第12話回復と婚約破棄

 そんまま、あたしは手すりに体を預けて、ぼうっとしとった。

 自分の身体に起こっとることが信じられへんかった。いくらビクトールさんに言われたことでも、受け入れられるのに時間はかかるやろ。

 そうしていると、屋上への扉が開いた。誰やろと思うてると――デリアやった。


「デリア。もう歩けるんか」

「なんとかね……松葉杖使わないと立てないけど」


 包帯まみれの姿。器用に松葉杖を使うてこっちに歩いてくる。

 そんであたしの横に並んで、深呼吸して――デリアは言うた。


「あの変態から聞いたわよ。あなた――もう神化モードを使うのはやめなさい」


 なんでよりによって、デリアに言うたんやろ、あの変態は。

 こんなん、誤魔化し利かへんやんか。


「嫌言うたらどないする?」

「怒るわよ。いくらあなたが――」


 デリアは言葉を紡げなかった。

 信じられへんことに、デリアは泣いてもうてる。

 あたしのために、泣いているんや。


「で、デリア……」

「……馬鹿みたいよね。私が泣いたって――あなたは神化モードを使い続ける。目の前の命を救うために。だけど、泣き落としでしか、あなたを止められないなんて」


 あたしはデリアのことを馬鹿だとか情けないとか。そんなん思えへんかった。

 だってそうやろ? デリアはあたしのために、泣いてくれているんやから。


「私、戦争が終わったら、あなたと勝負して――勝ち負けはっきりさせたかった。それでみんなで私の戦勝パーティをやるのよ。きっとあなたはおかしなことを言って、みんなはそれで笑って、イレーネはたくさん食べて、ランドルフは見守って、クラウスは料理を作って……」


 あたしは――デリアを抱きしめた。

 嫌がると思うたけど、デリアのほうもあたしの背中に腕を回した。

 互いに聞こえる心臓の音。とくんとくんと。


「あたしは、変わらへんよ」

「…………」

「絶対、あんたの夢を叶えたる。ま、そんとき勝っているのはあたしかもしれへんけどな」


 最後はおどけて言うと、泣き声でデリアは「馬鹿……」と小さく零した。


「そこは、勝ちを譲りなさいよ……」

「譲ってほしいんか?」

「……ううん。真剣勝負がしたいわ」


 こうしてデリアと抱き合っとると今までの不安が無くなりそうやった。

 この結果をあらかじめ予想しとったら、ビクトール先生には勝てへんなと思うわ。




 全員の回復には数週間かかった。

 最初に回復したのはランドルフやった。


「このままベッドで寝ているのは性に合わねえ」


 ぽきぽきと指を鳴らしながらすっかり元気になってしもうた。

 そんで部隊の指揮を執るために、ベナリティアイランドへ出立するみたいや。


「なあユーリさん。俺ぁキールのことが不憫でならねえよ。あいつの努力が全部無駄になっちまった。許せるわけがねえ」


 瞳に闘志が浮かんどるランドルフ。

 あたしも同意見やった。


「ハブルって魔族は、俺が必ず斬る。この剣に誓ってな……」


 暗い感情ちゅうより、覚悟を見出せたので、あたしは「無理せんといてな」としか言えへんかった。

 するとランドルフは「あんたも無理すんなよ」と朗らかに笑った。


「神化モード、多用するなよ? 頼り過ぎると良くないことが起きそうだからな」

「なんや。それは勘か?」

「ああ、勘だ」


 それから互いに敬礼して――ランドルフはベナリティアイランドへ出征していった。

 いくらランドルフでも無傷で帰ってこれへんやろ。

 もっと医術の腕を上げとかんとな。


 次はクラウスとイレーネちゃんやった。

 二人とも退院するタイミングが一緒で、というのもクラウスは休暇を兼ねていただけやった。


「ユーリ。私、もっと強くなります」

「せやな。イレーネちゃんならもっと強くなれると思うで」


 イレーネちゃんはあたしとデリアと同じ時期にベナリティアイランドに向かう予定やった。せやからそれまでの間は軍隊で修行するらしい。


「ユーリは修行とかしないんですか?」

「医術の勉強はするけどな。ビクトールさんから本貰うたし」

「いざというとき、動けなくなりますよ?」


 それはつまり、魔族を殺すときやな。

 あたしは「それが無いように、気をつけるわ」と笑った。

 上手く笑えとるか不安やったけど。

 イレーネちゃんは少しだけ微笑んで医療院から退院した。


「ユーリさんは嘘が下手ですね」

「上手よりマシやと思うけどな」


 クラウスがニコニコ笑いながら「僕は何となく分かっていますよ」と意味深に言う。

 ブラフかもしれへんから「そうやろな」と答えた。


「僕、今回の事件があって良かったと思うんです。もちろん、キールくんのことを除いてです」

「どういう意味やねん?」

「だって、エーミールくんの死に、意味があったんですから」


 不謹慎な言い方やった。

 でも気持ちは十二分に分かってしもうた。

 クラウスは今でもエーミールの死を後悔しとる。


「ありもしない秘密のせいで死んだとなると、彼が浮かばれません」

「…………」

「それに僕たちの手で阻止できたんですから。きっと喜んでくれると思います」


 それは勝手な思い込みやと思うけど。

 否定できないあたしがいた。

 せやから、黙ってクラウスの肩を叩いた。


「それでは、また会いましょう!」


 快活にクラウスは笑って別れた。

 これから膨大な仕事に忙殺されそうになるんで、空元気かもしれへん。


 デリアとエルザの回復が遅かったので、歩けるようになったのを頃合いに、寝とるとこを拉致することにした。もちろん、二人には内緒やった。


「……説明不足だと思うけど」

「そうだよ、お姉ちゃん……」


 高級馬車の中。

 怒りを湛えたデリアと呆れているエルザの目。

 あたしは「これから怪我の回復を兼ねて、行きたいとこがあんねん」と言う。


「皇帝からは許可貰うたで」

「どこに行くのよ?」


 デリアが諦めたように馬車の外を見た。

 あたしはあっさりと「アリマ村や」と答えた。

 するとエルザの顔がすうっと青ざめた。


「あ、あのう。私、まだ身体の調子悪いかも」

「そうなんか。なら温泉で元気になろうか」

「お、お湯だと沁みちゃいそうなんだけど」

「そうなんか。でも我慢せなあかんな」

「……お父さんとお母さんにあわせる顔ないんだけど」

「そうなんか。せやけどケジメは取らんとな」


 エルザは涙目になって「お姉ちゃんの意地悪……」と睨んだ。

 デリアは「エルザを拉致するのは分かるけど」とこっち向いた。


「なんで私まで拉致するのよ」

「……ノリ、やな」

「――っ!? ふざけた理由ね!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を半ば無視して、あたしは先ほどの別れを思い出す。

 そう。キールとの別れを。




「なあユーリ。婚約を申し込んだけど、悪いが破棄させてもらう」

「なんや。振られてしもうたな」


 わざとおどけて言うたけど、キールは「真剣な話だ」と言う。

 すっかりやせ細ってしもうたキール。リハビリまで時間かかりそうやった。


「ユーリの夫にはなれない。俺にはそんな資格はない」

「あたしの気持ちはどないすんねん」

「それは、ごめんとしか言えないな」


 キールは「もしかしたら、人質にされる可能性がある」と真面目に言うた。


「俺がユーリの弱点となったら、敵は普通にしてくる」

「考えすぎやで」

「考えることしかできなくなったからな。それに対策して無駄なことなどない」


 キールは存外、爽やかな笑みを見せてあたしに言うた。


「俺はユーリのことを愛している。だから足手まといになりたくないんだ」


 まったく、いい男やでキールは。

 振られたのを悲しいと思うくらいにな。


 こうして二人の文句を聞き流しながら、馬車はアリマ村へと向かう。

 ゆっくり休めたらええなあとあたしはにっこりと微笑んだ。

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