序章 第4話

「…つまり、闇影を倒したは良いが、そいつは消滅する時発動する技…失技を持ったレアな個体で、運悪く遠い地の此処に飛ばされてきた、と?」

「ああ…なんというか…どうやって帰れば良いのか…。」

「そりゃあ何かしら働いて路銀を稼ぐしかないでしょう。と言っても、馬や飛行魔道具ウィンフライをフルスピードで丸一日動かしたとしても百リルが限界だろうし、そもそもそんな事ほぼ不可能だから、必要金額はかなり膨れ上がるとは思うけどね。」

「はあ…何でこんな事に…。今頃騒ぎになってるよなきっと…。」

自分の、少々過保護すぎる身内を思い出して体に震えが走る。どうせまた二人揃って、「だからノアはそんな事するべきじゃないんだ!」とか般若の形相で言うのだ。確かに立場としては特殊だが、何故自分の全てを決められなければならないのだろう。心配してくれる事に感謝はしつつも、一方で理不尽だと言わずには居られない。これは自分の心が狭いのか…それとも、思春期真っ只中だからだろうか。…多分両方だ。

「そんな今更…って、ついさっきまで寝てたんだから分からないか…。君を助けたのは今日じゃなくて、一週間くらい前だよ。役所には勿論届けてあるけど、距離を考えるとあっちでは完全に行方不明者扱いになってるかも…。」

「一週間!?そ、そんな…やばい…。」

これは帰れたとしても身の安全が危うい。主に精神的な面で。

「はぁ…。兎に角、明日もう一度役所に行ってくるから大人しくしてて。」

「え。」

「…何驚いてんの?僕は君の名前も出身地も知らなかったんだから、詳細が分かったら教えてくれって役員に言われてるんだよ。今の所は容姿くらいしか情報渡ってないし。」

「い、いやでも…。」

「…何?まさか、何か不都合な事でもあるの?」

彼は冗談のつもりだったのかもしれないが、そのまさかだった。既に自分が影狩りである事はバレているが、問題はそれだけではない。寧ろそんなもの比ではなかった。

…それだけは全力で阻止しないとやばい。本気で身内に殺される。いや冗談抜きで。

頭から血の気が引く感覚を覚えながら、どうにかここを乗り切れる言い訳はないものかと電池が切れかけの脳をフル稼働させる。

「いや不都合っつーか、ほらあれだよあれ、えーっと…。」

「………。」

だんまりのままでは不自然だろうと場を取り繕うとしたのが間違いだった。当たり前だが何もそれらしい理由は浮かんで来ず、結果的に痛い程の沈黙が降り立った。

「…君にも何か事情があるのは分かった。でも僕だってこのまま何も言わない訳にはいかない。幸い顔写真とかは手渡してないし、何処かで姿を見られても気付かれないと思うから、僕が明日の朝起きたら君は既に去っていた事にする。それでどう?」

「…良い、のか?」

何故彼は何も詮索せずに妥協案をわざわざ出してくるのだろう。ルウにとっての自分は、決して庇う程の価値がある人間ではないだろうに。色々な意味を込めて彼の目を見る。すると彼は、

「…誰にだって、他人に話したくない一面だってあるもんだよ。何も君だけじゃない。勿論、僕にもね。」

俺の視線から逃れる様に顔を逸らし、そう呟いた。

ああ、彼も何かを抱えているのだ。それも自分以上のものを。何故だか、直感的にそれが解ってしまった。ルウから放たれる重い空気。それ以上聞くなと訴えかける様な重圧で開く自分と彼の距離感。赤の他人にここまで尽くす位優しい性格の癖して、その本来の個を押し潰す程の闇を、ノアは確かに感じ取った。

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