第10話死闘
魔人ゼロは二刀を得物にしとる。普通に考えとったら、遠距離攻撃が有効なんやけど、それやと神代兵器に当たってしまう。もし誤作動してしもうたらやばいことになるかもしれん。それは皇帝に言われとったから、他の三人も分かるやろ。
そう考えると近距離での攻撃しかあらへんけど、それを得意とするのはあたしとエルザや。槍を使うイレーネちゃんも候補に入るけど、奔流が主な攻撃方法やから得意ではないな。それにデリアは銃を使うから難しい。
最も理想なのは、魔人を神代兵器から離すことやけど――
「行くわよ! イレーネ、援護しなさい!」
デリアが突撃した――イレーネちゃんも反応して走り出す。
ああもう! 作戦とか考えとるのか!?
それとも自棄になってしもうたんか!?
「…………」
魔人も応じてデリアに向けて走り出す。かなり速くて、疾風にたとえられてもおかしくない速度やった。
そしてデリアに左手の剣を振り下ろす――いや、弾かれた!?
「ランドルフの光の鎧を参考にしてみたけど、良いわね――爆発する鎧は!」
おそらくやけど、デリアは自分の周囲に魔法の結界――覆うように纏っとるんやろ――を発動させとる。魔法の応用である付与の発展型と言えるな。
ううむ。あんときの戦いでは見せへんかったのに。やるやんか。
「今よ! イレーネ!」
自身も銃を向けながら合図を送るデリア。
イレーネちゃんは無言のまま、槍を繰り出した。
弾かれたことで体勢を崩した魔人。
イレーネちゃんとデリアは勝利を確信した――
「――っ!? まさか……」
イレーネちゃんの動きが止まる。腹の側面から血飛沫が上がった。
「――イレーネちゃん!」
ぼさっとしとる場合やない!
あたしも二人の元へ走る!
イレーネちゃんは腹を抑えながら、うずくまっとる。近づいて分かったけど、魔人は体勢を崩したと見せかけて、片方の刀を杖にして、それを軸にもう片方で斬りつけたんや。
あたしが駆け出すと同時に、エルザも後ろからついてくる気配がした。
「お姉ちゃん援護するよ!」
「任せた!」
振り返らずに頷いたあたしは、神代兵器に当たらんように、初級魔法で魔人を牽制する。氷の魔法や。もう既に体勢を立て直した魔人は二刀で氷を弾く――
「後ろを――取ったわ!」
デリアが魔人の背中に回りこんどった。氷の魔法を跳ね返すのに意識を奪われていた魔人はそれに気づくことなく――デリアの銃弾が命中した。
デリアの魔法は爆発や。魔人に当たった瞬間、爆風で吹き飛んでしもうた。
せやけど、デリアも距離が近すぎたせいで、自分も爆風に巻き込まれた。
「ああもう! 少しは考えろや!」
あたしはうずくまるイレーネちゃんを診た。
口から血を吐き出しながら「すみません……」と謝るイレーネちゃん。
あたしは神化モードになって――出し惜しみできひんほど、イレーネちゃんは重傷やった――素早く回復させた。イレーネちゃんは左目が見えへん。その死角を突かれたんやろな。
次にデリアを治そうとして――どこにもいないことに気づく。
「デリア!? どこにおんねん!」
「治療は良いわよ! それよりこいつを!」
デリアは無傷とは言えへんけど、元気に動けとった。
爆発の鎧で防いだんやな。
「お姉ちゃんも手伝って! 二人じゃ無理だよ!」
エルザが漆黒の翼を使こうて、魔人と戦っとった。
身体を麻痺させる羽が何本か刺さっとるのに、魔人はピンピンしてエルザを攻撃しとる。
デリアの攻撃も避けつつ――大したもんや。
「ユーリ、行きましょう……」
「あほ! 治しても血が足りひんわ! 少し休んで――」
動こうとするイレーネちゃんを叱った――
「どれ。神代兵器も安定しましたし、私も参戦しましょうか」
ハブルが目の前に現れた――咄嗟にハンシンを繰り出そうとして――黒い塊があたしの腹を抉った。
「――ユーリ!」
イレーネちゃんの絶叫。
遅れて物凄い痛み。
「あああああああああああああああああああああ!」
自分の口から、信じられへん声が出る。
身体の中を滅茶苦茶かき回されたような痛み。
「あなたを真っ先に殺せて良かったですよ」
吹き飛ばされたあたしは地面に数度バウンドして、壁にぶつかったことで止まる。
朦朧とする意識の中、あたしは気づいてしまった。
自分が一番、神代兵器に近いことを。
「…………」
せやけど、もう力が出えへん。
魔法も行使できひんし、考えることもできひん。
どないしよ……
「ユーリ! 駄目です、こんなところで――」
イレーネちゃんの声が遠くに聞こえる。
神化モードはとっくに解けてしもうた。
もうできることは……
「……これ、しかないなあ」
あたしは身体を引きずって、神代兵器まで近づこうとする。
あたしには分かる。自分が致命傷やってことが。
何人も何十人も何百人も治療してきたあたしやから、分かってしまう。
せやけど、諦めるつもりなんて、まったく――なかったんや!
「……キールっ」
あたしは神代兵器の中で眠っとるキールに呼びかけた。
聞こえるかどうか分からんけど、呼びかける――
「ごめん、な。約束、守られ、へんかった……」
そのまま、意識が飛びそうになった――光が輝く。
「おお! いよいよ神代兵器が――」
ハブルの嬉しそうな声。
アカンかったか――
ハッと目が覚めたら、どこか分からん部屋で寝かされとった。
ここはどこや?
そう思うて上体を起こそうとして――痛みでできひんかった。
「いたたた……」
「目覚めたようですね」
目だけ声のするほうを見たら、クラウスが居った。
三角巾で右腕を吊っていて、頭には包帯巻いとるけど、元気そうやった。
「クラウスか……って、神代兵器は!?」
「落ち着いてください。神代兵器の破壊はできましたよ」
クラウスは静かに言った。
成功したんやと思うたけど、ほっとできひんかった。
クラウスの表情は暗く、努めて冷静さを強いたようやったから。
「……どないしたんや?」
「結論から言いましょう。あなたの他に、イレーネさんとエルザさんが重傷を負いましたが、死人は出ておりません」
「そ、それは、良かった……せやったら、どないしてそんな暗いんや?」
クラウスは「あまり言いたくないことですが」と前置きして言うた。
「今、あなたの先生のビクトールさんが必死で手術しています」
「ビクトールさんが? イレーネちゃんとエルザをか?」
「いいえ、違います」
クラウスは深呼吸して、早口で言うた。
「キールくんです」
「……どういうこっちゃ?」
「キールくんは今、生死を彷徨っています」
何が何だか分からんかった。
クラウスの言うてる意味が分からん。
「あの日、僕とランドルフさんが駆けつけたとき――」
「あの日? ちょお待てや。あれから何日経っとる?」
「五日です。もう一つ言うのなら、ここは旧イデアルのプラトの医療院です」
「そうか……」
クラウスはあたしを半ば無視して続けた。
「白い光が斜めに発射されたとき、僕とランドルフさんは死を覚悟しました。しかし、僕たちどころか、世界が滅んだりしなかったのです。敵の魔族やリュートベルが退却する中、僕とランドルフさんが教会の中に入ると――」
クラウスは咳払いした。それはどこか悲しみが混じっていたような気がした。
「重傷を負ったエルザさんとイレーネさん。そして呆然と立ち尽くすデリアさん。それらが見ていたのは、キールくんの姿でした」
「……どないな姿や?」
「ハブルからあなたを庇った姿です。守ろうとした姿です」
クラウスは「そのとき、キールくんは人の姿をしていませんでした」と言うた。
「白く光っていて、蛍光灯のような……身体がぼろぼろと崩壊していて……」
「そ、そんな……」
「ハブルの身体が三分の一吹き飛んでいました。しかし彼は生きていて。魔人が回収して、どこかへ去っていきました」
あたしは「それで、キールはどないなったんや!?」と問い詰めた。
「あの子は、どうしたんや!?」
「神代兵器の効力が切れた彼は、その場に崩れ落ちました。でも息があったので、皆さんを連れて、急いでプラトまで帰還しました。もちろん、神代兵器はランドルフさんが壊しました」
あたしは居ても立っても居られず、ずきずきと痛む身体を起こした。
「キールのところに連れてってくれへんか?」
「……分かりました。車椅子持って来ます」
車椅子はあたしが提案して、ノースの医療院に配布していた。
それに乗って、あたしは手術が行なわれている部屋の前に向かった。
その部屋の前には――皇帝と宰相のツヴァイさんが居った。
ツヴァイさんはうろうろと病室の前の廊下を行ったり来たりしていた。
皇帝は何も言わんと椅子に座っとった。
「二人とも……クサンから来たんか?」
「……ああ、ユーリさん。目覚めたみたいですね」
皇帝が力無く笑った。
ツヴァイさんはあたしを見るなり、つかつかとこっちに寄ってきた。
そして物凄い剣幕であたしに言うた。
「ユーリ! お前は神化モードとやらを使えるそうだな! すぐにキールの治療を!」
ツヴァイさんのこんな必死な顔見たことない。
そういえば、親しい間柄やったっけ。
「分かってます。手術室へ――」
行こう思うたら部屋からビクトールさんが出てきた。
長い手術やったようで、疲労が浮かんどる。
「お、終わりましたか!? 彼は、キールは!?」
皇帝がビクトールさんにキールの容態を訊ねた。
ビクトールさんは「命は取り留めました」と答えた。
「三ヶ月もすれば、動けるようになるでしょう」
「良かった……」
皇帝が安心したように崩れ落ちた。
ツヴァイさんは「ふん! 心配かけおって!」と安堵の表情を浮かべた。
「魔族に捕まるだけではなく、皇帝陛下まで心配させおって! 説教せねば――」
「ただ、一つだけ問題がある」
ビクトールさんがいつになく真剣な表情で告げた。
「彼は二度と、魔法が使えない」
「……えっ?」
その言葉にあたしもクラウスも、皇帝もツヴァイさんも、絶句してもうた。
「魔法そのものが使えなくなったわけじゃない。ただ身体が耐えられない。魔法を行使すれば、身体が壊れてしまう。初級魔法でもアウトだ」
「そ、そんな……」
皇帝が絶望した顔になった。
ツヴァイさんも衝撃のあまり、二歩下がった。
あたしは――
「……神化モードでも、駄目ですか?」
車椅子のまま、あたしは訊いた。
こんときのあたしは、大事な物が目の前で壊された子供のような顔になっとったんやろな。
「ああ、居たのか。そうだな、無理だ。神化モードは元気な状態に治すだけだ。失ったものは取り返せない。君だって分かっているだろう?」
戦場でも欠損した腕はつなぎ合わせることができたけど、生やすことはできひんかった。
「そんなの、駄目です」
「…………」
あたしはなんとかならへんかとビクトールさんに縋った。
「お願いですから、治したってください!」
「治したいのは、僕も同じだよ。でも今の医学じゃ無理なんだ」
「そないなこと、言わんでください! あなたが諦めたら、誰にもできひんやないですか!」
あたしが興奮のあまり、車椅子から落ちかけたのを、クラウスが押さえつける。
「ユーリさん。落ち着いてください」
「落ち着けるわけが――」
「治せるならビクトールさんが治療しています。それに一番悔しいのは、ビクトールさんですよ」
目から涙が溢れてくる。
ぽたぽたと留めなく、落ちてくる。
「うう、うううう……」
泣き崩れるあたし。何も言えないツヴァイさん。背中を擦ってくれるクラウス。
そんな中皇帝は――
「ビクトールさん。なるべく治療をしてあげてください」
「全力は尽くします」
「……少し、一人にさせてください」
ビクトールさんは蒼白になった皇帝に鍵を渡した。
「この部屋なら自由に使えます」
「ありがとうございます」
皇帝が去った後、ビクトールさんは言うた。
「僕を責めるのではなく、八つ当たりするのでもなく、礼を言うとは。いっそなじられたほうがマシだね」
あたしは自分の無力を実感した。
何が医療部隊大隊長や。
人一人守れん、ちっぽけな人間やないか!
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