訳アリ魔術師の事案

にぃつな

<氷炎晶>

「魔女がいるって聞いたんだが――」

「魔女…ね」

「知らない顔をしているな」

「女が魔法が使えば、誰だって”魔女”と名乗れちまう時代だからな。早々、本物と出会えるのは夜空に浮かぶ星が手に届く確率だろうな」

「それじゃ、黙ってみていろっていうのかよ!!」


 三人の揉めあうなか、一人の老人が困っていた。

 ここは北帝国付近にある駅トマース。東大陸へのアルカラ国家と北帝国につながる唯一の駅だった。


 魔女がいると情報を仕入れて、この場所に来たのはいいが…どうやら心当たりがあるらしい。


「そういうことじゃないよルゥ、少しは人の話を聞くと頭に保管庫がないのか」

「あ”ん!?」


 食って掛かるルゥをたしなめながら、冷静にレンは老人に話しを戻した。


「ご無礼をした。実は少々、彼女は魔女に関して忌み嫌っておってね。過去に嫌なトラウマを抱えていて、申し訳ない。決して、あなたに危害を加える気もこの町で大騒ぎする気もないよ」


 念のため危害は加えないと付け加え、両手に何も持っていないとアピールした。


「…本物の魔女のことはあっているかわからないけど、ワシが言えることがひとつだけある。それは―――」


 電車が通過していった。その老人が発した内容にルゥはビンゴと言わんばかりに駅から飛び降りた。まだ乗車券を払っていないにも関わらず。


「おいっ! 早く行こうぜ!」

「待ってよルゥ。気が早いんだから。それじゃ、お爺さんお話しありがとうございました」

「達者でな」


 ユキと一緒に出入口に向かい、乗車券を払い戻ししてルゥの後を追っていった。



***


 

 トーマス街。それほど大きな街じゃないが、観光客が来るほど賑やかな場面がちらほらとうかがえる。魔術師にとって金を出してでも欲しいと思えるほどの鉱石が出たことがこの街の発展の始まりだ。


 五十年前、この街のおよそ五百数メートルから<氷炎(ひょうえん)晶>と呼ばれる珍しい結晶が発掘された。凍える水の中でも炎は消えず、溶岩の中でも氷は解けない結晶石。それが<氷炎晶>。


 魔術師が欲しくてほしくてならないアイテムとして名が知り渡り、今まで炭鉱でしかなかったこの街は魔術師を呼ぶにふさわしい街にまで発展していった。


 今では、この街にやってくる観光客の8割は魔法関係者だという話だ。


「見てみて、珍しい石だよ」


 ユキがその石に気になったようで、足を止め出店の前にそっと見守った。販売している人は決して若くはなくマフラーで目元から巻いていた。


「綺麗だね。青く光って、まるでガラスの奥に川が流れているみたいだ」


 川の水のように美しいとも表現がとれる。

 ユキが気になるほどとは、珍しいものだろう。


「ガラス玉なんて興味ねぇーよ」


 ルゥは皮肉ってはいた。ガラス玉よりも魔女の案件が先だと彼女なりの焦りから来るものだった。


「別にルゥにやるつもりはないよ! ぼくがほしいんだ。ねえ、レン買ってよ」


 その石を拾い、レンのそばまで持っていた。

 珍しくはない<幻想石>だ。


「これは<幻想石>だね」

「<幻想石>?」


 ユキから石を受け取り、その石が見える幻想的な川の映像が目に映る。

 確かに美しいが、映像でしかない石だ。その辺のガラス玉に魔術で映像を写しただけの観光用の代物だ。


「ガラス玉に映像を写し込んだ石のことだ。つまり、観光用の見世物だ。大した価値はない」

「ほらな、ガラス玉には興味ないってさぁ、初めて俺と同意見したな」


 レンも同じ意見を下したぞとにんまり笑って見せた。

 ユキはしぼむように残念そうに肩を落とすが、それを見ていた店主が口を開く。


「珍しい石、<氷炎晶>をお探しかな」


 そう言って、目元までマフラーで隠した唇を出し、声に出してその石のありかを告げる。


「<氷炎晶>は大変珍しいものだ。この一帯でも買えるが大半は紛い物。目に自身がない奴は騙されていく。だが、本物の結晶<氷炎晶>を見たいのなら、俺がとっておきのを見せてやる。もちろん、お代は必要だがな――」


 手のひらを出した。長年穴を掘ってきたであろう手のひらはタコだらけだ。マフラーから覗かした唇は酷く擦り切れ、歯もボロボロになっていた。

 肌の色は青黒く、病気以上に深刻な状態とも見て取れた。


「五万でどうだ」

「断る」


 即答でレンは断った。


「なぜだ!?」


 店主は断る理由を知りたいと顔を近づかせる。

 レンは店主の顔を遠ざけながら告げた。


「<氷炎晶>は人体には悪影響だと聞いている。その皮膚の変色、体色の変化、マフラーで隠しているあたり。すなわち政府は<氷炎晶>の危険性を隠蔽しているんだな」

「!?」


 店主がしぼんだ。

 まるで知っているようで、知らないふりをしているような感じだった。


「どこで…それを…?」


 店主は苦虫を噛むかのようにレンに尋ねた。


「俺達は『魔術の専門家』なんでね、特殊な結晶や魔術に関しては知識があるんだ。<氷炎晶>の危険性も知らずに路上で販売しているあたり、怪しいと思ったんでね」

「――! なるほど、だからですね」


 ユキが察した。


「路上で<氷炎晶>を売らずにガラス玉を販売しているのは、自分たちの手で売るのはリスクがあると」

「それだけじゃないぜ」


 ルゥが付け足す。


「こいつの身体ボロボロだぜ。高い<氷炎晶>を売るなんて、もし盗まれたりしたらたまったもんじゃないからな」

「ルゥ、それも正解だが、もうひとつ隠してあるのがある」

「!? それはなんです」


 机の上に手を置き、にっこりと笑みを浮かべ、店主に尋ねた。


「<氷炎晶>を作っている職人に合いたい。もちろん、<氷炎晶>の危険性はもちろん防ぎます。このことを公にしません。ですが、危険とわかっている以上<氷炎晶>を製造している人がいるはずです。こんな風に削ってまで売れるように仕向けている行商人が少なからず存在しています。どうですか店主さん。取引です」


 ルゥとユキの緊張の間、店主は深くうなずいた。


「分かりました。お話します。もちろん、他言は許しません」


 あっけなく答えた。


***


 街の奥は山となっている。ほとんどが鉱山で、今でも<氷炎晶>の採掘に足を運んでいる連中が多くいる。規模は千人を超えると言うが、千人以上に人体に影響を受けている人の方が多そうだと睨んだ。


 山に入ると、とんがり帽子をかぶった女性がいた。

 見た目通り、魔女だ。


 ”魔女”と見つけたルゥは誰よりも駆け出すが、それをすぐに止めたのはレンだった。


「放せよ! 魔女だろ、どう見ても…」

「話しを聞く方が先だ。それに、お前さんの得物なら、とっくに仕掛けてくるはずだ。それをしないあたり、どうやら敵じゃなさそうだ」


 ルゥの腕をつかみながら、必死でこらえる。

 想像以上の馬鹿力だ。大人五人でも吹き飛ばすほどの怪力女だ。そんなルゥを一人で引き留めているのはレンの魔法がどれほど優れているのかがわかる証拠だ。


 こちらへ歩み寄ってくる。

 道は一本道。迂回する道はない。


「魔女!」

「?!」

「これルゥ。初対面相手に失礼だぞ。初めましてレンと申します。この吠えこむ奴はルゥ、後ろの大人しいのがユキだ。実は、<氷炎晶>について少しお話したいことがあります」


 レンが<氷炎晶>と口にしたとたん魔女の表情が変わった。なにか知られたくないなにかを隠している様子だった。


「ここでは話せません。私の家でお話しします」


****


 魔女の家にやってきた。鉱山からやや遠く、街から少し離れた森の中にあった。二階建てだが、災害かなにかで二階にあったはずの部屋は無くなっており、一階は半壊していた。


「ずいぶんとさびれているな」


 中は蜘蛛の巣が張っている。

 随分使われていない様子だ。棚やテーブルから埃が舞う。掃除していない証だ。


「騙されたんじゃないか?」


 ルゥがあの魔女にと付け加えた。

 魔女を憎むのは叶わないが、すべての魔女を憎むのはいささか強引すぎる。けど、ルゥはその考えまではいかない。動物の見た目が分からないと同じように他種族の違いを見分けるのは苦手なのだ。


 戸が叩いた。

 ゆっくりと戸が開くと魔女がひとり立っていた。


「お待ちしました」


 魔女はゆっく埃が詰まった部屋を見回りながら「どうやら罠はなさそうね」と安心した。

 先にレンたちを生かせたのは悪い奴じゃないかを試すつもりだったようだ。


「俺達はそこまで根が腐ってはいないんでね」

「タチは余計だ。俺だったら即行で魔女を捕縛する。そして皮をはぎ、肉をえぐる。骨をしゃぶり、魂を食らう」

「魔女さん、ルゥのセリフを無視してください。漫画の読みすぎだけですから」


 ナイスフォローとレンは親指を立てた。


 魔女は戸惑っていたものの、勇気を振り絞り、政府が隠し続ける<氷炎晶>について荒いザラに話した。


「<氷炎晶>は魔術師にとって必要不可欠になっている素材ですが、政府は隠蔽しています。この結晶石に危険性を――」

「その先は知っています。ですから、俺は調べたのですよ。この石はあくまで製造されて売られたものだ。つまり、自然から作られたものじゃないと」


 すべて本の知識からだが、あながち間違ってはいないはずだ。同調してくれればいいが。


「その通りです。レンさん曰く。その石は紛い物です。本物は政府がすべて持ち去っているのです。この話は二十年前に遡ります」


 <氷炎晶>は当に掘りつくした。この街をゴーストタウンにしたくないと当時の長の訴えで、紛い物を作り売ることにした。

 魔術師たちがいつバレてもおかしくはなかった。

 誰かが訴えても怖くはないと確信していた。


 だが、二十年経った今でも訴える魔術師は誰一人いない。つまり、政府が隠し続けているよりもこの石そのものが大変よくできた偽物だとバレていないということです。


「――その石を作っているのが”あなた”なのですね」


 魔女は隠すつもりもなく堂々と頷いた。


「そうです。私自身が作ったのです。先ほど、炭鉱夫たちに渡してきました。”これ”を見せて、まだ発見できると伝えたのです」

「なぜ…そんなことを…。だって”あなた”は、偽物だと分かっているのに作っているんですか!? いつバレてもいいって言っているのに…どうして作り続けるのですか?」


 気になった個所をユキが代わりに訴えた。

 ユキなりに嫌ならやらなければいいという言葉を返したのだ。


「私はこの街で生まれ、<氷炎晶>の魅力に囚われました。本物を作りたい。本物に近づけたいと、その願いが募るばかりに作業ははかどっていきました」


 つまり、偽物であると自分ではわかっているつもり。けど、本物にしたいという思いが作り続けるという意欲の糧となった。今までいつバレてもおかしくはないと不安になりながらも本物と同じでありたいと願っていたわけだ。


「それで<氷炎晶>(ほんもの)と出会えたのですか?」

「いえ――私は――!?」


 グサっと胸に槍が貫いた。

 そのままばたりと倒れる。とっさにユキが飛び出し、魔女を抱きかかえた。魔女は手を伸ばし、「裏切り者は死…か」と最後の言葉を伝え絶命した。


 槍はいつどこで現れたのか見当がつかない。

 けど確信はある。この槍は魔女本人につけられた烙印であるということだ。


 魔女が罪の意識から告白したら刺さるようにプログラムされていたようだ。魔女が部屋に罠が仕掛けられていないかを確認していたのもうなずける。


「レン…ぼく、許せないよ。なんで、この人が死ななくちゃいけないの!?」


 涙顔でそう訴えるユキにレンは答えを出さなかった。


「ユキ! 悲しむのは後だ。づらかるぞ。このことを知ったやつは逃がさない。仕掛けた犯人がわざわざ証拠を残していったからな」


 レンは二人に言い、さっさとこの場所から逃げるように伝えた。


「でも放っておけないよ!」

「レン、癪だ。その犯人とやらを倒そうぜ。もしかしたらそいつが本物を知っているそうだしな」

「……クソ」


 こういう場面になると二人は目標を一転先しか見なくなってしまう。

 ルゥは障害物があれば壊そうと立ち止ってしまう。

 ユキは障害物があればそれを取り除かない限り止まってしまう。

 レンは障害物をよけさっさと逃げたい。


 この三人の相性は正直、悪い。


「聞き訳がない奴らだな。ひとつ言えることだ。奴らは決して駅から逃がさないだろう。つまりだ。奴らは俺達の前にやってきてくれるっていう話だ!」


 ルゥとユキの目の色が変わった。

 二人の意見がピッタリとはまったからだ。


***



 駅で一人タバコを吸う浪人生がいた。

 彼は次の試験でどうしても大学に入りたかった。


 仕送りはもう限界と手紙が来て、来月から金がなくなり困っていたところを『罠を仕掛けるだけで簡単』という仕事を引き受けてしまったことが始まりだった。


 魔法の才能は子供のころから会った。

 手のひらから水の玉を作ったり、指先から蜘蛛の糸を作ったりと工作系のものは得意だった。


 親からの暖かい期待もあり、大学に進学を申し入れたものの、頭脳の差で負けてしまった。

 魔法の才があっても知識の才はなかった。親から出来損ないとまでは言われなかったが、心の中から言っていたのかもしれない。


 そう思うと、自分の人生は何だったんだろうと思い苦しめてしまう。

 次の試験までに金が必要だ。


『わなを仕掛けるだけで簡単』だけで数百万と大金を受け取った。郊外しないと約束し、ある女性の胸に向かって烙印を付けるだけ。

 その烙印の内容は詳しくは教えてくれなかったけど、なにか危険な仕事のような気がして、あえて聞かなかった。


 そして、今まさに駅まえで待っているのは逃走した犯人が駅に来るのではないかとその依頼主から頼まれたからだ。次の依頼の報酬はその倍の報酬だった。

 大学に進学どころか、魔術の才を図るどころか、普通のサラリーマンしているよりも報酬は何千倍と違う額だ。


 その額を見た瞬間、もう後戻りはできなくなってしまった。


「あー…いつから間違えちゃったんだろうなー…」


 タバコが目に沁みながら空を眺めた。灰色の空はどんよりしており、太陽のまぶしい輝きは煙に隠れてしまっている。悲しいな、人生はどん底にいるようだ。


 駅まえで待っていると三人の少年少女が現れた。


 一人は青みがかかった白髪の少年。赤色のスウェットパーカーを着用している。首からはヘッドホンがぶら下がっている。


「あの少年は、資料にあった…」


 左端に立つのは少女だ。紺色のタンクトップに肌が見えるほどの短いスカートを着用している。瞳の色は青色だ。けど、獣のように鋭さを瞳の中にありそうで肩がすくみそうになった。


「あの中でも少女が危険そうだ」


 真ん中に立つのはボロシャツを着たぱったしない青年だ。髪はボサボサでメガネは着用しているもののはっきりと見えているのかと不思議に思うよう程曇っている。

 黒髪で無精ひげだ。あの中では年齢はトップレベルだ。


「真ん中はリーダー格だな。まずは、指揮官を潰すべきか」


 浪人生が三人を見ながら、声に出した。


「俺の名はトピセ・リューマ。この街の出身だ。一件に絡んでいる人だろう? 警察(?)から資料をもらっている。できればいい降伏してくれ。俺は争いが嫌いなんだ」


 トピセは三人に対してお辞儀をした。

 できれば争いたくない。死人を出したくない。トピセの願いでもあった。


 それを見ていた少女が口にした。


「滑稽だな! 殺人者が降伏しろ…と? それは黙って首をよこせっていう話だよな!?」


 少女は首を狩っ切る仕草をとった。

 なんということだ。少女はヤル気だ。まさか、逃亡者の犯人が殺人まがいのことまでしているとは思いもしなかった。


 おそらく指揮官はあの青年だ。

 なんということだ。少女に殺人まがいのことをさせるとは…許せない行為だ。こうなったら確実にとらえ、警察に突き出さなくてはならない。


 トピセは指から蜘蛛の糸を引く。魔術を身体に構築することで詠唱なしで魔法を使えることが分かったのは小学生時代。他の詠唱者と距離をとるように一位を獲得してきたトピセにとって、詠唱者は子供と同じだと見下していた。


「分からないようだな。わかったよ。俺がお前たち全員を捕まえる。お前たちは絶対、この駅から脱走させない!!」


 指先を青年に向けた。指先から見えない糸が真っすぐに飛ぶ。青年の胸もとに糸が絡んだ。成功だ。


「分からないことを抜かすなよ! この殺人者め! ユキ、言ってやれよ」

「なぜ魔女さんを殺した! なぜなんだ! 理由を聞かせてくれ!!」


 大声で挙げるユキとルゥの左右にいたレンは犯人である彼がどうして、レンたちを狙っているのか疑問が浮かんできた。


 トピセがいう「降伏しろ」と自ら宣言し、ルゥの言葉に真っ向から対立するような発言をしていた。

 これは、なにかがおかしい。


「ルゥ、獣化はするなよ」

「あ”あ”!」

「ユキ、どうやらこの場所にいる奴は一人じゃないはずだ、警戒しろよ」

「わかっている」


 真っ先にルゥが駆け出した。


「先手必勝! 黙っていたら魔術師のおもいツボだろう」


 確かにそうだが…相手の属性も考えずに飛び込むかね。相手が詠唱使いは魔法陣か魔術式とかいろいろと違いがある。飛び込んでいいのは詠唱使いだけだ。


「動いたか。やはり詠唱使いだと知ったうえでの行動…つまり魔術の知識は子供以下」


 一気に距離を縮め、トピセに飛び込んだ。

 口で詠唱をしているトピセに「遅い!」と言いながら拳を振りかざす。その瞬間、見えない糸が青年を引っ張られ、ルゥの背中が引っ付くかのように飛んだ。


 その間、拳が鼻に届く数センチというギリ時間。


「ぐあっ!」

「痛ェ!」


 ルゥの肘がもろレンの腹に向かって降りかかった。引っ張られた際に腕が引き戻り、無防備だったレンの腹に直撃したのだ。


 ルゥの肘の威力は岩を砕くほど恐ろしい怪力を持つほどだ。

 バキとボキと鈍い音がした。


「バカヤロウ! なに飛びついてくるんだヘンタイヤロー!」

「バカ! 俺のせいじゃない。それに、力加減を考えろ! いまであばら何本か逝ったぞ!」

「俺のせいかよ!!」


 二人して地面に落下した。

 遠くから見ていたユキは、二人がどうして引っ付いたのかを見ていた。


(あいつ、指を曲げた。まるでレンを引っ張るかのように…。ルゥも引っ張られ、ユキとくっついた。奴の魔法か? だとしたら…)


 ユキは周囲を見渡し、他の階へ走っていく。

 一人だけ逃亡しようというのだ。


 それを見たトピセは「逃がすか!」と言わんばかりに走った。指を向け、見えない糸を飛ばすが、ユキは軽々に身をかわし、当たらせない。


 その隙を見て、レンとルゥはユキの後を追うと立ち上がろうとするが見えないローブのようなものが絡まり、うまく動かすことができない。


「バカ! 離れろよ」

「バタバタするな! 骨に響くー!!」


 バキボキと音がさらに立てる。

 この魔法の秘密を解かない限り、ユキの後を追うのは難しそうだ。

 まずは、ルゥを大人しくさせなくては。


***


 別の階へ逃げ惑うユキにいい加減疲れ切ってきたトピセは次第に距離が開いていく。子供とは思えないほどの体力とスタミナを持ち果たしている。

 運動不足の身体は非常に堪え、トピセは滝のように流れる汗と肺と心臓を苦しめるポンプが切れそうで、立ち止りそうになる。


「クソ何というスタミナだ。馬鹿力の次はスピードとスタミナか。クソ、このまま取り逃がせば報酬がもらえない。二人は糸で絡みついている以上、逃げることはできないはずだ。こいつさえ捕まえれば……」


 息切れを起こしながら指先を向ける。

 糸を飛ばすが華麗に避けられてしまい、柱に引っ付く。


「クソ、まただ…!」


 ハッと閃いた。

 人を引っ張られるほど頑丈な糸だ。これを利用して、自分を飛ぶことができるのではないか?

 そう考え、伸ばした糸を引っ張られるかのように地面を蹴った。すると、スルスルと糸が縮み、すぐさま柱まで移動した。


「ハハ…これですぐに追いついてやるぞ!」


 スタミナが無くてもスピードが追い付かなくても自分の魔術があればそれを追い越すことができる。そう確信したトピセは自信満々に糸を発射し、ユキの後を追った。


 目前までたどり着くと、ガラスでできた橋の先にユキが立っていた。


「へへ…見つけたぜ。観念しな!」


 ユキの背後にはシャッターで閉じられ、その先の道は無くなっている。

 シャッターにはすでに糸の檻ができており、シャッターを壊そうとしたり上空へ逃げようとしたり、橋の下に降りようとしたりしても糸が絡みつき、お陀仏だ。


 もう観念しなと走ろうとしたが、ふと気が付く。


(橋は修理中のはずだ。この橋は偽物…マズイ)


 とっさに糸を飛ばしユキへ急接近しようと図るが、その隙を待っていたと言わんばかりにルゥが背後に立っていた。


「なにっ!?」

「さっきのお礼だよ!」


 思いっ切り力強くトピセの背中から殴った。

 ボキボキと音を立て、橋へ落下する。


 橋がメキメキと音を立て、ガラスの破片のように崩れ落ちた。


 周りの景色がまるで水晶に映し出した映像の如く綺麗に散っていく。

 これは知っている。幻想の世界そのものだ。これを作っている原因は…。


「この街の名物だ<幻想石>が写した幻影だ。お前さんはずっとユキを追っていたようだが、幻想の中に入ったことを見落としていたようだな」


 一枚上手だった。

 ユキを追って、糸を張り巡りながら追っていたところ、いつの間にか相手の術中にはまっていたようだ。


 地面に腹から打つ。その上からルゥがトドメと言わんばかりに背中に向かって両足で押しつぶした。


 トピセが言葉にならない悲鳴を上げ、そのまま気を失った。


「やりすぎだ」

「魔女さんを殺した報いだよ。それにしても、どうやって助かったの?」


 レンとルゥがどうやって助かったのか、その理由を聞くとルゥは恥ずかしながら答えようとはしなかった。

 代わりにレンが答えようとすると、ルゥが顔を真っ赤にして引き止めた。


「服を脱いだ」

「バカ! お前! 恥だぞ!! 一生、お前とは絶好だからな!」

「ああでもしないと、解除できなかったんだぞ。それに、魔女じゃないが、術者に二発攻撃ができたからいいじゃないか」

「クソ、二度としないからな!!」


 さてと、トピセに向かってレンが見下ろした。

 トピセの服装、そして駅にいた理由、レンたちを犯人扱いにした原因。

 それを示していた証拠は一つもなかった。トピセから聞こうにもルゥが止めを入れてしまったために当分は話せる状況じゃない。


「ああー加減を覚えておけよ、ルゥ。これじゃ、証拠も理由も聞けないじゃないか」


 やってくれたなとルゥに振り向くがルゥは頑なに話そうともしなかった。先ほどの一件で相当心に負傷したらしいな。


「てめぇのせいだ」

「俺のせいか。口に気を付けろルゥ。これでも上司だぞ。あの時、拾わなかったらお前、今頃処分されていたぞ」

「結果論だ。俺だったら一網打尽できた」

「まったく可愛げがないねぇ。さてと、こいつを本部に連れて行けばいくらか話してくれるだろう」

「よかったな。気絶していて。俺がトドメを刺したおかげで暴れなくて済む」

「結果論だ。まあ、ルゥのおかげだな」


 黙っていたユキがレンの服を引っ張った。


「奥の方から大勢が来ている」


 どうやら、悪党が近づいてきているようだ。まあ、暴れてしまったのも原因だが。


「俺が掃除してやらぁ」

「待て待て、ルゥ、ユキ。コイツを連れて一旦オサバラだ」

「はぁっ? 逃げるのかよ」

「戦線離脱という言葉ある。場所が悪い。それに戦闘力さ、ルゥしかいない。この場面で二人を守りながら戦えないだろ」

「知らねーよ。勝手に守られてろ。俺一人で十分だ」

「ユキの策略と俺の策略が無かったら、今頃コイツに捕まっていたのかもしれなかったぞ」

「チッ…わかったよ。今回だけだ。次はないからな」


 通りかかった駅に飛び乗り、早々とこの街を後にした。

 本部に帰還後、トピセから事情をしゃべってもらい、あの街で不正に<氷炎晶>の情報が暴かれるのはいつになるかは、わからない。

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