17話

 店のほうはアルバイト二人に任せ、俺はこれまで教わった通り一人で黙々と事務所で作業をしていた。

 運のいいことに誰からも電話はかかってこないし、厄介事も起きない。

 このまま閉店まで平和を保ってほしい。

「あの……すみません……」

 慎重に仕事を進めていると、おどおどした様子で志摩さんが顔を出した。

「どうかしましたか」

 俺は椅子から少し腰を浮かせ、身構える。

「この商品、なくなりそうなので発注をお願いしたいなぁ……と……」

 何だ、そんなことか。

 俺は心底ホッとした。

「わかりました。やっておきます」

 志摩さんからメモを受け取る。

 見ると、やや丸みを帯びた可愛らしい文字が並んでいた。

 それを見て、俺はふと思い出した。

「そういえば、箱」

「箱?」

 いきなり喋りだした俺に、ビクッとしつつも彼女は反応してくれた。

「アンケート箱。作ってくれたの、志摩さんですよね」

「えっと……消しゴムの……?」

「それです」

 月曜日、有り難いことに店長が俺に休みをくれたので知らなかったけれど。

 志摩さんが例のアンケート箱を作って設置してくれたそうだ。

「作ってくださってありがとうございます。昨日一日であれを作ったんですか? すごいですね」

「そ……そんな……私は……」

 褒めているというのに、彼女はじりじりと後退していく。

「あの為だけに終わらせてしまうのはもったいないくらいの出来でしたよね。再利用できるかな……」

「あ……あのくらいでしたら、いくらでも作りますので! 私……ああいうの作るの、好きなんで……そ、それでは!」

 ぺこりと頭を下げ、転びそうになりながら俺の前から消えてしまった。

 まだ警戒されているのか……

 接し方がわからない……


「疲れたなぁ。今日は一段と疲れたなぁ。誰のせいかなぁ」

「志貴君……」

 冷静沈着な志貴君が、その日の帰り、とても不機嫌だった。

 そんなことばかり言うので、志摩さんがどんどん小さくなっていく。

「沖さんもビックリしたでしょう? いきなり叫ばれて」

「ビックリしたけど、もうやめてあげなよ……」

 志摩さん、泣きそうだから。

「志摩さんもいい加減一人で帰れるようになりなよ。高校生に連れて帰ってもらって恥ずかしくないの?」

「うぅ……恥ずかしいし、情けないです……」

「志貴君! この間駅前の焼き鳥食べたいって言ってたよね! あとで奢ってあげるから少し静かにしようか!」

 本当? やったぁ。と、大人しく彼は黙ってくれた。

 何でこんなことしてるんだろう……俺……

「すみません。本当にすみません!」

 何度も何度も彼女は、俺に謝ってきた。

 やめてくれ……俺はもう気にしてないから……

「志摩さん、今日は買い物いいの? 真っ直ぐ帰る?」

「うん……帰る……」

 おい、待て。

 そこまで面倒見てやってるのか!?

 はぁ~……ある意味仕事よりきつい……

 俺はバレないようにため息をついた。


 ちなみにあとで志貴君に聞いたところ、買い物についていくと何か奢ってもらえるから、ああは言ったもののさほど気にしていない、とか。

 何てやつなんだ……

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