15話

  毎日(精神的に)激動の日々を送っているので、休憩中は食事が済むと眠ってしまうことが多かった。

 その日も机に突っ伏して深い眠りについてしまっていた。

 いや、浅かったのかもしれない。

 物音がしたような気がして、目が覚めてしまったから――。

 とは言っても、頭はボーッとしており、寝ぼけていた。

 それでも何となく人の気配がしたので、視線を動かすと、誰かが事務所の外に立っていた。

 女性。

 見たことのない女性だった。

 彼女も硝子越しにこちらを見ている。

 ――そして。

「きゃあああああぁぁーっ!!」

 叫んだ。

 それはもう、耳をつんざくような叫び声をあげた。

「え……え!?」

 そこで俺の意識はようやく現実に戻り、慌てて立ち上がった。

「だ、大丈夫ですか!?」

 何が起きたのか全くわからないが、とりあえず扉を開けて外に出た。

「きゃあぁっ!? だ、誰ですか、あなたは! こっちに来ないでぇぇ!」

「……はっ?」

 彼女は俺を見て腰を抜かし、床を這いつくばって逃げようとする。

「うるさいぞー」と、店長の声が店のほうからした。

「て、てんちょ……たす、たすけ……」

 聞こえるわけもない大きさの声で、彼女は助けを求める。

 助けてほしいのはこっちだ。

 どう見ても俺が不審者扱いされている。

 ――大体、不審者があんな所で寝てるわけないだろ!?

「あ、あの! 聞いてください! 俺は怪しい者ではありません!」

「ひぃぃぃぃ!」

 近づこうとすると、怯えて逃げられる。

 駄目だ。

 何とか誤解を……

「あ! もしかして、志摩さんですか?」

「な、何で私の名前をっ……!?」

 余計に怖がらせてしまった。

 というか、この人が志摩さんだったのか……

 俺の存在を聞かされていないのか?

 そんなわけないよな……

「俺、沖って言います! 聞いてませんか? 新しくこの店で働くことになった……」

「……何してんの?」

 必死で説明していると、ナイスタイミング!

 志貴君が現れた!

「あ……あ……しきく……」

 彼女は俺から逃れるように志貴君の足にしがみつくが、その姿は最早化け物のようだった。

「へ、変な人が店に……! 私、殺されるかもしれない……!」

「何言ってんのさ。この人は変な人じゃないよ」

 呆れたように志貴君が言ってくれた。

 変な人とは心外だ……

「前に店長が言ってたの、忘れた? もう一人社員が増えるって。この人がその社員さんだよ。みっともないから早く立ち上がって、挨拶しなよ」

「み、みっともな……」

 男子高校生にみっともないと言われ、軽くショックを受ける彼女。

「俺、店長と交代してくるから」

 彼女の手を振りほどき、志貴君はさっさと用意をしに行ってしまった。

 再び二人になる。

「す、すみませんでした! 私の早とちりで……」

 ようやく落ち着きを取り戻したのか、土下座せんばかりの勢いで、彼女は床に座っていた。

 ……まだ立ち上がることはできないらしい。

「……手を貸しましょうか?」

「い、いいです! 自分で立てますから!」

 しかし、立ち上がる気配はない。

「そ、その……私……極度の人見知りで……」

 人見知りであそこまでパニックになるか?

「それはもう病気なんじゃないかってくらいのレベルで……。ここは知っている人ばっかりだと思い込んでいたから、その……」

 あー、はいはい。わかりました。

「それでよく接客ができますね」

「うぅ……」

 しまった。強く言いすぎたか。

 つい本音が……

「バイトをすれば治るかなって。文房具が好きだったし、学校から近いからここにしたんです……。でも、一向に治らなくて……」

 今にも泣き出しそうだ。

 叫ばれた上に今度は泣かれるのか。

 勘弁してくれ!

「ハイハイ、いつまでやってんの。早く仕事しなさい」

 志貴君と店番を交代した店長に注意された。

「すみません……」

 俺は謝りつつ、店長が来てくれたことに内心ホッとしていた。

「また派手に叫んだね、志摩さん」

「うぅ……ごめんなさい……」

「一人で立てるよね? 仕事、落ち着いてからでいいから」

「はい……」

 そして俺は「ちょっと」と、事務所に呼ばれた。 

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