第11話諦めと変貌

 キールの目が覚めるまで、あたしはずっと傍に居た。熱が出とってうなされとったけど、三日ほど経つと容態が落ち着いてくれた。その間、何度もタオルや包帯を代えたりした。


 あたしの身体は神化モード使うて全快した。他の皆も回復させよう思うたけど、デリアが「あなたの負担が大きくなるわ」と言うて断られた。別に遠慮せんでもええのに。


 キールの目が覚めたのは、看病して五日後のことやった。

 そんとき、疲れて眠ってしもうたので、キールの「ユーリ、起きてくれ」という声で気づかされた。


「キール、もう喋れるんか!?」

「まあな……残念ながら生きている」

「何が残念やねん! 生きとるほうがええやんか!」


 キールは悲しみに満ちた表情で「敵に捕まるくらいなら、死んだほうが良かった」と言う。あまりのことにあたしは言葉を失った。


「ハブルとかいう魔族から聞いている。俺の魔法でノースを沈めるつもりだと」

「そんなの……防いだからええやん」

「良くない。俺のせいで、お前は無茶したんだろ?」


 ベッドに寝とるキールがゆっくりと手を差し伸べる。

 あたしはその手を握った。かなり冷たかった。


「ごめんな。本当に、悪かった」

「謝ることないわ。あんたはなんも悪くあらへん」


 あたしが言い終わった後に、ビクトールさんが病室に入ってきた。

 意識が戻ったキールを見て「良かった。峠は越したみたいだね」と言い、病室に置かれた椅子に腰掛けた。


「君の身体について、話しておかねばならないことがある」


 単刀直入に言いにくいことを切り出すビクトールさん。

 キールはあたしに「そのまま、握っていてくれ」と頼んだ。


「……君は二度と、魔法は使えない」


 キールは口を固く結んで、何かを耐えとった。

 少しだけ、手の力が強くなった。


「使おうとしたら、身体が壊れてしまう。初級魔法でもアウトだ」

「……なんとなく、そんな気がしていた。俺の身体が弱くなったのを感じていた」


 キールはショックなはずやのに、一切泣かへんかった。

 自分の努力が無くなってしもうても、耐えとる。


「走ったりはできる。肉体上は問題ない。そこは安心してほしい」

「でも、できることは少なくなるだろう?」

「そうだね。医者として、兵士になるのは薦められない」


 キールは突然、馬鹿みたいに明るい声で「じゃあ、いろいろ諦めなきゃいけないな!」と言うた。空元気やとあたしは気づいて、握る力を強くする。


「やれることを探す前に、一つだけ諦めたほうがいいこと、あるよな」


 キールは無理矢理笑顔になってあたしに言うた。

 胸が締め付けられるくらい、切ない顔やった。


「――皇帝になるのは諦めるか」




 それから病室に訪れたのは、皇帝とツヴァイさんやった。

 ツヴァイさんは男泣きしながら、キールに言うた。


「この大馬鹿者! 無茶をするなとあれだけ言ったはずだぞ!」

「ツヴァイさん、すみませんでした」


 皇帝は「説教はそのくらいでいいでしょう」とツヴァイさんの肩を叩いた。

 キールは「軍を退役します」と皇帝に申し出た。


「そうですか。しかしあなたならクラウス准将の兵站を扱う部署でも活躍できると思いますが」

「デスクワークは苦手ではありませんけど、いざと言うとき足手まといになります」


 そのいざと言うときとは、戦闘のことを言っているんやろうな。

 ノースまで攻め込まれたとき、戦えへんキールは抵抗できずに殺されてしまう。


「それはないでしょう。今のところ、我が軍は優勢に戦争を続けています」

「今のところでしょう? 失礼ながら戦況が悪くなるかもしれません。それに魔族がノースに入れた事実は無視できない」


 皇帝は天井を見上げて大きな溜息をつく。

 それからツヴァイさんに「手続きをお願いします」と命じた。


「他に何かありますか? 何でも聞きますよ」

「いえ、特には……」

「言いたいこともないんですか?」


 皇帝の問いにキールはこくりと頷いた。

 すると「では私から一つ、訊きますね」と躊躇も無く言うた。


「キール。君は軍を退役して、後悔はありませんか?」


 その容赦ない訊き方にあたしは「ちょっと、皇帝!」と口出ししてもうた。


「そないな言い方せんでも――」

「いいんだ、ユーリ」


 キールは皇帝の目をじっと見つめた。皇帝も同じようにしよった。二人はしばらく互いの目だけを見とった。


「後悔しますよ。しないわけないじゃないですか」

「……そうですよね。訊いてすみませんでした」


 ツヴァイさんは耐え切れなくなってもうて「失礼。外に居ます」と出ようとする。

 それを皇帝が「ちょっと待ってください」と止めた。


「私の話を、聞いてください。キールだけではなく、ツヴァイさんもユーリさんも」


 ツヴァイさんとあたしは居ずまいを正した。

 皇帝は深呼吸して、キールに告げた。


「私は――あなたに皇帝を継いでほしかった」

「……えっ?」


 呆然とするキールとツヴァイさん。あたしも同じ思いやった。


「あなたには皇帝となる資質があった。それに『国崩し』と呼ばれるほど、強くもなった。私の期待にいつも応えてくれた。それに以前は命を軽視していたけど、今はそれの大切さを知ってくれた」

「…………」

「私にとって、あなたは自慢の息子です。どこに出しても恥ずかしくない、誰に紹介しても胸を張れる、優秀な息子です」


 それまで気丈に耐えていたキールの目から、ぽたぽた涙が溢れてくる。

 あたしもつられて泣いてしもうた。ツヴァイさんも泣き続けとる。


「あなたは私の養子として努力してきてくれました。そのことに感謝しています。あなたの成長を見ているのは、とても楽しかったです。私の人生に潤いを与えてくれました」

「皇帝、陛下……」

「今までよく頑張りましたね。ゆっくり休んでください。あなたの仇は必ず私が討ちます」


 あたしはツヴァイさんに目配せして、二人揃って病室から出て行った。

 後は親子の会話をしてもらおうと思うた。

 立場上、話せなかったことを存分に話してもらおうと思うたんや。




「君に話しておかないといけないことがあるんだ」


 医療院の屋上で、手すりにもたれて雲を眺めとったら、隣にビクトールさんが来た。

 あたしは「なんや話って」と近くのベンチに座った。ビクトールさんも同じようにした。


「ミリアちゃんのことやったら聞かへんで」

「それは後で三時間くらい語るよ」

「やめいや。それでなんやねん」


 ビクトールさんは真剣な表情で「君の身体のことだ」と話し出す。


「君は先の戦いで致命傷を負ったはずだ。しかし君は生きている」

「そういえば、そうやな。あんたが助けてくれたんか?」

「いいや。ここに運び込まれた時点で手遅れだった」


 あたしはびっくりして「はあ? ならなんで生きてんねん?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。

 ビクトールさんは真面目な顔のまま、あたしに「話が飛んでしまうが」と言うた。


「君、神化モードを多用していないか?」

「……まあ、フリュイアイランドでの戦争中は結構使うたけど」

「持続時間も延びていたりしているかい?」

「それも当たりや……何か不味いんか?」


 ビクトールさんは「大いに不味いね」と答えた。

 どこか言いにくそうやった。


「君の身体は徐々に変貌している。おそらく神化モードのせいだ。いや、神化モードによる自己回復のし過ぎのせいだね」

「……意味が分からへんけど」

「徐々に身体が『神』に近づいている。精神も魂もそうなっていくだろう」


 息を飲んでビクトールさんの顔を穴が空くほど見つめてもうた。


「もうこれ以上、使わないほうがいい。でないと人間をやめることになる」

「もし、神になったら、どうなるんですか?」

「予測がつかないよ。強大な力を得るかもしれない。もしくは人格が変わるかもしれない。はたまた永遠に生きる神となるかもしれない」


 ビクトールさんは立ち上がった。そして伸びをして、身体をほぐした。


「治療して驚いたよ。神化モードを使っていないのに、身体が自己回復していた」

「…………」

「もちろん、神化モードに頼らざるを得ない場面もあるだろうけど、依存はしないほうがいい。僕から言えるのはそれだけだよ」


 あたしはベンチに腰掛けたまま、どないしていいのかと考えた。

 ビクトールさんはそんなあたしを放置して、屋上から去った。


「あたし、人間やなくなるんか……」


 あたしの呟きは誰も聞いてなくて。

 そのまま青い空に溶けて消えてしもうた。

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