2章 第10話

「君達、これはどういう事かな?」

やばい。そう思った時には、既に複数人の男女に取り囲まれていた後だった。

「報告を受けて来てみれば…。これだけの被害。勿論、責任は取れるんだろうね?」

そんなの知るか。そう心の中で毒づく。それに、シノは兎も角自分は一応ジョネス家から依頼された身なのだ。多少の…とは言えないが、被害は許して欲しい。

「全く…修繕費でまた借金が…。」

言い忘れていたが、闇影による被害の補償には限度額が設定されている。役員や貴族達からしてみれば、個人への援助金を減らせば良いと思うかもしれない。だが、生還した者の過半数は一生かけても治らない傷を負っているのだ。仕事も満足に出来ない。治療費も多額。それを補填する意味でも援助金は妥当な政策だった。もしこれが無ければ、数多くの国民の命が喪われる事になりかねない。故に、何処かで線引きをする必要があった。

「それで、足りない分は君達が出してくれるんだよね?」

「は?俺達一応、闇影討伐に尽力してたんだけど。それなのに何で払わなきゃいけないんだよ!」

「それはそれ、これはこれ。ほら、Sの理念だよ?今私達は、補償外分の資金に困っている。ならば、君達は施し支えないと。そうすればそちらの代わりに修繕はこっちが担おう。」

「はあ?」

思わず呆れ顔になってしまう程の屁理屈だ。本当にそんな言い分が通るとでも思っているのだろうか。

「嫌なら仕方がない。おい、この二人を器物破損、及び規定外違法罪で拘束しろ。」

「はい。」

「え、ちょ、待てよ!」

一体全体何が起きているのか。二人は戸惑いを隠せない。抵抗しようと思えば出来るが、相手は曲がりなりにも役員だ。手を出せばまた言われのない罪を問われるかもしれない。それはシノも思ったのだろう。ここは大人しく下手に出た方が得策だと判断した。

「チッ…これだから余所者は…。」

「…?」

両腕を後ろ手に拘束され、管理職であろう男の脇を通り過ぎる時に、そう呟く声が聞こえた。

ーーたまに行き過ぎだと感じる時もあるけどーー。

あの日、ルウが零した一言が、いやに反響する。もしかしたら、ジョネス家の政策には自分達の知らない裏があるのではないか。そんな事を考えてしまう。

「…あんた達も大変ね。ま、今のうちに身内への言い訳でも考えといたら?」

許して貰えないかもしれないけど。嘲る女性の顔を見て、心臓が鷲掴みにされた様に脈打つ。自制心とは関係なく、冷や汗が頬を伝う。自分の身内…いや、血筋についても本当に必要な場合にしか明かせないが、シノはそれ以上に不味い。孤児院育ちで、しかもとある事をきっかけに「親」「家族」という存在を厭う様になった彼にとって、正にドストライクの禁句ワードだった。

「……。」

何時感情が爆発するか気が気でなかったノアだったが、シノは無反応だ。怪訝に思い横目で様子を伺うと、こころなしか肌が先程よりも白く見えた。

「…シノ?」

「…。」

彼に意識を集中させると、微かに聞こえる乱れた息遣い。軸がブレた歩み。自分より遥かに多い発汗。

そこまで認識して、やっとノアは書類に記載されていた内容を思い出した。そしてシノは、

「っ、シノ!おいお前ら離せっ!シノ!しっかりしろ!」

我武者羅に暴れ無理矢理拘束を解こうとする。その間にも彼に向かって叫び続けた。よろよろと顔を上げ、自分を映す瞳は虚ろげに揺らめいている。

「シノ…!くっそ、お前ら離せよ!早く解毒しないと危ねぇんだよ!」

「そうは言ってもねぇ…。罪人を助ける義理はこっちにはないもんでね。」

「…それ、本気で言ってんのか…?」

ただでさえ到底理解に及ばない違反という名の大義名分。そんなものにシノは今、命すら危険に晒されている。

周りに、まともなモラルを持っている人間は一人もいない。そんな事は、表情からも一目瞭然だった。

「だって、今離せば君達が逃げるかもしれない。そうなれば、こっちの首が危ないからねぇ。此処の住人と同じ様に大人しく従っていれば、ちゃんと保護対象でいられたのに…。残念でならないよ。」

最早怒りさえ通り越してやるせなさすら感じる。これ程誰かを憎く思った事があっただろうか。

「てめぇら…。タダで済むと思うなよ…?」

こんなにどす黒く低い声が出たのは初めてだ。

…もう良い。後でどうなろうと知った事か。そう決意し、タブーの言葉を紡ごうと息を吸った、その時だった。聞き慣れた、しかし今まで見た事のない姿で現れた人影が目に映ったのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る