9話

「こんちはー。ハコベラでーす」

 昼食を終えて一時間ほどたった頃、裏口から声が聞こえてきた。

「あー、どもー。中入れちゃってくださいー」

 店長がトラックを運転してきたオジサンに声をかけた。

 トラックには大きく〝HAKOBERA〟の文字。

 自社トラック……

「いやぁ、暑くなってきたねぇ。外に出るのが嫌になっちゃうよ」

「ですね。体壊さないでくださいよ」

 搬入のオジサンと店長は顔見知りのようで、談笑している。

 そこへ、もう一人。

 スーツを着た若い男が、トラックから降りてきた。

「どもども! 秋谷店長! お久しぶりです!」

 髪を明るい茶色に染めた、チャラそうな男。

 ……こいつがハコベラの営業か。

「……御社の営業さんは、搬入トラックに乗せてもらえるんですか?」

「他の人はそんなことしないよね」

 店長の質問に、オジサンは呆れ顔で首を左右に振った。

「え? 何ですか?」

 チャラ男には聞こえていなかったようだ。

「ほんじゃあいつものとこに積んどくね」

「お願いします。あ、良かったらお菓子持って帰りませんか? いただきもので余ってて」

 二人ともチャラ男を無視して、店の中に入っていく。

 おい、待て。俺にどうしろと。

「えっと……新人さん? ですか?」

 ホラァ!

 気まずい感じになった!

「あ、そうなんですよ。本社から昨日配属されたばかりで……沖と言います」

 俺は慌てて名刺を出した。

「そうなんっすね! 株式会社はこべらの長船おさふねです!」

 俺たちは名刺交換をした。

「本社から配属ってことは、異動ですか? 元々は本社勤務?」

 しまった。

 本社から配属なんて言わなきゃよかった。

 そんなところを突いてくるとは……

「ですね~。異動ですね」

「えー、でもだからってこんな所に? 何かやらかしちゃったんですかぁ?」

 こ、こいつ……

「違いますよ。うちは、こういうこと普通にあるんです。御社はこういう販売店舗がないから、わかりにくいですかね。現場を見ろ! って具合に店舗に行かされるんですよ」

「あ~なるほどぉ」

 知らねぇけどな。

「沖さんって若いですよね。いくつですかー?」

 俺の必死で考えた嘘、ちゃんと聞いてなかっただろ、絶対。

「二十八ですけど……」

「マジッすか! タメ! タメじゃないですかぁ!」

「……」

 どうしよう。今すぐこの年齢やめたい。

「あんま他社で同い年の人にあったことないんで、嬉しいっす。今度飲みに行きましょう!」

「ハハハハハ……」

 死んでも行くもんか。

「あ、そろそろ中に入れてもらってもいいですか? ここ、暑いんで」

「……どうぞ」

 は、腹立つ~!

 こいつ腹立つ~!

 ムカムカしながら店の中に入ろうとしたとき、店長と搬入のオジサンが丁度出てきた。

 運び終えたらしい。

「そんじゃあ、また」

「いつもありがとうございます」

 オジサンはぺこりと頭を下げ、車へ戻っていく。

「あれっ!? 行っちゃうんですか!?」

 長船が乗せてもらおうと思っていたのか、驚きの声を上げる。

「次の現場あるんで」

 あのにこやかなオジサンから、すっと笑みが消えた。

 真顔で静かにそう言い放ち、車を発車させた。

「くそぅ。次も連れて行ってもらおうと思ったのにぃ!」

 最低だな、こいつ。

 自分で行けよ。

「何だ、お前。まだいたのか。早く帰れよ」

 店長のこの言いよう。

 嫌われてるなぁ、長船……

 今、その気持ちがすごくわかったけど……

「ひどくないっすか!? 俺、まだ何もしてないんですけど!?」

「うるさいなぁ。こっちだって暇じゃないんだ。さっさとやることやって、帰れ」

「みんなひどい……」

 ブツブツ言いながら、長船はようやく店の中に足を踏み入れることができた。

「沖君、挨拶した……って、すごい顔してるな」

「そんなに顔に出てますか、俺」

「嫌悪感が滲み出てるよ。その様子だと挨拶は済んだんだな」

「最悪な第一印象でした」

「そうか。俺は第二印象も第三印象も最悪のままだよ」

 ということはこの先、彼に対する印象は変わらないのだろう。

「何であの人がここの担当なんですか?」

「それは俺も聞きたいぐらいだ」

 どうにか外れてもらえないものかと、新米ながらに考えてしまった。

 初対面でこんなにも人を嫌いになったのは、初めてかもしれない。

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