〈依頼〉

 第三大陸――ノチール。


 魔術師よりも魔法道具が多く出回っている。

 隣の第二大陸や第四大陸よりも道具に魔法が掛けられている代物を多く見かけることが多い。そのため、魔法道具が壊れると専用の職人以外が直すことは難しく、魔術師に依頼されることが大半である。


 二階建ての豪華な建物から三人組の魔術師たちが玄関から出ていく。


「本日はありがとうございました」

「いえいえ」


 ぎこちない笑顔を作る少女とは別で他の二人は笑顔だった。

 依頼人であるおばあさんの”寿命時計”を直して、今帰るところだった。


「もし、壊れ物があれば我が”魔術師”たちへ」


 背が高い男性は名刺をおばあさんに渡した。

 目を悪くしているのかおばあさんは名刺に描かれている文字が見えないのか細めに絞る。


「こちら”よく見えるメガネ”でございます。いまなら、無料で――」

「待った!」


 即座に少年が前を遮った。


「どうしたんだよユキ」

「ちょっと待てよおっさん! これは、ぼくが手に入れた代物だ。勝手に売るな!」

「ちょっとぐらい構わないじゃん。依頼主が困っているのなら、俺たちが助けてあげなくちゃ」

「ふざけるな! ぼくたちはあんたに”依頼”したこと忘れているんじゃ――モグ!!」


 少年の口に手を押し込み無理やり黙らせた。

「んー・・・んー・・・」と少年はその手から遠ざけようとするが、不思議とおっさんの手から離れられない。


「ユキ、俺は”あの日の約束”は忘れていないさ。もちろん、”依頼”も継続中だ。不満があるからって”約束”を破っていいとは言えないぞ。それに俺の名はレンだ」


 手を払いのけ、ユキはふーふーと深呼吸した。


「あのー・・・」


 依頼主の前でもめ事を起こしてしまった。

 職人仲間が揉めることはよくある。けど、プライベートな件(こと)が多い。一般人を巻き込むことは断じて禁句だ。


 そうやって、約束したのに・・・この子(ゆき)は・・・。


「申し訳ない。お詫びに〈目が見える紋章(まじない)〉をかけてあげましょう」


**


 住宅街を通り抜け商店街を歩いていたところ、ユキが痰かを切った。


「なんで無料でやるんだよ! あの紋章(まじない)、レンが作った魔法(もの)だろ?」


 ユキが見上げるかのようにレンを見つめた。

 レンは頬を掻きながら「ユキの大事なものをあげるわけにはいかなかっただろう。それに、俺の魔法がどこまで通用するのか試したかったものでもあるし」と、涼し気に言った。


「あんたのそういうところ嫌いだよ」

「えっ!?」


 ひっかかる言葉に若干戸惑った。

 ユキのことを思って言ったつもりだったが、逆に拗ねてしまったようだ。案外、孤独な少年の気を引くのは難しいものだ。


「ユキ、レン・・・事件だよ」


 商店街のなか、人混みがごった返ししていた。その数も尋常じゃない。いつもよりも二倍に人が一か所に集中していた。


「どうしたんだい?」


 人混みをかき分けながら中心地へ向かう。

 凄まじい香水の匂いが鼻を貫いた。俺にはこの香水の匂いはどうにも合わない。そのためか、肌がブツブツと膨らみ、小刻みに震えるほど寒気に襲われる。俺の身体が拒絶している。意識が失う前に、結界を張らなければ・・・。


「う”っ・・・!!」


 上着ポケットに入れてあったハンカチを取り出し鼻に押し付ける。上から呪いをかけ、臭いを封じ込めた。

 これで少しはマシになった。匂いが消え、幾つか症状が消えていったように感じた。


「レン・・・香水がダメだったね」

「ああ、魔法をかけた。いくらかマシになったよ」


 それでも魔法はそう長くは続かない。

 俺の欠点でもある。短時間しか有効でしかない。香水を押さえてもいずれ魔法が消え、再び拒絶反応が襲ってくる。


「はやくここから出よう」

「待て、魔女の気配がする」


 ルゥが止めた。

 周囲を見渡すが魔女らしき姿は見当たらない。それどころか、俺ら以外の魔法使いの気配も魔素も感じない。


「・・・ぼくらにはなにも・・・」

「ここにいる。目の前からだ!」


 ルゥが言う目の前というのはこの死体のようだ。


「ルゥ、これ死体だよ。魔女じゃないよ。それに、男だよ」

「違う。魔女の仕業だ」


 聞き訳がないようだ。

 ルゥはこの死体を魔女と思っているようだ。


「仕方がないなぁ」

「疑うのか?」

「ちがう。この死体を調べるのさ。ルゥ、ユキ。ここ一帯にいる連中を追い払ってくれ」


 互いに見合わせ、ユキとルゥは「わかった」と返事をし、周囲の人を遠ざけていった。


 さて、この死体をただ触れては俺がやったと誤解されかねない。ましてや道具を使うのも不憫だ。


「さて、どこから手を付けようかね・・・」


 死体には頭が真っ二つに割れている以外、外傷は見当たらない。服もそこまで汚れている様子もなく、異常なのが頭部の切れ込みぐらいだ。

 まるで頭部から卵を割ったかのように割れている。鼻のあたりまで亀裂が入っており、異常性が目につく。


(頭部の中は・・・ああ、ぐちゃぐちゃだ)


 かき混ぜたかのようにグチャグチャになっている。プリンをかき混ぜたのと同じような状態だ。思わず吐きそうになるが、ぐっとこらえる。


「これは、少々厄介な案件だな」


 カバンからゴム手袋を取り出し、片手に装着する。ぐちゃぐちゃになった脳みそから手を突っ込み、ある物を引っこ抜いた。


 卵の絵柄が描かれたバッジだ。しかもまだ新しい。被害者であるこの死体に魔術師か魔女が関与しているようだ。


「おい、お前ら何者だ!?」


 警官の服を着た連中がやってきた。


「やばっ! ユキ、ルゥ、逃げるぞ!」

「おい!!」


 警官から逃走するかのように三人はさっさと逃げてしまった。


***


 ほとぼりが冷めたころ、ルゥが「なんで逃げる必要がある? アイツらをとっちめれば魔女探し楽だったろ!?」と美少女とはにつかわないほど犬のような顔立ちになる。


 そんなルゥを見るのは苦手なんだ。だから、頭をなでながら俺は優しく言った。


「そんなことを言っちゃダメだよ。それに、魔法使いは魔法使いの仕事。警察はそれ以外を片付ける仕事だよ」


 丁寧に言ったつもりだったが不満げにルゥが吠え続ける。


「んなことするかよ!! もう、お前に頼らない。私だけでいく!」


 勝手なことをするなと念を押したばかりだろ。

 近頃の少女は何をしでかすのはてんでわからない。

 

「おいっ!」

「・・・・・・」

「あっ! ユキ!」


 ユキも同じようにルゥの後をついていった。俺のことが信じられないという表情で黙って行ってしまった。


 俺は止めようとも考えたが反抗期のお二人に俺の説得は通じないことはわかり切ってしまっていた。


「・・・チッ。世話が焼けるお子様たちだな」


 俺は髪をクシャクシャと掻きむしりながら二人とは別方向へ進んだ。彼らはきっと自分たちの力で探すだろう。なら、俺なりの方法で別視点から調べようと思う。彼らにはできないやり方で。



***


 イラつかせながら道端のゴミ箱に蹴りを一発入れる。ルゥは腹の底からイラ立っていた。

 通りすがる人やペットにも威嚇するほど美少女とは何だったのか疑いの目が行く。


「なんだよ!? 勝手についてくるな!!」


 ユキにも威嚇するかのように鋭い睨みとむき出しにする牙を見せていた。ユキはルゥのそんなところはもう見飽きたという顔をしていた。


「レンはぼくたちの約束を守ると言ってくれた」


 なんだぁ!? まだあんな頼りにならない奴(へんてこりん)のことを根に持っているのかと威嚇を続ける。


「けど、その約束は三年経っても変わらない。ぼくの復讐とレンの呪いの約束を・・・」


 ユキ、ルゥは三年前、ある事情からレンと知り合った。

 あの頃はまだ、レンが魔法という道しるべを知らない若造だったころの話だ。


 ユキは『魔術師を殺してほしい』と願い。

 ルゥは『この呪いを解けよ魔術師!!』と威嚇するようにレンの首を噛もうと突進した。


 レンは最初こそ、二人の事情が不明確のまま、突然襲われた。レンは殺されると死を覚悟し、その場しのぎで「俺と手伝わないか?」と持ち掛け「俺の目標は二人の先にある。もし、俺についてくれば、その呪いも復讐にも力を貸すぞ」と説得した。


 もちろん、助かるための言い訳である。

 レンは名の知れた魔術師でも先祖代々受け継ぐ家系でも偉大なる賢者からの弟子でもない。一般人である。魔術の類も魔道具も呪いも魔女も何も知らない若造だった。


 レンが襲われたきっかけは、同級生が何者かに殺され、そのときに譲ってもらった”マント”と血まみれで殺されていた魔術師の杖、魔物の内臓物から発見した本を手にしていたことだった。


 後に、”マント”は魔術師だという証(ライセンス)。杖はとある魔法学校に勤めていた教師の物、本は旅の行商人で魔法道具を扱う人物だったこと。


 偶然にも手に入れたレンは魔術師というものを調べるために図書館で本を読んでいた。それがレンとルゥ、ユキのつながるきっかけとなった。


***


 小さな図書館。決して大きくはない。一階建ての木造築。魔術師が通うほど膨大な資料や本などはなく、こく一般人だけが読める本だけが置いてあった。


 こんな場所で魔術師になる方法なんて見つかりっこない。そう思っていたが、魔術師のことが気になり調べたことがすべての始まりだった。


 図書館で本を調べていると、突然物音が背後から聞こえた。振り返るよりも彼女がもう突進し、首に歯を近づけ、脅した。


「てめぇ、魔女だろ!? この呪いを解け!!」


 俺は頭が真っ白になった。

 突然襲われ、オオカミのような姿をし、手足は人間だった。そんな不気味でよくわからない怪物に襲われ、首を噛み砕かれそうになっていた。


「な・・・なんのことだが、知らない」


 俺は必死でこの場をひっくり返す方法を探していた。なぜか俺に敵意と殺意を抱くこの子から逃れる方法を頭のなかで隅々まで探し求めた。


「とぼけるな!! この醜い姿を戻せ!」


 彼女は片目だけ涙を流していた。この姿になって何年たつのかわからない。遠い過去を見ているかのように彼女は過去の自分を見つめながら俺に解き方を教えろと言うばかりだった。


「お、おれは・・・」

「ルゥ、そんな奴いっそう殺してしまえばいい」


 ルゥ? この子の名前か? それよりも白目で見つめるこの少年は何なのだろうか。威圧感か、この子からルゥよりもひどく恐怖を感じる。この子を目の前にしているだけで心臓が止まりそうだ。


「待て、俺は――」


 俺は二人から逃れたい一心で嘘をついてしまった。


 魔術師でもなく正式な魔法も使えない俺に、三年も無駄な旅を過ごしてきた。三年経っても二人の姿は変わらない。それどころか俺への疑念と不満が積もるばかり。いつ、殺されてもおかしくはない状況になりつつある。


(いっそう逃げ出してしまうか――?)


 俺の手元には二人が稼いだ料金がある。金がない二人はちょっとしたことで俺に追いつけるほどの知識はない。

 そうだ、この金で逃げるとこまで逃げればいい。俺は、生き残りたいために二人に嘘をついた偽の魔術師なんだ。


 俺は足を速め、早々にこの国から出ようとした。

 けれど、足が止まってしまう。


(・・・俺はこのままでいいのだろうか・・・)


 振り返る。

 振り返った先で二人の姿はない。

 けど、心のどこかで叫んでいる。


 ”逃げているんじゃない”と!!


 俺は逆方向へ走っていた。自然と。二人を追いかけるように俺は走っていた。


(何やっているんだよ・・・あいつらは勝手に離脱したんだ。俺はこれ以上、関係ないはずだろ?)


 でも、俺はあの二人のおかげで何度か救われたことがある。

 あの二人と出会わなかったら今頃、魔術のことなんて調べてはいなかっただろう。いい嫁さんを見つけ、家族一緒に仲良く過ごす。そんな夢物語を思い浮かべながら俺は、今の人生を棒に振るうという信念は当に捨てたと思い出す。


「仕方ねぇーな。二人のわがままも今日が始まったわけじゃない。俺との約束を勝手に捨てるなよ。契約は実行中だろーが」


 俺にそう呼び掛けながら二人の後を追った。


 <依頼>がまだ達成していないことに。

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訳アリ魔術師の事案 にぃつな @Mdrac_Crou

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