「……えっ? まかさの……」

「そのまさかだよ」

 えええ……

 そんなこと……ある!?

「あの子はバイト中、紫陽花堂学園前店という文房具店の女子大生アルバイト、志摩朱夏あやかという役を演じて乗り切っているんだよ」

「人見知りのくせに演劇部っていうのがまず意味わからないです……」

 ここまでやっておきながら、治らないのも意味不明……

「演劇部は、人見知りを治すべく、友人の勧めで入ったそうだ」

「はぁ……そうですか……」

「志摩さん、とてもお上手なんですよ! 昨年文化祭に呼んでいただいて、観に行ってきました! ね、店長!」

 そうだな。と、店長は頷くが……

「え……? わざわざ……? 明日見さんと二人で……?」

「おっと。何だ、その目は。志貴も一緒に行ったから」

 それを聞いて少し安心した。

「あのね、自分の店の子に、しかも女子大生に手を出すほど俺はバカじゃないよ。沖君、俺をそんなふうに見てたの? ひどいなぁ。気遣ってあげたり、優しくしてあげたりしていい上司でいてやってるのに」

「自分で言うんですか……それ……」

 本社営業部の上司たちと比べると、当然、秋谷店長のほうがいい上司だとは思うけど……

「ハイ。罰としてあとは一人でやってちょーだい。俺は違う仕事をやります」

 とは言っても、もうすぐで終わりそうだ。

 はぁ……頑張るか。

「沖さんは、志摩さんと仲良くなれましたか?」

「いや……」

 明日見さんに尋ねられ、返答に迷う。

「家まで見送りもしましたけど……まだ警戒されているというか。あれから会っていませんし……」

「あー……志摩さんお忙しいですもんねぇ。私も最近お見かけしないです」

 何かと忙しい人が多いな。この店。

「三年生って言ってましたよね。就活とか卒論を考えないといけない時期ですしね」

「そうですねぇ。あと、志摩さんの場合教育実習もあるそうですよ」

「……はっ? 教育実習?」

 またとんでもないワードが聞こえたような……

「ええ。志摩さんって、教育学部で幼稚園教諭コースを専攻されているんですよ。ピアノレッスンもあったりと……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 情報量が多すぎる!

 教育学部? 幼稚園教諭? ピアノ?

 ――どれもこれも人見知りなんて言ってる場合じゃないだろ!

「それなのに、あんなことに……?」

「大変ですよねぇ」

 明日見さんの言う大変と、俺のそれとは違うと思う。

 あれ?

 何だか頭が痛くなってきたな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る