2章 第15話

それからどれ程時間が経ったのか。まだ夕暮れには遠い空模様。体感よりも短い間の戦闘。この状況に、リナは焦りと疲労を覚えずにはいられなかった。

「くっ…。」

ラリアの言う通り、自分が炎を操れば相手は水を繰り出し、塞がれる。何度やろうとそれは同じ。ならばと、ラリアの能力、オーラを宿した剣で貫こうとすれば、闇影自身と少し離れた場所に形成された水壁で勢いを削がれる。しかもその間に後ろへと後退され、今尚敵は無傷に近かった。

「リナ、一応聞くけど…。飛び道具は?」

「ダメ。投擲ナイフに変化させようかとも思ったけど、スピードを殺される。こんな事なら、シノやノアに弓とか銃の扱い方習っとくんだった…。」

リナはレイピアと槍、そしてナイフの扱いに長けている。つまりは近接戦闘が得意なのだ。遠距離攻撃を専ら能力頼みにしていたツケが、今になって回ってきたと思わざるを得ない。

「でも、だからって手段がない訳じゃない!これでも喰らえ!」

そう言うやいなや、リナは片手を上げ、そして勢い良く振り下ろした。瞬間、闇影のすぐ背後にあった、今にも崩れそうな建物のひび割れた箇所が、鋭い大槍と変化して下へと垂直に落下する。

「キシッ!?」

流石に予期していなかった攻撃に、反応が遅れた闇影。横へとズレたが間に合わず、右腕部分を激しく損傷した。

「キエエエエッ!」

「うるさ…っ!」

痛みに悶える甲高い奇声。成功した戦略に喜ぶ間もなく、リナは不快そうに顔を歪める。

「キイイイイッ!」

「…!リナ、避けて!」

「分かってる…!」

リナは必死に、我を忘れ猛突進してくる敵の動きを見切り、すんでのところで躱した。と同時、得物のレイピアが相手の隙が出来た脇に吸い込まれていく。

「キイッ!?」

だが、その攻撃は命中こそしたものの、大きなダメージは与えられない。至近距離で対峙している今、それは…致命的だった。

「まず…っ!」

「キイイイッ!!!」

痛みに逆上した闇影が、思い切り手を振り上げる。守りの体勢を取ったリナだが、振り下ろされた腕の力は予想以上。腕が痺れ、感覚がなくなった。一拍遅れ、ガシャンッ!と金属が落下する音が耳に届く。

「しまっ…!」

「リナぁ!」

「キエエッ!」

ラリアの悲鳴。自分の鼓動、止まった息。そして闇影の奇声と差し迫る攻撃の振動音。為す術なく、反射的に来るべき痛みを堪えようと歯噛みをし、目を瞑る。だが、訪れたのは絶望ではなく、よく聞き慣れた、ずっと探していた彼の声だった。

「おらぁっ!」

「キイイイイイッ!」

剣風が頬を撫でる。それを生み出した張本人は、今正に自身を斬り裂こうとしていた相手の背後に立っていた。敵の腹部に刀身をくい込ませて。

「大丈夫か、リナ!」

「ノア…!?」

「僕もいるよ〜。…さて、せーのっ!」

さっきまで探していた二人が、それぞれの得物を構え闇影にトドメを刺す。これまでの激闘が嘘のように、一瞬にして静寂が辺りを包み込んだ。

「二人とも…あ、ありがとう…って、今まで何処に居たのよ!」

リナにしては素直にお礼を言ったのも束の間、ハッと我に返り、ガバッと顔を上げる。同時に、早鐘を打つ心臓を鎮める為に大きく息を吐く。一呼吸置いた頃、再び口を開こうとしたリナを知ってか知らずか、シノが言葉を紡いだ。

「リナちゃん、もう少し自分の力量を見極めたらどうかな?」

「お、おいシノ!?」

厳しい言及。まさかこんな事を言うとは思わなかったのか、ノアは心底驚いた様子で慌てて彼を止めようとする。が、シノは止まらない。

「君は今までにも何度か、敵に突っ込んで危機に陥った事があったよね?その時はタッグを組んでた味方が居たから何とかなってたけど、今日の場合はどう?もし数秒でも僕達が遅れていたら、死んでたかもしれないんだよ。」

彼の目は笑っていない。だが、心配というよりは、ただ事実を述べているだけな印象を受けた。

「シ、シノ、少し落ち着けって。俺だって自分に落ち度があったから、今こんな事になってんだしさ…。」

「でも、それって確かリナちゃんが後ろから話しかけてきたからなんだよね?もし不必要な呼び掛けをしていなければ、こうはならなかったかもしれないよ。」

「おいシノ!お前言い過ぎだぞ!第一そんなのリナに責任押し付けてるだけじゃねーか!」

目の前で言い争いを繰り広げる二人。その原因は自分にあるのだと、リナは否が応でも自覚させられる。

「二人とも、いい加減にしなさいよ!彼女がどんな気持ちでいるのか、分かんないの!?」

「ラリア…。」

「…ラリアちゃん、そこに居るのか。なんて言ってるのか分からないけど、僕何か間違ってるかな?リナちゃん、君自身は、どう思ってるの?」

深度四の彼はラリアが見えない。その為虚空にそう問いかけるシノ。何処にも逃げ場がないと錯覚するほどに鋭い目。蛇に睨まれた蛙の様に、身動きひとつも出来ないリナ。何より、彼の言う事も一理あると思わざるを得ないその事実が、身体も心も縛り上げていた。

「…ごめん、なさい…。」

「謝れば済む話じゃないでしょ。命は…ひとつしかないんだから。」

「シノ…お前の言いたい事は分かるけどなぁ…っ!」

彼が何を思っているのか、その言葉で察知したノアは複雑な表情を浮かべる。だが、それでも今の言動は度が過ぎると、シノを諌めようとした。

「分かってる…分かってるわよ、そんな事…!自分が浅はかだった事くらい、嫌でも自覚してる!だけど…だけど…!」

その続きが出てこない。反論する材料が見つからないのだ。言葉を探そうと目を右往左往させるリナ。それをシノは、冷めた目で一瞥した。

「言い訳しか出来ないなら…自分の事さえ守れないなら、悪いけど白き鷹ブランファルケには向いてないんじゃないかな。」

「…っ!」

「ちょ、おいリナ!?待てって!」

一番言われたくなかった、自分にとって最大の凶器となり得る刃。堪らず、リナは涙が流れるのもそのままに駆け出す。ただその場から逃げ出したかった。

「リナ!単独行動は危険よ!」

ラリアやノアの静止も聞かず、リナはそのまま街中へと溶け込んだ。

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