1章 第9話

「はっ!」

ジュリナが振り下ろす杖からが乱れ飛ぶ。四属性は一人につき必ず一つしか宿らないと言うのに、初っ端から見事な扱いだ。

「…っ、ランちゃん…!」

再び少女に掲げられたぬいぐるみは、その両腕を獰猛な獣の爪へと変化し、ジュリナに襲いかかる。

「…!視えた!」

しかし、ジュリナはそれを華麗に避ける。それどころか接近してきたぬいぐるみを杖で強打し、カウンターまでしてみせた。

「…燃やす…。全部、全部燃やす…っ!」

それを目の当たりにした少女は初めて、焦りと怒りを表に出した。

「ランちゃん、もう一度よ…!」

頭に血が上ったのか、地べたに叩き落とされたぬいぐるみに呼びかける。その声に応えるべくそれは動き始めた。だが…。

「させる訳ないでしょ?」

至近距離でジュリナは、先程の少女の様に炎を生成した。但しその形は細長く、大蛇の様に戸愚呂とぐろ巻いている。それを鞭の如く操り、そして…。

「!ランちゃん!」

ぬいぐるみに、無慈悲にも振り下ろした。一度バウンドした炎は回りを取り囲み、身を焦がしていく。

「あ…あああああっっ!!痛い!熱い!」

少女が唐突に叫ぶ。顔を手で覆い、身体を仰け反らせながら悶えている。もしかしたら、自分の共有の様に片方のダメージがそのまま反映されるのかもしれない。

その思考を読み取ったジュリナは、更にぬいぐるみに追い打ちをかける。風の刃を形成し、引き裂かんと振り降ろした。

「痛い!痛い!…許さない…燃やす、燃やす!」

その声に胸が痛まない訳ではない。ジュリナだってこんな残酷な事望んでいないだろう。平然を装っていても、彼女の思考は今、嫌という程ノアに伝わってくる。だが、やらなければ殺される…それに相手は思念体。ただ失技によって記憶が具現化したに過ぎない。…そう自分を納得させようと必死なのだ。

「居なくなれ居なくなれ居なくなれ…っ!」

あの平坦さは何だったのかと言いたい程に激情に駆られた少女は、火球を生成し、狙いもそこそこにジュリナに何度も飛ばす。だが彼女は余裕と言わんばかりに全てかわしていった。自分はせいぜい、火が移らない様に水で消し止める程度だ。それにしても自然属性は扱いにくい。

「当たって、当たって!当たってよお…っ!」

泣きべそをかきながら、火球を飛ばし続ける少女の歪さが引き立つ。そのままジュリナは少しづつ接近して行き、杖を逆手に持ち、何やら構えた。よく見ると、下の方が鋭く尖っていた。

「これで、最後!」

風のベールを作り出し、少女を閉じ込める。そして遂に、ジュリナは杖の射程内まで相手に近づく事に成功した。

「…Good Night。永遠にね。」

「あ…っ!」

その呼びかけと同時。杖の下半分が少女の胸へと突き刺さり、貫通した。血は出ない。それが、倒す側にとっては唯一の救いだった。

「ラ…ンちゃ…。」

既に見るも無惨な状態となったぬいぐるみに手を伸ばしかけ、そのまま瞼が落ちる。そして少女とぬいぐるみは、そのまま静かに消えた。

「…今度こそ、終わり…?」

「ああ…。具現化の失技って言っても、二度も復活するなんて事例聞いた事ないからな。」

既に何もいない虚空を見つめ、ノアは漸く息を吐いた。一気に湧き上がる幾つもの感覚。安堵、疲労、そして…痛覚。

「ぐぅ…っ!無理しすぎたみたいだな…すっげぇ痛い…。」

「当たり前じゃん。あんな怪我だし。……って、ああああああっ!?!?」

突如叫び出した彼女の声に、耳がキーンとなる。一体なんだと言うのだ。

「こ、これどうしよう。さ、流石に修理費私持ちではない…よね?」

修理費、と聞いてハッと我に返る。恐る恐る辺りを見渡すと、焼け焦げた室内、割れた窓ガラス、破損した壁…。挙げればキリがない。

「だ、大丈夫だろ。闇影の仕業です〜って言えば…。」

「……。」

そう言った途端黙り込む彼女に疑問を覚える。首を傾げながら、ノアは問いかけた。

「おーい?どした?何かあんのか?」

「…!あ、いや、なんでもないわ。…そうね、それしかないかな。」

何か不都合でもあるのだろうか。だが、それを詮索出来る様な立場でも資格もない。それに、聞くつもりもなかった。

「そうだ、部屋に帰ったらバリバリ私の研究に付き合ってもらうから!」

「えぇ…ちょっとは休ませろよ…。」

「横になりながらで良いから!早く研究したいの!」

「分かったよ…ったく。」

そう文句を垂れながら、ジュリナに先導されるまま踵を返す。保健室までの道すがら、彼女に矢継ぎ早にひたすら質問を投げかけられながら、二人は部屋に戻って行った。

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