8話
「そんなわけで、新商品と共に来なくてもいいハコベラの営業が来る。沖君も挨拶して」
それでスーツを着ていたのか。
……つか、来なくてもいいっつったな、この人。
「頑張ってね、沖君。――あ、そうだ。あなたたち、お昼ご飯はどうするの?」
「え……コンビニで適当に……」
「駄目よ、そんなんじゃあ! ちょっと待っててね。私、いいもの持ってきたから」
そう言って衣斐さんは何やら、自分の荷物を取りに行った。
店長は深いため息をついている。
何だ?
「はい、これ! 丁度よかったわ。多めに作ってきたの」
渡されたのは、二つのタッパー。
おかずが入っているのは何となくわかった。
「いいんですか?」
「ええ、もちろん! ちゃんと食べるのよ」
有り難い。飯代が浮くじゃないか。
「衣斐さん……本当にもういいから。この間もらったのもまだ食べ切れて……」
「何を言っているの! 放っておいたら碌な食事しないでしょう、あなたは!」
「だからって量が多すぎるんだよ! 俺をいくつだと思ってるんだ? 食べ盛りの高校生じゃねぇんだぞ!」
おかんと息子かよ……
二人が言い合いを始めてしまったので、俺はそっとおかずを持って離れた。
米はコンビニで調達しよう。
コンビニから戻ってくると、衣斐さんはすでに帰ってしまっており、残された店長に「逃げやがったな……」という目で見られた。
「店長も食べますか?」
そんな視線を無視し、レンジにタッパーを入れる。
「いい。全部食べていいよ」
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか。美味しそうなのに」
「初めてもらったから言えるんだ。しょっちゅうもらってるこちらの身にもなってくれ」
どのくらいの頻度でもらっているのか知らないけど、とてもうんざりとした顔をしている。
「衣斐さんって、優しい人ですね。大変そうなのにこうやって俺たちのことを心配してくれて。お母さんって感じですね……全くお母さんには見えないけど」
「料亭の女将か高級クラブのママかな……」
よかった。
俺と同じことを思っている人がいた。
「あの。ハコベラの営業ってどんな人ですか?」
空いている席に座って、昼食を取りながら尋ねた。
「君と同じ年くらいなんじゃない」
「……」
それを聞いて、一気にやる気が失せた。
……俺だって営業だったんだけどな……つい先日まで。
「……その、新商品の搬入だから来られるんですよね?」
「そうなんだろうけど、俺には何の為に来るのかさっぱりわからんね」
まるで来て欲しくなさそうな言い方。
「……もしかして、面倒くさい感じの人ですか」
「鋭いね」
この店舗に配属されて二日目。
いきなり気が乗らない仕事がやって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます