10話

「いやぁ、相変わらず狭いですねー」

 長船は失礼なことを大きな声で言いながら、バックヤードから店内に入った。

 商品を置いてやるというのに何だと、この野郎。

 ここへ来て二日目の俺ですら、今にも殴ってしまいそうだった。

「こんにちは!」

 レジにいた明日見さんが、しなくていいのに元気よく挨拶をした。

「こんにちは~。今日も可愛いね~明日見さんは~。明日見さんに癒してもらう為にここへ来ているようなもんだよ~」

「ありがとうございます」

 さすが明日見さん。

 クソ野郎の戯れ言も軽く笑顔で受け流している。

「明日見さんって、成人してるよね? 今度ご飯でもどう? 連絡先交換しない?」

「おい、明日見さんをナンパしてんじゃねぇぞ。テメェんとこの鋏でそのチャラチャラした髪切ってやろうか」

 店長が背後から圧をかける。

「冗談ですってばぁ……そんなににらまないでくださいよぉ」

「お前に明日見さんは一億年早い。生まれ変わって出直してこい」

「ひっどー! ねぇ、沖さん。ひどいと思いません?」

 なぜ俺に同意を求める。

「……長船さん。早く仕事したほうがいいと思いますよ」

「沖さんまで冷たい!」

「言うねぇ、沖君」

 店長は口元を押さえて笑いを堪えている。

 ダメージを食らった長船は、大人しく積んであるダンボール箱を手に取った。

「どこに置かせてくれるんですか?」

「店の一番目立たないところ」

「新商品なのに!? 嫌ですよ! ここに置かせてください!」

 そう言って長船が指名したのは、店をはいってすぐ目の前にあるスペースだった。

 イチオシ商品なんかが配列されるようなところだ。

 ここを選ぶとは……

「厚かましいやつめ……」

 店長の仰る通りである。

「まぁ、いい。お前が全部やるっていうなら、そこにしろよ。その代わり今週いっぱいでディスプレイは撤去する」

「今週って……あと二日しかないですけど!?」

 今日は水曜日だ。

 ただ、学園前店は土曜日も開いているので、実質三日はいける。

「文句あるならこっちで場所決めさせてもらうけど」

「わかりましたよぉ……もぉ~……」

 長船は諦めたようで、ダンボール箱を開けた。

「わぁ! これが新商品の鋏ですね!」

 早速明日見さんが食いつく。

「試供品もあるので、よかったら使ってくださぁい」

 これが、衣斐さんの楽しみにしていた鋏……

 俺は手に取ってみた。

 デザインはハコベラらしく、至ってシンプル。

 カラーバリエーションは、赤、青、緑、黄、ピンクの五色。

「……何か……これ……」

 店長は何か言いたげに、じっと鋏を見つめている。

 俺には普通の鋏にしか見えない。

「店長、一つ開けてもいいですか!」

「ん? ああ……どうぞ」

 明日見さんが、いそいそとパッケージを開封する。

「どうですか、どうですか。いいでしょー、これ! その名もカルット・フィット! 子どもでも女性でも使いやすいように軽くして、なおかつ手にフィットする仕上がりになっています! フッ素コートなので、テープを切ってもべたつきませんよ!」

 パッケージに書いてあることそのまま言っただけじゃねぇか。

「本当ですねぇ。すごく軽いです」

「でしょう!? あと、ダンボールも楽々切れちゃうんです!」

 へぇ。ダンボールは切れるのはいいな。

 明日見さんが試しにダンボールを切っている。

 サクサク切れているので、嘘ではないようだ。

「これさ、どの層に一番買ってもらいたいの」

「え?」

 店長の唐突な質問に、長船は首を傾げた。

「鋏だからさ、老若男女、万人受けを狙っていると思うけど。営業としては誰に一番買ってもらいたい?」

「え……えっと……学生さんとか主婦の方ですね。一番鋏を使うと思うし」

 学生客が多い学園前店にはピッタリだな。

 ……と、俺は思っていたけど。

「恐らく売れないと思います」

 はっきりと言い放ったのは、明日見さんだった。

「よっぽどの文房具好きでない限り、わざわざ鋏を新調する学生さんってあまりいないと思います。主婦の方なんて、100均で済ませてしまうのではないでしょうか」

 ……それはそうだ。

 俺だって100均でいい派だ。

「あとですね、この鋏……大きすぎます」

 手にフィットという割には、女性の手には少し大きいようだ。

 だったら、子どもなんて……

「学生さんをターゲットにするなら、筆箱に入る大きさが重要かと思います。筆箱に鋏を入れられる方は沢山いらっしゃると思います」

 なるほど。そっちの大きさもあるのか。

 店長が明日見さんの言葉に大きく頷いている。

 ……難しい顔をしていたのはそういうことだったのか。

「次改良されるときは、その辺りを考慮したほうがいいかもしれませんね」

「参りました……」

 長船はすっかりしおれてしまっていた。

 営業として、非常に情けない姿である。

「店長もそう思ったんですか?」

 俺は何となく聞いてみた。

「まァな。でも、アルバイトの女の子に指摘されるほうがキツいだろ」

 鬼か。

「一軒目から辛いっす……あともう一軒行かなきゃいけないのに……」

「元気出せよ。一番目立つところに置いてやるからさ」

 鬼だな……

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