第13話気まずい帰途

「はあああ、ええ湯やなあ……」

「そうねえ……エルザも浸かれたら良かったのに……」


 アリマ村に着いたあたしとデリアは温泉に入っとった。

 心の洗濯ちゅうか、風呂はやっぱり偉大やな。

 今までのストレスがすうっと無くなっていく。


「エルザは今、おかんに説教されとるからな」

「ひどく泣いていたわね、あなたのお母さん。もう帰ってこないんじゃないかしらって思ったんでしょう」

「まあな。出て行く前の理由もそうやったし」


 それにしても、アリマ村は随分見ないうちにすっかり変わってもうた。

 かなり賑わっとるし、村の中心にはおとんに話した通天閣みたいなもんもできとった。まあ一種のモニュメントやな。


「ねえ、ユーリ。元気になったら勝負しましょうよ」

「なんで元気になったのに、勝負せなあかんのや」

「万全の状態で模擬戦したいのよ」

「……ルールは相手殺すんのなしで気絶させたら勝ちな」


 デリアは目を丸くして「案外、あっさりと受けるのね」と驚いた。

 あたしもいろいろと思うことあるし、考えとった技もあるんや。

 せやけど、それは黙っておく。びっくりさせたいしな。


「勝負は明日の正午でええか? ジンが闘技場っぽいの作っとったしな」

「ああ。村の東にあった円形のあれ? 私が言えた義理じゃないけど、バトルマニアなのね」


 ざばっと上がったデリア。

 あたしは「もうええのん?」と問う。


「のぼせちゃいそうになるのよ。それに闘志が濁ってしまいそうになるわ」

「ふうん。あたしは少ししたら出るで」


 デリアが「ごゆっくり」と言うて出て行った。

 あたしは足を伸ばして身体の調子を整えた。

 うん、ばっちりやな。


「後でジンに言うて、闘技場貸してもらわんとな」


 季節は風の月の後半。

 薫風が顔を撫でていく。




「闘技場でデリアと戦う? いいぜ、盛り上がると思うしな」

「はあ? 客を入れるつもりかいな」

「むしろ入れない理由が無いだろう? 無双の世代のバトルなんてよう」


 そう言いながらジンはセシールとアルムの子、ゴードンをあやしておった。

 おじいちゃんって歳やあらへんのに、すっかりそんな顔になっとる。

 山賊時代を知っとるあたしにしてみたら、めっちゃ驚くことやった。


「銭勘定はしたくねえんだけどよ。少しでも盛り立てないとな」

「……まあええわ、デリアも客がいたほうがやりがいあるやろ」


 ジンとあたしは村の集会所で会っとった。

 おとんやおかんとこに行きたかったんやけど、まだ説教しとるらしい。

 もう少ししたら助け船出しとこ。


「おー、よしよし。可愛いなあ」

「なあジン。あんた今、幸せか?」

「あん? なんだよ。そりゃ今幸せだよ。ゴードンもいるし。セシールも昔のようとは言えないけど動けるようになったしな。アルムの野郎は……まあ許してやる」

「あたしはな、今めっちゃ大変やねん」


 高い高いしとるジンは「それがお前の選んだ道だろう? 姉御」と古い呼び方をした。

 ゴードンが真似して「あねごー」と言うた。覚えさせたらあかんで?


「せやけどな。上手くいかんなると……ごっつつらいねん」

「珍しいな、弱音なんて」

「温泉入って気が緩んでしもうたかもしれん……」


 そんなあたしにジンはゴードンを胸に抱いて「つらかったら立ち止まればいい」と真剣な顔で言うた。


「そりゃあんたみたいに突っ走っていられたらいいだろうよ。でもな――時々立ち止まらないといけねえんだ。また走るためにな」

「…………」

「俺は今、当たり前のことを言っている。だけど、当たり前だからこそやらねえといけねんじゃねえか? そう思うぜ」


 極普通のことを飾り気のない言葉で言われた。

 あたしは何となく、重荷が軽くなった気がした。


「ありがとうな、ジン」

「別にいいよ。俺はあんたに救われたんだから」




「うるさい! 私の人生でしょう! 好きに生きていいじゃない!」

「そういうことじゃないわ! 好きに生きることと危険は全然違う!」


 まだやっとるな。

 あたしはエルザとおかんのマーゴットの仲裁をしようと部屋の中に入った。

 二人とも泣きながら怒鳴りあっとる。

 おとんのヨーゼフは困った顔で頬をぽりぽり掻いている。こないなとき、父親は大変やな。


「おかん、エルザ。もうええやろ。二人とも――」

「ユーリ! どうして軍隊からこの子を除隊させなかったの!」


 おかんがあたしに矛先を向けた。

 相当怒っとるな……


「せやかて、あたしとは違うルートで入隊しとったんや。それにただの少佐にそないな権限あらへんわ」

「だったら、エルザを説得するとか、できたんじゃないの!」

「そ、それは、まあ……」


 おかんは泣きじゃくりながら「べリストロの丘の戦いのこと、聞いたわ」とエルザの痛いところを突く。

 青ざめたエルザを半ば無視して「どうして危険な真似するのよ……!」とざめざめ泣いた。


「ユーリと違って、あなたは危険なことをしがちなのよ! だから戦場に行かせたく――」

「お姉ちゃんと比べないでよ! 私は、私のほうが、戦争について分かっているもん!」

「嘘おっしゃい! あなたに何が――」


 そこでエルザは得意げに言うてもうた。


「だって、お姉ちゃんは魔族殺してないもん! 私は、殺したもん! 何体も、何十体も!」


 おかんははっとして口元を抑えた。

 そして崩れ落ちてしもた。

 おとんはおかんの肩に手を置いた。


「だから、私のほうが――」

「もうええ。エルザ、ちょっとこいや」


 あたしはエルザの半身を抱いて、部屋から無理やり出た。

 エルザは泣きながら「どうして、認めてくれないの……!」と悔しそうにしとった。


「戦功を立てたのに、どうして……」

「せやな。うん、エルザは凄いわ」


 泣くエルザにあたしは抱きしめることしかできひんかった。

 エルザはおかんに自分のことを認めてほしかった。

 おかんはエルザに戦争行為を認めてほしくなかった。

 そら、一方通行になるよな、お互いに。




「なあ、ユーリ。俺は間違っていたのかもな」


 涼しい風が身体中を巡る。

 夜中に旅館の庭で、あたしはおとんと話しとった。

 寂しそうな顔であたしに言うおとんは、いつもより小さく見えた。


「そないなことあらへんよ。おとんは間違っておらん」

「お前を魔法学校に行かせるのを、もっと反対していたら。今の状況にはならなかったかもしれない」

「そしたら今よりひどいことになっていたで。ノースが三国に分かれたままの戦力では魔族や龍族には立ち向かえへん」

「分かっているさ。それでも俺は、家族が大事なんだ」


 おとんは空を見上げて、静かに涙をこぼした。

 初めて見る、おとんの涙やった。


「俺はちっぽけな人間だ。自分の家族を守れればそれでいい。周りの戦争なんて……どうでも良かったんだ」

「おとん……」

「軽蔑するか? 俺のことを」


 あたしは「おとんは正しいよ」と言うた。

 心から思えるんや。家族を守るって、どんだけ大変なことやって。

 前世でおばちゃんやった自分やから、分かってしまうんや。


「おとん。あたしはエルザを守るで」

「…………」

「そんで、あたし自身も守る。姉妹二人、戦争を生き残る。約束してもええで」


 おとんは涙を拭って「してもいい、じゃない」と無理やり笑った。


「今ここで、約束してくれ」

「……ええよ。約束するわ」

「嘘ついたら……あの世で叱るからな」


 おとんなりのジョーク。

 あまり笑えへんかったけど。

 あたしは「もちろんやで」と頷いた。


「あたしとエルザは絶対に死なへんで。そんでおとんやおかんに会いに行く」


 おとんはにっこりと笑うた。

 久しぶりの笑った顔。

 ちょっぴり泣きそうになるあたし。

 夜中の涼やかな風だけが、知っていた。

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【第二部】あらやだ! コレあれやろアレ! なんやったっけ? そうや転生やろ! ~大阪のおばちゃん、平和な世の中目指して飴ちゃん無双やで!~ 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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