第6話しばしの別れと久しぶりの再会

「さあ! オッズはこうなっています! どんどん賭けてくださいよ!」


 お腹が空いたあたしたち四人は目の前に広がる熱狂した空間に唖然としていた。

 よう分からんけどジェダが胴元をしとる。一つの円卓をぐるりと囲んで、兵士たちが騒ぎ立てる。

 キンドーさんを始めとする将校がテーブルでトランプしとった。どうやらポーカーをやっとるな。


「……ジェダ。これはどういうことや?」

「ああ。少佐殿。これは将校の方々の誰が勝つかの賭けをしております。もちろん第三軍団長、キンドー大将には許可を貰っています」

「なるほどなあ。今、誰が有利や?」

「キンドー大将とナーガ大佐の一騎打ちですね」


 円卓にはデリアも座っとるけど……曇った顔しとるな。


「よ、よろしいのですか? このような賭けなど……」

「ジェシカちゃん。第三軍団長殿が許可出しとるんや。何も文句言えへん。しかし、将校たちには何の得があるんや?」

「賭けの収益の三割が懐に入るって寸法ですよ」

「……七割はあんたの懐か? ジェダ」


 ジェダはしれっと「そういうことになりますね」とほざきよった。

 このおっさんは……


「私も賭けようかなあ」

「エルザ中尉? 本気ですか?」


 クリスタちゃんがエルザを止めようとする。

 賭け事は良くないと言うのは簡単やけど、どう良くないのか分からせる必要があるな。


「まあええやないか。クリスタちゃんも好きに賭けや」

「少佐も……しょうがないですね」


 溜息を吐くクリスタちゃん。

 あたしの心配をジェシカちゃんがして、エルザの心配をクリスタちゃんがするような関係性やな。


「それじゃあそのゲームはナーガ大佐の勝ちに金貨五枚ね」

「おお! 大きく出ましたね!」

「裏で勝敗操作しとらんよな?」


 あたしが念を押すように言うと「そんなことしてませんって!」とジェダは笑うた。


 ま、結果から言うて、エルザはほとんど毟り取られてしもうたけど、これもまた経験やな。




 それから数日が過ぎて。

 ノースの港、ソフィー港に着くと歓迎してくれる人々が大勢居った。

 甲板から見ると、ほとんどは兵士たちの家族やな。


「おお! 母ちゃんだ!」

「残してた恋人も居る……」

「親父、元気かな」


 兵士たちの口からそんな声が零れる。

 あたしは咳払いして部隊の皆を注目させる。

 兵士たちは何を言われるか緊張しとる。

 そんな彼らに、あたしはとびっきりの笑顔を見せた。


「ご苦労やったな。みんな、故郷やで!」


 それを聞いたみんなは大声で叫んだり、隣に居た者と騒いだり、ある者は笑い、ある者は泣いた。

 エルザはあたしに抱きついたし、クリスタちゃんとジェシカちゃんは互いの手を握り合った。


 船から下りるとあたしは副官とジェダに言うた。


「そんじゃお別れやな。ジェダ、あんたはどうするんや?」

「どうすると言いましてもね。アンダーの呪いであなたに従わないといけませんし。許可が下りるなら『あの場所』で少し休みますよ」

「なんや。あそこに居るの嫌やったやろ?」

「まあ『暗い穴倉』よりはマシです。それに一応、私が居ないと駄目な人も居ますからね」

「そうか。せっかくやからアリマ村に招待しよう思うてたけどな」


 ジェダは「馴れ合いなんてごめんです」と軽く笑うた。


「戦争であなたが死ななかったこと、残念に思っていますから」

「そうやろな」

「でもまあ、つらかったけど、楽しいこともありましたからね。そこは感謝します」


 ジェダは敬礼をした。


「それでは少佐殿。失礼します」

「ご苦労やったな、ジェダ」


 答礼するとそのまま回れ右して、ジェダの『友人』の居る場所へ帰っていった。


「ジェシカちゃんとクリスタちゃんはどないする?


 エルザはあたしと一緒にアリマ村に行くことになっとった。


「私は、とりあえず弟の墓参りに向かいます」


 ジェシカちゃんは神妙な顔で言うた。


「それから、ランドスター家でお世話になります。ヘルガさんにも会いたいですし」

「あたしの分まで、祈ってくれな。頼んだで」


 ジェシカちゃんは「分かっております」と敬礼した。


「ジェシカ・フォン・キーデルレン中尉、これにて失礼します!」

「ああ。あんたが居てくれて助かったで」


 答礼して、ジェシカちゃんも去っていった。

 そんでクリスタちゃんも「私もやることがあるから」と背伸びしながら言うた。

 周りの目がないときしか、友達になれへんのは面倒やな。


「実家に帰ってゆっくりと休むわよ」

「ゆっくり休んでな。まだまだあんたの力が必要やから」

「分かっているわよ。エルザも元気でね」

「クリスタさん、本当にありがとう」


 そんで姉妹二人きりになって、あたしは「飯でも食おうか」と誘った。


「うん。そういえばデリアさんは?」

「なんや聞いとらんのか? ベナリティアイランドに向かったで?」

「そうなんだ。いろいろと話したかったなあ」


 あたしは「また会えるやろ」とエルザの頭を撫でた。


「それよりおとんとおかんに言い訳考えたか?」

「あ……」

「大喧嘩してあたしの部下になったやろ? 素直に謝らなあかんで」

「うー……お姉ちゃん、なんとか……」

「できひんわ。飯屋行って、食べながら考えるんやな」


 飯屋に行くまで「アリマ村に行くのやめない?」と戯けたことをエルザは言い続けた。

 まあしゃーないから助け舟を出してあげよか。


 飯屋の中に入って、席に着く。そんで魚料理を適当に頼もうとして――


「……お久しぶりですね、ユーリさん」


 目の前にフードを被った男が座った。

 あまりの自然さに私もエルザも何も言えへんかった。


「えーと、誰やあんたは?」

「ふふ。まあ久しぶりに会いますから、気づかなくても当然です」


 その男は、少しだけフードを外した――


「あ、あんたは……!」

「ここのご飯は美味しい。食べたらすぐに移動しましょう」


 エルザは分からんかったらしく「お姉ちゃん、知ってる人?」と耳打ちした。


「ああ。後で言うわ」


 ご飯を食べた後、あたしたちは誰も居ない裏路地に来ていた。


「ま、あんたが姿を隠すんは、当然やろな。有名人やもん」

「そうですね。その場で僕の名を出したらパニックになりますから」


 エルザは焦れたように「あなたは誰なの?」と訊ねる。


「ご無沙汰しております。僕ですよ」


 フードを外した――エルザは嬉しそうに笑った。


「く、クラウスさん!」


 そう。あたしは噂を聞いとった。

 あたしらが戦場に居た頃、その腕を振るって世界中に笑顔を届けた男。

 『超理王』、『輝く食の鉄人』、『炎を操る者』など異名がたくさんある、世界で一番有名な『最高の魔法調理士』。

 伝説の料理人、クラウスが目の前に居った。


「あんた、どうしてこないなところに――」

「あなたを待っていたんですよ、ユーリさん」


 驚くあたしたちを余所にクラウスは言うた。


「まずはフリュイアイランド奪還、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう……」

「その件について、皇帝陛下から手紙を預かりました」


 恭しくクラウスはあたしに手紙を渡した。


「ちなみにデリアさんにも渡しましたよ。彼女も来ます」

「デリア? ベナリティアイランドに行くはずやないの?」

「手紙を読めば分かります」


 あたしは蝋封を取って、手紙を読む。


『お久しぶりです。皇帝です。実は無双の世代の方々にお願いしたいことがありまして、筆を取りました。つきましてはすぐにクサンまで来てください。はっきり言ってピンチです。あなた方の助けが必要です。よろしくお願いします。追伸、エルザさんもいらっしゃったら一緒に来てください』


 なんや知らんけど、大変なことが起こっとるな。


「クラウス、詳細は知っとるか?」

「ええ。今ここで言えないですけど、それでも敢えて言うのなら――」


 ここで初めて、クラウスは笑みを崩した。


「世界の存亡を左右します」

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