1章 第8話
「…何か、嫌ね。でも、倒さなきゃいけないし、そんな事言ってる場合でもないのかな。」
自分達が入ってきた出入口は炎によって遮られている。だが、幸い此処は調理室。ジュリナの自然属性の魔術によって水を操る環境は整っていた。
「本当は危ないんだけど…。風と水、両方操れば…!」
「させないよ。」
少女の闇影は淡々とした口調でぬいぐるみを掲げた。
「…は!?やべぇ、しゃがめ!」
ぬいぐるみの目が光り、その両手足が赤くなる。自分の咄嗟の叫びに、反射的にしゃがんだジュリナ。それを見て、ノアは鉄の棒を一往復横に凪ぎ、衝撃波を二つ放った。それと同時。ぬいぐるみがこちらへと跳躍する。爪が鋭い凶器に変わる。間一髪、衝撃波とぶつかりあったそれはバランスを崩し、持ち主と戻っていった。
「…あー、助かった!サンキュー。あの姿と能力は、ぬいぐるみのものだったのね。」
「らしいな…って、また来るぞ!」
「…燃えちゃえ!」
少女の声が漏れ、炎の塊がこちら目掛けてやってくる。再び避けようとするが、辺りは炎に包まれ思う様に身動きが取れない。
「く…っ、ならこっちだってこうするまで!ノア君、絶対に私の事守ってよね!」
「分かってる!」
ジュリナが杖を構えると、複数の水道管から水が溢れ出てきた。察した相手がぬいぐるみを掲げる。手元を離れたそれがジュリナに急接近する。だが、ノアが波魔術を放ち再び防ぐ。そうこうしている内に、大量の水は熱風に乗せられ、巨大な水球が複数出来上がっていた。
「これで…どうだぁっ!」
そう叫んだと同時、水球は全て四方へと飛散し、それらが雨の様に降り注ぐ。水球の欠片が炎を包み込み、鎮火させていく。しかしこの熱に照らされ、かなりの高温になっているであろうそれを、少女は大きく飛び退き避けた。その身なりからは考えられない跳躍力だが、やはり相手はつい先程まで戦っていた闇影と同一の存在なのだと再認識する。
「…っ、でも、貴女の炎は殆ど鎮圧したわよ。」
「……。」
流石にこれまでの戦いで魔力を消耗しすぎたのか、ジュリナの息が荒くなっている。額から滴り落ちる汗。膝に手をつきながら前を睨む彼女の、大きく上下する肩や背中。更に戦いが長引いたら危険なのは明らかだった。
それが分かっているのかいないのか、少女は眉ひとつ動かさない。ただ傍観者の様な瞳で見つめるだけだ。
「…ノア君。やっぱり君の力、貸して貰いたいな。ちょっと、限界かも。」
「……もし共有前の状態が反映されたらそれこそ勝ち目はない。それでもか?」
「そうじゃないと言わないって。今ね…結構限界なの。ここは賭けるしかない…でしょ?」
彼女の決意は本物だ。だがしかし、一方で自信溢れる何かも感じる。
ーー仕方ない、か。
それに触発されたノアは目を瞑り、そしてその力を発現させた。
「…!」
瞼を再び開くと、その違いに驚いた風のジュリナの顔が飛び込んできた。
「…成程ね。こんな感じなのか…。」
自身の左手を、グーとパーの形に交互に変える。その力を確かめる様に。
「…まだ詳しくは解らないけど、どうやら賭けには勝ったみたい。後は任せて。ノア君は大人しくあの子をちゃんと観察しててね。」
「言わなくても分かってる。」
そう、分かるのだ。お互いの思考すらも全てシェアするこの能力。つまりは何も言わずとも、自分が察知した攻撃がリアルタイムで共有相手にも伝わるという事。後は彼女次第でこの戦いの結末が決まる。
…何とか、役には立てたみたい、だな…。
先程から激痛が走る背中。それでも今対峙していられるのは、団長のお陰だ。一度に複数人とシェアした事はなかったが、やってみれば意外といけるもの。彼女に感謝しつつ、ノアは大人しく後方で攻撃の分析に徹し、見守る事にした。
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