銀河鉄道小辞典

サザンクロス

　姉弟たちが降りたサザンクロスはどういった場所なのでしょうか。そして、原罪の証である林檎をたべた姉弟たちは、どうしてここで降りなければならないのでしょうか。

　このサザンクロスに着くまでに、作中には新大陸を暗示させるインディアンやトウモロコシ畑などの描写があります。

　また姉弟たちは大きな船が沈み、救命ボートを他の乗客に明け渡すために死んだことを暗示させる台詞が作中でなされます。一説によるとタイタニック号に乗っていたともいわれる姉弟たちは、すでにこの世の人ではないのです。そして、彼らは他者のために命を賭して戦った殉教者であるともいえます。

　林檎は原罪を示すと同時に、持ち主たちの命そのものを体現する象徴であるともいえます。近代魔術において、人体は小さな宇宙、マクロコスモスに喩えられてきました。賢治はそのことを知っており、宇宙を象徴する林檎を使って、彼らの寿命を表現したのではないでしょうか。

　また、キリスト教において、輪廻転生の概念はありません。人々は死後も墓に留まり、最後の審判のときを静かに待つのです。サザンクロスは新大陸を暗示させる新たな世界を体現するものでもあり、同時にキリスト教の殉教者たちが集う最後の審判を待つ場所とも解釈できます。

　ですが法華経の信者、つまり仏教徒である賢治にとって生命とは、使命のために流転し循環するものであります。それゆえに、カムパネルラはサザンクロスで降りることなく、自分の命である林檎をジョバンニと共に大切にポケットにしまうのです。