第5話一先ずの終わり

 それから二時間後。あたしはみんなの前に居った。


「医療部隊大隊長殿から訓示がある。全員、傾注!」


 ジェダの号令で下士官と兵卒があたしに注目した。


「みんな、よく戦うてくれたな。礼を言うで。さて、聞いた者もおるやろうけど、フリュイアイランドの奪還戦はあたしたち人間の勝利に終わった」


 おお! ちゅう声が漏れとる。

 ま、そんぐらいは許したるか。


「せやけど、戦争は終わったわけやない。次の戦場があたしたちを待っとる。その休息のために、少しの間、故郷であるノースへ帰るんや……正直申し訳ないと思うとる」


 ざわめく医療部隊の面々。あたしは遮るように言うた。


「ほんまならそのまま各々の家に帰して、そんまま過ごさせたい。戦争もない生活を暮らしてほしいと思う。せやけど、それは無理や。あんたらは――医療部隊やから」


 言葉を選ばずに、現実を伝える。


「この奪還戦で負傷した者以外は、戦場に戻ることになっとる。はっきり言うて、そうせえへんと戦争に負けるからや。ほんま申し訳ないと思う。せやけど、除隊したい者が居れば遠慮なく言うてほしい。必ず意に沿うように努力するわ」


 そこで少しだけ黙ってしもうた。

 兵士たちが顔を見合わせる。


「この国に来たとき、総勢六百人の兵士が居った。ジェダ特務曹長。現在の人数は何人や?」

「はっ。五百二十五人であります」


 あたしが救えなかった人数や。


「そう。七十五名の兵士が死んだ。責任はあたしにある。もはや取り返しのつかないことや。裏を返せば五百二十五人生き残らせたことになるけど――そんなん何の自慢にならん!」


 これはあたしの本音やった。


「七十五人の戦死した兵士はあたしが殺したようなもんや。もしも――なんて優しい世界はここにはない。せやから、あたしはあんたらに言いたい」


 あたしは一人一人の顔を見る。

 すっかり顔馴染みになった兵士たちに向かって言うた。


「生きていてくれて、ありがとう! あたしがここまでやってこれたのは、あんたらのおかげや!」


 そして上官にあるまじき行動を取った。

 部下が敬礼する前に、敬礼をしたんや。

 そして敬礼を解いて、呆然としとるみんなに叫んだ。


「奪還戦の勝利は、あんたらの力があってのことや! 誇りに感じてもええ! ほんまにありがとうな!」


 あたしはそのまま、あほみたいに立っとった。ジェダがあまりのことに動揺して何も号令をかけなかったからや。


「……こちらこそ、ありがとうございました、大隊長殿!」


 誰かが言うた。


「あなたのおかげで、生き残れました!」

「厳しかったけど、生きています!」


 次第に声が大きくなる。


「戦場の聖女、万歳!」

「万歳、万歳!」


 声が一つになっていく。

 何もできひんかったあたしを讃える声が次々にあがっとる。

 そしてしばらく止むことはなかった――




「流石の人心把握術ねえ」

「そんなんちゃうわ。からかわんといてな」


 奥の部屋から覗いとったデリアがからかうように言ってくる。

 あたしとデリアは仮設した医療院の一室で話しとった。

 他には誰も居らん。


「この後、どうするのよ? 私はすぐにでもベナリティアイランドに向かうけど」

「そうやな。あたしは休暇のときにやらなあかんことが三つ……いや四つあるんや。全然休めへんな」


 デリアは怪訝な表情で「なによやることって」と訊ねる。


「一つはおとんとおかんに会うこと。二つ目は皇帝と話すること。三つ目はクヌート先生に報告すること。四つ目は……タイガに面会することや」

「タイガって、あのアストの王子? 何の用よ?」

「そりゃあロゼちゃんのこととか話さなあかんことばかりやろ」


 デリアは「ロゼ、ねえ……」と複雑な顔をした。


「まさかあの子、いやあの子たちがとんでもないことになっているとは、夢にも思わないでしょうね」

「せやなあ。ロゼちゃんやエルザ、キール、アルバン、ラウラちゃんが『異常の世代』と呼ばれるようになるとは……」


 あたしら無双の世代なんて小さく思えるくらいの活躍ぶりや。


「二つ名も仰々しいわ。ロゼは『ノースの策略家』、エルザは『笑う悪魔』、キールは『国崩し』、アルバンは『甘味の王様』でラウラが『最強の魔拳法師』。凄まじいわよね」

「人の妹捕まえて、悪魔とは酷い言い草やな」

「あなたねえ、ベリストロの丘の戦いはエルザの活躍で制したものじゃない。言われて当然よ。その手柄で中尉になったんでしょ」

「あれは物凄く怒ったなあ。しばらく話さなかった……」


 デリアは「あなたが怒るなんてよっぽどだったのね」と笑うた。


「当たり前やで。本人無傷でも危険なことしたからな」

「……ちょっと、無傷って聞いてないけど?」

「そら言うてないもん」


 そないな会話しとると「少佐。もうすぐお時間です」とジェシカちゃんの声がした。


「いますぐ行くで。デリア、あんたんところの隊は?」

「もうとっくに撤収したわよ。優秀な副官のおかげね」

「ふうん。副官ならうちも負けとらへんけどな」




 仮設医療院を出て、あたしはパイナ港と呼ばれる軍港まで部隊を移動させる。

 そんで船に乗り込むと、兵士にあたしだけ食堂に案内された。

 そこには第三軍団長のキンドーさんが居ったんや。

 周りには将校たちも居る。中には怪我しとる者も多かった。


「……奇遇ですね。こないなところで会うなんて」

「偶然でないことぐらい、分かっているだろう」


 持っとったコーヒーを飲み干して、キンドーさんはあたしに問う。


「魔人と呼ばれる者について報告が上がっているが、不可解なことがある」

「……なんですか?」

「何故、貴様とデリア中佐を殺せるというときに、みすみす逃す真似をしたんだ?」


 それは――あたしにもよく分からんかった。


「はっきりとした理由は分かりません」

「では推測で構わん」

「……活動に制限時間があって、それを越えた? あるいはあたしかデリアの攻撃でダメージがあったから? もしくは指示していたハブルという魔族の気まぐれ?」

「……どれも理由にならんな」


 キンドーさんは「貴様はどう考える」と近くに居ったナーガ大佐に水を向ける。彼は髪をかき上げて、クールに言うた。


「小官は確実な答えを持っておりませんが、推測するに魔人はユーリ少佐とデリア中佐に『情け』をかけたのだと」

「な、情けやと?」

「ええ。お二人とも見目麗しい姿をなさっている」


 口説かれたみたいやな。せやけど、あたしはしっくりけえへんかった。


「冗談が上手いですね、ナーガ大佐。ほんまにそう思うとります?」

「二人が魔族と内通していると言ったほうが良かったかな?」

「……そら、笑えない冗談ですわ」


 するとキンドーさんは「くだらん冗談は良い!」と机を叩いた。


「魔人は十八人の将校を殺した! 十八人もだぞ! しかし貴様とデリア中佐は殺されなかった! だとするのなら、そこに魔人を倒すヒントがあるかもしれんのだ!」

「なんや。それ初めから言うてください」

「……言ったら倒すヒントが分かったのか?」


 あたしは肩を竦めて「そんなんあたしが知りたいくらいですわ」と答えた。


「案外、ナーガ大佐の見惚れてた説がほんまちゃうかなと思いますわ」

「ふん。魔人が人間に好意を抱くのか? 笑えん!」

「……そもそも、魔人ってなんですか?」


 一番聞きたかったことをようやく訊くとキンドーさんは「生物兵器だ」と短く苛々しながら答えた。


「人間の形をした兵器だ。わざと人間に似せることでこちらの油断を狙っているのだろう。そう推測されている」

「なるほどなあ。生物兵器とはよう言うたもんですね」

「感心している場合ではない。一刻も早く対策を練らねばいかん」


 あたしは「せっかくフリュイアイランドを奪還できたんですよ?」と言いつつ飴ちゃんを取り出した。


「甘いもんでもどうですか?」

「……いつかの飴とやらか」

「要りませんか?」


 キンドーさんは不機嫌そうに言うた。


「……食べる!」


 あたしは将校たちに配って、それからキンドーさんと別れて自分の部屋に向かった。


「あ。お姉ちゃん。遅かったね」

「あれ? エルザ、なんで居るん?」


 あたしにあてがわれた部屋は一人部屋やったはずや。


「お姉ちゃん誘って、食堂に行こうと思って」

「あー、今は無理やな。第三軍団長殿が居る」

「あの人も? これから大変だね」


 しゃーないから、あたしはクリスタちゃんとジェシカちゃんも呼んで、これからのことを話すことにした。

 まあミーティングやのうて、ほとんどガールズトークになってしもたけどな。

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