1章 第5話

「あいつの爪を狙え!」

「オーケイ!」

すぐさま指示を出す。それを聞いたジュリナは杖をやや短めに調節し、バトンの様に振り回した。

「グ…グゴ…ッ!」

どんどん早くなる回転速度。それに巻き込まれる酸素と、生み出される風。それは真横に寝かせた小さな竜巻とも捉えられる魔法だった。

「…チッ。」

しかし…闇影はそれに怯む様子もなく、少しづつこちらに近付いてくる。動きを阻害は出来ても、威力としては不十分な様だった。これには思わずジュリナも舌打ちをかます。

「まさかこれをもろに食らって尚、平気で動けるなんてね…。仕方ない、全力で…!」

「キシィ!」

更に魔力を解放しようとした彼女は、たった数秒にも満たない隙を見せた。空気圧のを掻い潜り、こちらへと差し迫ってくる。

「…おい!」

距離三リリル。思わぬ奇襲に怯んだジュリナは動かない。

「く…っそ!」

残り二リリル。異形の爪が彼女を捉える…、その寸前。

「ぅおらぁっ!」

魔法に精通しているとは言い難いノアが繰り出した切り札。剣そのものを魔力によって飛ばし、その振動を全て刃に変える、波属性の術だ。直線上に吹き飛んだ剣の道筋から、四方八方に向かって無数の刃が飛び交う。

「こっち…ゲホッ!…来い…!」

未だ呆然とした彼女に必死に呼びかけたのが幸いしたのか、ハッと現実に戻ってきたジュリナはノアに腕を引かれるまま安全地帯へと踏み込み、そのまま膝をついた。

「はぁ…はぁ…ぅ…ぐ…。」

「…ねぇ、どうして分かったの?」

何が、なんて愚問だ。宙を舞っている刃達は、何故か自分達が居る場所にだけはやって来ない。バリア系の魔法を使っていないにも関わらず、だ。彼女が言いたいのはそれについてだろう。

「…さっき言った、俺の特異属性先見だよ。敵が繰り出す手とか、攻撃範囲をほんの直前に察知するんだ。まぁ…視界に入ってなきゃ意味ねぇけど…。」

それにかなりの集中力も必要だ。だから魔術が不得手のノアにとって、普段ならば逆にそちらに気を取られ、攻防が疎かになる。しかし今回ばかりは勝手が違う。

「そう…。君の事、正直言うともっと弱いと思ってたんだけど。流石は白狩り…いや、白き鷹ブランファルケと言うべきなのかしら…。」

「ひっでぇな…。しかも唐突すぎ。今はそんな事言ってる場合じゃないぞ。」

「分かってるわよ!さっきは油断したけど、今度こそ…!」

乱れ飛ぶ刃の雨が振りやもうとした頃、ジュリナは一つ深呼吸して立ち上がり、杖を構え直した。

「キ…シィ…ッ!」

幾つかの裂傷が垣間見える闇影は、しかし衰弱した様子はない。どの傷も浅すぎたのだろう。制御が不安定とはいえ、この強さだ。今更だが、高レベル認定の個体に違いないだろう。

そう考えている内にも、既に相手は体勢を整え終えていた。先程よりも殺気に満ちた空間が肺を圧迫する。

「おい、どうする気だ。」

「そうね、ひとまず…。」

そう言うと、ジュリナは手の中の杖を一回転させた。

「外に吹き飛ばして第二ラウンド…か、なっ!」

勢いの良い声をバネに、まるで野球のバッドの様に杖を振りかぶった。風の向きが急速に変わる。取り巻く空気が全て、彼女によって強制的に一方向へと導かれる。それに抗えなかった闇影も、為す術なく窓を激しく割りながら校庭へと転がり落ちて行った。

「…わーお。」

尋常ではない風力だ。敵が吹き飛ばされた窓の隣の壁に派手なヒビや穴が空いてるのがその威力を物語っている。

「さあて、私達も行くわよ!」

「分かってるが階段は…って、おいっ!?」

徐に手を取られたノアは、そのままジュリナと共に窓外に躍り出て急降下して行った。だが、現状を理解するよりも先に、彼女が使役する風が優しく体を包み、やがてふわりと地面まで辿り着く。目の前には、飛ばされた拍子に損傷したのか、左肩らしき部分を脱臼したかの様に、だらんと腕をぶら下げた闇影。

「…さぁて、さっきのお返ししなくちゃ、ね。」

そう言う彼女の両目が獣の様に爛々と光っているのを見て、ノアは一つ身震いした。

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