第7話集められた理由

「それにしても、クラウスあんた、ええ男になったな。見違えたで」

「ふふふ。褒めていただいて光栄ですね」


 馬車で帝都クサンまで移動する途中、あたしとエルザ、クラウスは近況を話し合う。

 目の前のクラウスは銀髪を短く刈って、随分大人らしくなった。青年と言うてもおかしくないやろ。戦場にも出とるはずやのに、傷は見えるところには付いとらん。


「ユーリさんも美しくなられた。もちろんエルザさんも」

「あらやだ。姉妹揃って口説かれたわ!」

「お姉ちゃん、お世辞だと思うよ?」


 まあ分かっとるけどな。

 それにしてもクラウスは外見こそ変わったけど、中身はまるで変わっとらん。昔と同じやな。


「クラウス。あんたの活躍は聞いとるで。なんでも魔法調理士ちゅう職業を確立させたとか。五百ぐらいの魔物の調理法を発見したとか。あの巨人族の長、オーデルに援軍を出兵させたとか。マジで本当なんか?」

「ええ。調理法の数は違いますが、だいたい合っています」

「どんぐらい発見したんや?」

「えーと、七百八十二ですね」

「多いやないか!? 凄いなあ……」


 ほんまに埒外な奴やな……


「僕も御ふた方の活躍、聞いていますよ。戦地の聖女に笑う悪魔ですか。フリュイアイランドを奪還できたのも、二人のおかげ、いや医療部隊の功績が大きいとか」

「……私、そのあだ名好きじゃないんです」


 エルザが困ったように笑うた。


「まあ、女性に対するあだ名じゃないですもんね」

「そ、それもあるけど、お姉ちゃんに怒られたから……」

「怒られた? ユーリさんに?」


 目をぱちくりさせるクラウス。


「せやで。めっちゃ怒ったんや……あかん、涙出そうや」

「ご、ごめんねお姉ちゃん……」

「……詳しく聞きたいですけど、聞かないほうがいいですね」


 あたしは「あんたになら話してもええか」と語り始める。


「エルザが面倒見とった患者……それが部隊に復帰して、ベリストロの丘ちゅうところで……」

「……戦死したんですか?」

「せや。あの戦いは激戦やったからな。しかも同い年の女の子やったんや。あたしが止めたんを無視して、戦場に行ってな。その子を見たとき、暴走してしもうたんや」


 エルザはあたしの手をぎゅっと握った。あたしも握り返す。


「この子止めるのは骨やったで。あたしとクリスタちゃんのコンビやなかったら無理やったな」

「そのとき、クリスタさんが私を庇って、降格させられちゃったんです」


 クラウスは「本当に、いろいろあったんですね」と淋しそうに笑うた。


「あたしよりあんたのほうが大変ちゃうか? そん歳で結構出世したやろ」

「出世には興味なかったんですけどね」

「ランドルフが聞いたら怒るで?」


 クラウスは「どうやったらこの戦争が終わるのか。そればかり考えています」と素直に言うた。


「だから魔法調理士を確立させて、現地で食料調達ができるようにしたんですけどね」

「なんや。ただ料理がしたかっただけやないんか」

「料理バカな僕でもそこまで偏執ではないですよ」


 あたしは「ま、現場のことはあたしに任せや」と笑うた。


「あんたは後方でどっしり構えとったらええ。ノース陸軍兵站局局長、クラウス准将」




 クサンに着いたあたしらはクラウスの案内で宮殿へ向かった。中に入るとクラウスを見るなり敬礼する軍人が多数居った。彼らの視線を浴びながら、皇帝の私室に行く。

 扉をノックして、中に入るとそこには懐かしい面々が居った。


「久しぶりだな。ユーリさん」


 背がめっちゃ高く、顔が険しくなっとる、斬魔剣と呼ばれる大きくて無骨な剣で多くの魔族を倒した、『帝国の守護神』、『世界最強の魔法騎士』のランドルフ・フォン・ランドスター大佐が初めに声をかけた。


「ユーリ。デリアを元通りにしてくれて、ありがとうございます」


 眼帯をしとって、アデリナ先生と同じくらい立派なもんを持っとる、溶岩を操り味方を助けてきた、『灼熱の魔女』のイレーネ中佐が頭を下げる。


「もう。恥ずかしいからやめなさいよ!」


 恥ずかしがっとるのは『破壊の権化』のデリアや。ま、感情を取り戻したんは嬉しかったな。


「久しぶりやで! デリアはちょっとぶりやな」

「まったくねえ。こんなことならあなたたちと行動すれば良かったわ」


 三人とも円卓に座っとる。

 あたしはデリアの隣に座った。エルザはあたしの隣や。その隣にクラウスが座った。


「それで、あんたはなんて言われてここに来た?」


 ランドルフがさっそく訊ねてきた。

 あたしは「クラウスから世界の存亡を左右するとしか聞いてへんで」と答えた。


「まさか嘘で、同窓会をやろう言うわけやないよな?」

「そうだったら良いんだけどな。世界の存亡を左右するのは、事実だ」

「ふうん。それで、あたしらは何するんのかな?」


 あたしの疑問に「もうすぐ皇帝陛下が来ますよ」とクラウスは言うた。


「僕も詳細は知りませんけど、結構差し迫っているようです」

「……皇帝が焦っとる。それだけでやばい気がするな」


 そんで待つこと三分。

 私室に皇帝が現れた。皇帝だけやない、帝国宰相のツヴァイ・フォン・ダブルスさんと帝国陸軍大臣のグスタフ・フォン・ソルハンさんも一緒や。

 あたしらが立とうとすると「そのままでいいです」と皇帝は早口で言うた。相変わらず赤い衣装を纏っとるな。


「さっそくですが、本題に入ります。あなたたちに救ってもらいたいんです。人と世界を」

「人と、世界?」


 あたしの疑問を無視して皇帝は言うた。


「キールが魔族に攫われました。それを救ってほしいのです」


 キールが? あの異常の世代の?


「おいおい。皇帝さんよ。自分の養子が攫われたからって――」

「ランドルフさん。これはあなた方の因縁でもあるんです」


 皇帝はランドルフの言葉を遮って説明を続けた。


「あなた方の学友、エーミール・フォン・キーデルレンを覚えていますか?」


 そん言葉に誰も何も言えへんかった。

 忘れるわけがない。

 あの出来事は、一生――


「覚えとるわ。それがどないしたんや?」

「では彼が死んだ原因も覚えていますね?」


 皇帝の問いに「胸を貫かれて……」とおずおずとイレーネちゃんは答えた。

 皇帝は首を横に振った。


「死因ではなく、そうなった発端です」

「……確か、エーミールの祖父の妄想が原因でしたね」


 確かバンガドロフやったっけ。イデアルにまつわる秘密とやらを守るために、暴走して――


「妄想だったら良かったんですけどね。そうじゃなかったんです」

「……話が見えねえぞ、皇帝。それとキールが魔族に攫われたのと、どう関係がある?」


 ランドルフが少し苛立っとる。まあそうやろうな。エーミールのことはみんな吹っ切れとらんもんな。

 せやけど、こないに無礼なこと言っとるのに、ツヴァイさんたちは咎めないな?


「イデアルの秘密とは『神代兵器』がかの地に眠っていることです」

「し、しんだいへいき? なんですか、それは?」


 デリアの問いに「一言で言えば世界を滅ぼせる兵器です」と答える皇帝。


「その兵器は人間の魔力を使って、その者の属性魔法の威力を高めた魔法を放つことができるのです。それは我々人間の奔流の比ではありません」

「……まさか」


 あたしは嫌な予感がした。

 キールの属性魔法、いや合成魔法って――


「ユーリさん。気づかれたようですね。キールの合成魔法は彼が『国崩し』と呼ばれる由縁でもある、全てを無にする魔法です」


 皇帝の言葉に全員が事態を飲み込めたようやった。


「キールの魔法、『イレイサー』が神代兵器によって放たれたら、ノースどころか、世界が崩壊します」


 皇帝の言葉があたしらにずっしりと重く圧し掛かった――

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