5話
紫陽花堂学園前店の営業時間は、月~金は10時から20時まで。土曜日だけ18時に閉店だ。日祝は休みである。
客層が学生メインな以上、日祝に店を開けていても意味がないからな。
というわけで、志貴君が出勤してきた18時から、閉店に向けての作業がスタート。
余裕があれば、翌日の開店準備までやってしまうという。
たった2時間の猶予。
それまでに終わらせねばならん。
店が閉まれば、店内の清掃が待っているからだ。
長いように見えて、短い2時間。
俺はまた、昼間と同じく馬車馬のように働いた……
二十時になり、店の戸に「CLOSE」の札を掛けたときにはもう、そのまま道端に倒れてしまいそうなほどに限界がきていた。
ああ……明日も明後日もこれが続くのか……
「男のくせに情けないねぇ。もっと体力つけたら?」
碓氷さんに呆れたように言われてしまった。
更には、志貴君にもくすくすと笑われているではないか。
うぐぅ……
30分ほどで店内の清掃や商品補充を行い、一日目の勤務は終了となった。
「明日、9時半に出勤ね。今度は開店準備を教えてもらって」
「はい……」
碓氷さんはビシッと俺に言い、颯爽と自転車で帰っていった。
取り残される、俺と志貴君。
「えっと……家は近所?」
「電車ッス。沖さんは?」
「俺も電車」
帰り道は同じ方向だった。
そしてなぜか、駅前のファストフード店で共に食事をすることになった。
「沖さんは、本社からこっちに異動になったんですか?」
食べ盛りの男子高校生は、二つ目のハンバーガーに手を伸ばしていた。
ちなみに俺のおごりである。
「う、うん……まぁそんな感じ」
異動という名の左遷なんて、言えるわけがなかった。
「君は? どうしてバイトしてるの? そもそも何年生だっけ」
「一年」
「一年生!? 部活は!? しないの?」
驚いた声をあげると、少し鬱陶しそうにされた。
「部活はやってないです。それよりもバイトして小遣い稼ぐ方が有益かなって」
この間まで中学生だったとは思えない、この落ち着いた受け答え。
まぁ……部活が全てじゃないし、俺が高校生の頃も、同級生でバイトをしている子は沢山いた。
学校側が禁止していない限りは、高校生でもバイトできるもんな……
「何でまた文房具屋?」
「俺が通っている学校って、中高一貫なんですよね。中学のときからあの店で文応具買ってたから、店長とか碓氷さんとも顔見知りだったし。それに、文房具好きだから」
文房具が好き。
ここでもまた、それだ。
俺にはない感情。
理解できない感覚。
「……文房具、好きなんだ」
彼の言葉を繰り返すように、俺はつぶやいた。
「俺、学生だし嫌でも触れるからね。文房具。沖さんは好きなメーカーとかあんの?」
またその質問。
俺は回答に詰まってしまった。
「俺は……特に……」
「ああ、やっぱり興味ないよね。でも全く無関心ってのも仕事的に辛くない?」
痛いところを突いてくる。
「ま……まぁ……これから努力します……」
「努力って何!? ウケる」
ウケられてしまった。
「明日見さんきっと張り切ってんだろうなぁ。あ。明日見さんわかる? 変な女子大生」
俺は頷く。
変な、は失礼だろ……
「明日見さんって誰よりも文房具好きだから、きっと嫌になるくらい教えてくれるよ」
確かに、文房具の魅力を伝授してくれるとか何とか言っていたな。
伝授されたところで、俺は何か変われるのだろうか?
「明日は、朝イチからなんだよね。じゃあ
「衣斐さん?」
「パートのおばちゃん。最近は平日の朝しか入っていないけど」
家庭の事情でシフトを減らすことになったという人か。
「……どんな人?」
それ相応の心構えをしておく為に、俺は念のために尋ねた。
「んー。別に。普通のおばさんだよ」
「普通……」
普通とは。
「優しいし、普通だよ。うん、普通」
やけに普通を連呼するな……
何なんだ……?
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。いい人だから」
「……何で笑ってるの?」
志貴君は大丈夫大丈夫と言いながら、笑いを堪えるのだった……
本当に何なんだ……
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