13話
俺と長船がせっかくディスプレイした鋏の棚は、虚しくもその週の土曜日に撤去されることとなった。
予告通りである。
実際、売れていないし、それよりももっと目立つところに置きたい商品はあるから。と、店長は素っ気なく言った。
というわけで、土曜日。
ついに俺は一人で店番をしていた。
私立の小中学校も近所には多く存在しているので昼過ぎから、わらわらと授業を終えた子どもたちがやって来た。
「あ。またあのノロマな兄ちゃんいる」
「最近ずっといるよなぁ」
おい、小学生ども。
この店は狭いんだからな。
丸聞こえだぞ。
――俺はどうやら、常連である男子小学生たちになめられてしまっているようだ。
彼らは駄菓子屋に来るようなペースでここへやって来る。
そして、俺を嘲笑い、帰っていく……
私立なんぞ通っている小学生は生意気ったらありゃしない。
偏見だろと、碓氷さんに呆れられたが、いいや、絶対にそうだ!
「なぁ」
気がつくと、目の前にかの軍団がいた。
「まだ?」
まだ?
まだとは、一体?
見ると、消しゴムが一つ置かれている。
ああ……お買い上げですか……
「後ろ詰まってるから、早くしてよ」
詰まってるって、君らだけだろ!
――くそっ! ムカつくなぁ……
「はい、80円でーす」
「テキトーかよ!」
シールを貼って渡すと、文句を言われてしまった。
これのどこがテキトーだ!
面倒だが、五人の小学生を一人ずつ捌いて気づいた。
みんな同じ消しゴムを買っているではないか。
「何? コレ、流行ってるの?」
俺はしげしげと、消しゴムを見つめた。
げっ。ハコベラの商品じゃん。
至って普通の消しゴムに見えるけど……?
「知らねぇの? だっせー」
「……」
消しゴムを知らないだけで、ださいと言われる成人男性。
「しゃーねーな。教えてやるよ」
「これ、香り付きの消しゴムなんだぜ」
へー。香り付き。
俺が小学生の頃もあったなぁ。
今でも人気あるんだ。
「俺が買ったのは桜の香り!」
「俺のは梅!」
お……おおおお?
彼らが見せてくれたのは、全て花の香りだった。
「全部、花?」
「そう! 後ろにその花のことが書いてあんの」
消しゴム本体を包むカバーの裏を見ると、花の属性だとかどの季節に咲くだとか、少ないスペースでできる限りのことが書いてあった。
「あー、図鑑っぽい」
「だろー? 見てよ、コレ」
そう言って一人の男の子が、ランドセルからノートを引っ張り出してきた。
「使い終わったやつは、ここに貼ってるんだ」
「へぇ! すごいな!」
使い終えた消しゴムカバーを解体し、それこそ図鑑の如くノートに貼り付けていた。
この子の場合、三つ使い切ったようだ。
頭いいことしてるなぁ。私立へ通っている子は。
「コンプリートできるといいな」
「今10種類しかないんだ。もっと増えるかなぁ」
増えてほしいよなーと、小学生たちは口々に言った。
そうだなぁ……増えたらきっと楽しいに違いない。
こういうとき、メーカーに手紙やらホームページの問い合わせフォームを使って要望を送ればいいけど……
それを小学生にやれというのもちょっとな……
「じゃあさ、そのノート写真撮らせてもらっていい?」
背後で声がして、驚きのあまり叫びそうになった。
店長がいつの間にか俺の後ろにいた。
「この消しゴムを作ってる人と知り合いなんだ。今度、種類を増やしてほしいってお願いしてみるから、そのときにこのノートも見せたいんだ。きっと喜んでくれると思うよ」
マジで!?
そんなことできるの!?
子どもたちは嬉しそうに声を上げた。
「あと、手紙も書いてきてほしいんだけど、いいかな」
店長はささっと、彼らに紙を配る。
「何を書いたらいいの?」
「この消しゴムのどこがいいとか、どれだけ種類を増やしてほしいとか。とにかく褒めてやってほしいんだよね」
わかった! と、少年たちは口を揃えて返事をし、月曜日には用紙を持ってきてくれると約束して帰って行った。
もちろん、ノートの写真は撮らせてもらった。
「鋏よりこっちのほうがよくないか?」
……俺もそう思ってました。
「よし。鋏をやめて消しゴムに変えてやろう、あと、意見箱も設置してみようか」
「いいですね」
俺は頷いた。
「よかったじゃん。子どもらと仲良くなれて」
「え?」
……知っていたのか。
俺が舐められていたということを。
「でも、今のは店長の機転があったから……」
「それは経験値が違うから仕方ないだろ。君がああやって子どもたちと話さなかったら、思いつくどころか、あの子らの思いとか知ることなかったし。そこは自分を褒めてあげてもいいのでは」
「……ありがとうございます」
今まで上司なんかに褒めてもらった記憶がないので、少しだけ店長の言葉が嬉しかった。
「それよりさ、沖君……」
いきなり、店長の表情が真剣なものになる。
俺は身構えた。
「俺さ……何しにここへ来たんだっけ……」
「え……知りませんけど……」
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