第8話夢と現実

 キールとは以前、こんな話をした。


『ユーリ。俺は――皇帝になりたいと思う』

『そうか。ほな精々頑張れや』

『……反応があっさりとしているな』


 確か、あたしが卒業間近のときのことやった。キールはなんちゅうか、思い詰めた顔をしとった。あるいは覚悟を決めた顔とも言えた。てっきりあたしに告白するつもりやったと思うてしもうた。後から考えると恥ずかしいわ。


『あんたの実力ならなれるやろうし、立場的にも十分やろ。わざわざ言うことでもあらへん』

『買いかぶり過ぎだ――俺には足りないものが多すぎる』

『せやったら、なんで皇帝になろう思うたんや?』


 あたしの問いに『今までは義父上のために尽くそうと思っていた』とキールは真剣な顔で言うた。


『でも気づいたんだ。補佐だけでは義父上に認められないって』

『まあそうやろうな』

『それに、この俺にも欲しいもの――手に入れたいものがあるんだ』


 キールは少しだけ顔を赤らめて、あたしの目を見て言うた。


『お前だ。ユーリ』

『……へっ?』

『俺は――あなたのことが好きなんだ。今まで隠していたが』


 あたしは手を横に振って『いや、前々から気づいとったで』と答えた。

 するとキールは――めっちゃ顔赤くなった。


『はあ!? なななななんで!? い、いつ気づいた!?』

『世界会議のときや』

『じゃあ初めから!? うううう、恥ずかしい……』


 あたしはめっちゃ可愛いなと思いながら『いつ告白してくるか待ってたんや』と笑うた。


『せやけど、どうして皇帝になることとあたしを手に入れることが同じなんや?』

『今の俺は、何もかも足りない。ユーリを、その、妻にするには……』


 そんなん関係ないわと思うたけど、あたしはせっかくやる気になっとったキールに水を差すこと言えへんなと思うて『分かったわ』と頷く。


『あんたが皇帝になったら、お嫁さんになってええで』

『……今、なんて言った?』

『あほ。同じこと言わせて、恥かかせる気か?』


 こんときはほんまにそう思うてた。別にキールに発破かけようなんてこともなかったし、皇帝の妻になりたいちゅう下心もなかった。

 純粋にキールを応援したい気持ちやった。


『本当か!? やったあ!』


 まるで皇帝になったみたいに喜ぶキール。

 あらやだ。あたしまで照れくさくなるやん。


『でも、一つだけ条件があるねん』

『条件? なんだそれは?』


 あたしは『実は、あたしには大きな秘密がある』と真面目に言うた。


『皇帝になったらその秘密を打ち明ける。それを聞いても、お嫁さんにしてくれるなら、なってもええで』

『大きな秘密? ……よく分からんが、承知した』


 幼い子がごっこ遊びで結婚を約束するようなもんやけど、あたしはキールの真摯な思いを受け止めてあげようと思うてた。

 それに、貴文さんもそろそろ許してくれるかもしれんし。


『これで求婚されたのは三回目やな』


 ぼそりと呟いた小さな声やったけど、キールの耳に届いたらしく、そん後厳しく問い詰められてしもうた。口は災いの元やな。




「ユーリ。起きなさい」


 あたしの肩が揺すられた。デリアやった。

 どうやら馬車の中で寝てしもうたらしい。


「お姉ちゃん。なんか楽しそうな夢見てたの?」


 真向かいのエルザが不審そうな目であたしを見つめる。


「まあ楽しい夢ちゅうか、過去のことやな」

「……キールくんのことを思い出してたのかな?」


 ずばりと当てられた。こういう勘は鋭いなあ。


「せやで。夢ん中のキールは嬉しそうやった」

「……じゃあ現実のキールくんも助けてあげないとね」


 あたしは頷いた。


「皆さん。もうすぐイデアルに着きますよ」


 エルザの隣に座って窓の外を眺めとったイレーネちゃんがあたしらに言うてきた。


「しかしまさか、イデアルに魔族が来とるとは。どないなっとるねん」

「きっと人間に変化してやってきたんでしょうね。気味が悪いわ」


 デリアの言うとおりや。魔族が人間に紛れて生活しとるなんてゾッとするわ。


「ランドルフくんとクラウスくんは先行してくれていますけど、大丈夫でしょうか?」

「あの二人のタッグなら平気よ」


 すると馬車が止まった。


「なんや。もう着いたんか?」

「いえ。イデアルとソクラの国境近くですし、神代兵器が眠っているキーデル地方までは後一時間ぐらいかかります」


 イレーネちゃんの言うとおりなら、おかしな話や。

 そんとき、銃声が鳴った。


「どないしたんや!?」


 御者さんに言うたら「野盗です!」と返事が返ってきた。


「……命知らずね。よりによって私たちの馬車を襲うんだから」

「まったくですね」


 デリアとイレーネちゃんが馬車から出る。あたしとエルザも少し遅れて馬車から出る。

 目の前の街道には四人の野盗が居った。銃を持っとるのが一人、残りは剣を携えとる。


「あたしたち、急いどるんや。退いてくれるか?」


 まあ十中八九無理やろなと思うてたら「……ユーリだな」と静かに野盗が言うた。

 おかしい。あたしをユーリだと見破るのは誰でもできる。自分で言うのもなんやけど、結構な有名人やもんな。

 でも、あたしがユーリやと分かってなお、逃げ出さずに敵意を向けるのは、人間としてありえへん。


「……あなたたち、まさか、魔族なの?」


 デリアの鋭い指摘に野盗たちはげらげら笑う。


「ああ、そうだ!」


 その瞬間、醜悪で冒涜的な姿へと野盗たちは変化した。

 右から、蟷螂、うなぎ、ブタ、魚のような魔族。


「お前らをここで足止めしろとハブル様のご命令だ」


 蟷螂の魔族がシューシューと音を立てながら言うた。


「ふうん。あなたたち、死ぬけどいいの?」

「死ぬ? 何を馬鹿な。死ぬのは――貴様らだ!」


 一斉に襲い掛かる魔族たち!

 あたしたちは一人ずつ相手をすることになった。

 あたしの相手は――蟷螂や!

 両手――そう言ってええのか分からん――の鎌であたしを切り刻もうとする。


「悪いな。あんたじゃあたしの相手にならん」


 鎌を避けて、蟷螂の身体に触れる――ぴきぴきと魔族の身体が凍る!


「ぐげええええええええええええ!?」

「殺しはせんよ。聞きたいこともあるしな」


 直接触れれば数瞬で氷漬けにすることができる。

 他のみんなは魔族を殺してもうたみたいやった。


「相変わらず、甘いのね」


 デリアが呆れながら言うた。

 そんで銃口を蟷螂の頭に押し付けながら「神代兵器の周りには、どれだけの魔族が居るの?」と問う。


「さっさと殺せえ! 仲間を裏切る魔族など居らぬ!」

「……ふん!」


 デリアは凍った箇所を遠慮なく砕いた。


「ぎゃあああああああああああああ!」

「最後のチャンスよ。答えなさい」

「ひいいい!? 八、とバブル様と四天王が一人……」


 ふうん。八人も居るんか。

 しかも四天王……


「四天王? ああ、魔族の幹部ね。四天王の誰が居るの?」

「魔族最強の剣士、リュートベル様だ! ひ、ひひひ! お前らに勝ち目は――」


 デリアは容赦なく銃を撃って、蟷螂を殺してしもうた。


「急ぐわよ。ランドルフとクラウスだけじゃ、分が悪いわ」

「……せやな」


 あたしらは馬車に乗り込んでキーデル地方の田舎町、フラムへと向かう。


「ユーリ。あなた魔族を殺したこと無いの?」


 馬車の中で嫌な話題が展開された。


「せやな。一度も殺してないわ」

「甘いわねえ。魔族を生かしても仕方ないわよ?」

「この件に関しては、デリアに賛成です」


 イレーネちゃんも容赦なく殺すからな。


「魔族とは和解できないですから。殺すのはやむを得ないことです」

「分かっとる。ほんまに分かっとるんや」


 この話題はあんまり好きやなかった。

 エルザは心配そうにあたしを見つめた。


 いずれ、あたしも殺すことになるんかな?

 そう思うとかなり悲しかった。

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