2話

 紫陽花堂学園前店。

 社員は一名、つまり秋谷店長のみとなる。

 店長不在時の責任者は、二名のパートタイマーさんに一任されているという。

 なかなかブラックな店舗だ。

 他はアルバイトしかいない。

 売り上げは良くもなく悪くもなく。

 というのも、客層が学生ばかりだからということが関係しているようだ。

 学校の近くにあるせいで、文具を買い忘れても駆け込んで購入できるという利点がある。

 その気になれば、彼らはスーパーで買うことだってできるのだ。

 彼らの存在はもちろん、売り上げに貢献しているだろうが、全てというわけでもなかった。

 さて、俺が今回この店舗に配属されたのには様々な理由があるだろう。

 が、一番の要因は社員がいないということに決まっている。

 なぜなら、パートさん二人のうち一人が、家庭の事情でシフトを減らすことになり、もう一人のパートさんと、店長への負担が増えてしまうからだ。

 そこへ俺が入ることにより、二人の負担を減らそうという魂胆だ。

「パートさんたちは主婦だから、こっちばっか構ってらんねぇんだよ。つーわけで、店内の仕事は大体覚えた? 次は俺のやってる仕事覚えてもらうぞ」

 俺、今日が初出勤なのにスパルタすぎやしないか。

「ちょ、ちょっと待ってください……」

「あ? もうギブ? 甘っちょろいこと言ってんじゃねぇぞ」

「そうじゃなくて……」

 俺は明日見さんのいる店のほうに、チラリと目をやって言った。

「彼女……一人で大丈夫なんですか」

 一人で店番だなんて、心配だ。

 客が思ったより多く来たりしたら、どうするんだろう。

 対処出来るのだろうか。

 等々……新入りながらに、色んな不安を抱いてしまった。

 そんな俺の老婆心など吹き飛ばすかのように、秋谷店長は鼻で笑った。

「人の心配をする前に自分の心配をしろ」

 う。

 ごもっとも。

「あと、明日見さんなら問題ない。むしろこの時間に入っているのがもったいないくらい、彼女は仕事ができる」

 お前なんか足下にも及ばない。とでも言われているような気分になった。

「本当に駄目なときは呼びに来るさ。――無駄口叩いてないで、さっさと仕事するぞ」

 その偉そうなもの言いに、少しムッときてしまうが、そんなことでいちいち腹を立てていられない。

 早く仕事を覚えて、俺だってできるんだということを示して本社勤務に戻してもらうんだ……

 大丈夫。俺ならできる。

 店内での仕事をすぐにこなせたせいか、俺は自信に満ちあふれていた。――つまり、調子に乗っていた。

 店長の仕事だってすぐに覚えられるはず。

 根拠のない自信が俺にはあった。

 そんな俺が、数時間後。

 真っ白に燃え尽きるのは、容易に想像できただろう。

「どうした、沖君。休憩するか」

「……はい……」

 素直に俺は、店長の言葉に頷いた。

 あ、甘かった……

 思った以上にハードだし、頭も使う。

 店の売り上げを管理することはもちろん、それを本社へ報告。

 売り上げのデータに基づいて商品の発注。

 時折やって来る他社の営業マンとの商談。

 もちろん飛び込み営業にだって対応する。

 さらに、出入りする業者さんとの世間話……

 店員が少ないので、その分雑務も多い。

 電話も当然鳴るので、その対応に追われることだってある。

 お客さん、関係者問わずかかってくる。

 スケジュール通りにいくことなんて、きっとないのだろう。

「最近の若い子は軟弱だねぇ。一本いる?」

「吸わないので、結構です……」

 疲れ果てて、腹を立てる気力もなかった。

「休憩終わったら、もっかい店番ね」

「はい……」

 俺はパタリと、事務所の汚いソファーに倒れ込んだのだった。

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