第4話魔人との戦い
歴戦の将校たちが地に臥しとる――そないな現実にあたしら以外の人間は脚が竦んでしもうたようや。
せやけど、あたしとデリアは違うた。
「――っ! 行くんや、ハンシン!」
咄嗟の判断でハンシンを繰り出した。巨大な体躯をうねるようにして、滑るように最高速で――ハブルと魔人とやらを狙う!
「よくも――くらえ! 魔族!」
デリアも拳銃であいつらを狙う。息の合ったコンビネーションではないけど、これらの攻撃を防ぐことは不可能やし、逃げることも不可避や!
「――――」
魔人と呼ばれた男――おそらく男や――はまずハンシンを両手に持っとる二刀の剣で、斬り刻んだ。
目を追うことなんてできひんかった。そんぐらいの素早い剣さばきや。
そのハンシンの欠片を、銃弾にぶつける――空中で爆発が起こる。
結果的に見れば、まったくのノーダメージであたしらの攻撃を無効化したんや。
「……あらやだ。これじゃ勝てないわ」
「何諦めているのよ! 来るわ!」
魔人がゆっくりとあたしらに近づく。
あたしとデリア以外の将校たちはやっと正気に戻ったらしく、一斉に魔法で攻撃する。
火や水、土や風、光や闇が次々と魔人を襲う――けど、どれも効かんかった。
まるですり抜けるように避ける。一回も当たらん。一撃もかすらん。
眼前まで迫ってくる――やばいな!
「――神化モード」
あたしは神化モードになって、魔人に突撃する!
神化モードの特筆すべきところは頭脳の運動神経が優れとるところや。
せやから、身体の動きを見て次の攻撃が読める。
さながら予知しとるように――
「ほう。あの人間、なかなかやりますね」
ハブルの声――大声やないのに、嫌でも耳に入る。
あたしは自分の間合い、つまり柔道の技ができるくらいまで近づいて――ドランに習うた操気法を使うて、一気に懐に入る!
虚を突かれたはずや――せやけど、半歩下がることで襟元を掴まれるのを回避する魔人。
「……猪武者ではないようやな」
魔人を逃してしもうた。剣の反撃を食らう前にあたしも後方に下がる。
その際、氷の魔法を放ったけど、全然あかんかった。あっさりと避けられる。
神化モードを解く。昔に比べて疲れは最小やけど、長くなりすぎるのもあかん。
神化モードになりすぎると、最悪死に至るからな。
「ユーリ。あれを殺すのって難しいわね」
「まあな。どないする?」
「ここは、あの魔族を狙いましょう。おそらく司令官か幹部クラスでしょ?」
流石に目聡いわ。あたしは「世界会議のときのハブルや」と端的に説明した。
「ああ。話に聞いていた魔族ね。分かったわ。あなた魔人を引き付けて。その隙に殺すから」
「……しゃーないな。分かったで」
あたしたちは息を合わせて、魔人に再度突撃した。
「拳銃が一丁でも駄目だったら、二丁でどう!?」
デリアは左手にも拳銃を握り、魔人に向かって掃射した。
拳銃って高価やろ? どんだけ持っとるねん?
「――――」
魔人は避けたり剣で防いだりしてダメージを防いどる。
あたしは魔人ではなく、剣を狙うことにする。
地面を凍らせて――剣をくっつける!
「――――」
魔人は剣が動かないことに気を取られたらしい。
勝機や! あたしは魔人に向かって氷の魔法を連撃した。
手加減とかできひんかった。
「ナイスよ! ユーリ!」
デリアは銃口をハブルに向けた――
「おやおや。人間風情が、私を殺せるとでも?」
ハブルに放たれた銃弾は――ハブルの目の前で弾かれた。
「はあ!? なんやそれ!?」
「……敵にいちいち解説を求めないでくださいよ」
呆れた様子のハブル。そしてにっこりと笑うた。
「世界会議のときの借りは返させていただきますよ。倍にしてね」
――しもうた!?
あたしの身体を、漆黒の闇の塊が襲う!
避けることもできひんかった。右腕を――物凄く重いもんで殴られたように、めちゃくちゃにへし折られた。
「くううう!」
「――ユーリ!」
デリアが必死な顔であたしに寄って来る。
「あかん! こっちに来たらあかん!」
あたしの目に映ったのは。
デリアよりも先にこっちに来る魔人の姿やった。
「――――」
魔人は無感情に無感動に。
何一つ物を言わんと。
あたしの腹部に、剣を突き刺した。
「ユーリぃいいいいいいいいいいいいいい!」
デリアの絶叫。
なんや、デリア。あんた無表情と笑顔以外の顔できたやん。
「あああああああああああああああ!」
デリアがキレた。
あかん。無差別攻撃が始まるわ。
魔力の暴走――いつかのエルザと同じ、見境も分別もなく、ただ相手を攻撃する。
「――――」
魔人はエルザの攻撃をそのまま受けてしもうた。
あたしは突き刺さった剣を抜くと大量出血で死ぬなとぼんやり考えた。
「ユーリ! しっかりして! いやあ! 死んじゃ駄目よ!」
大粒の涙で覆われたデリア。あたしの身体を揺さぶる。
その後ろに、見えた。
「デリア、後ろに、魔人が……」
デリアが振り返る。
魔人がゆっくりと近づいて、剣を両手で握り、大きく振り被る。
「逃げ……」
「できるわけないじゃない!」
デリアはあたしを庇う。
背中をあたしに向けて。
まるで雛鳥を守る母鳥のように。
「絶対に死なせないわ! 私の大切な人を、これ以上死なせない!」
デリアが叫ぶ。
せやけど攻撃は止まらへん。
「――――」
魔人は振り下ろそうとして――
「――――」
直前で止まった。
「……? 嬲り殺そうとでもしているのかしら?」
怪訝な声のデリア。
あたしも意識が朦朧としながら、不思議に思っとった。
「――――」
くるりと背を向けて、ハブルの元へ帰る魔人。
「……はあ。なるほど、理解しましたよ」
ハブルは全て分かっとるような言い方をした。
そして――背を向けた。
「この国に居る意味はありませんね。全軍引き上げましょう」
「……逃げる気なの!?」
デリアがあたし庇いながら、大声で喚いた。
「ええ。そう捉えてもらって結構です。この国でやれることはもうありません」
「なんて身勝手な……!」
「あなたたちは生かしてあげます」
ハブルは触手をうねらせながら、愉快そうに笑うた。
「そのほうが面白いものが見れそうですから」
「どういう意味よ!」
ハブルはそれには答えずに、魔人を連れて、さっさとその場から去っていった。
将校たちは追撃せえへんかった。そないな気力もあらへんし、やっても無駄やと思うたんやろな。
「ユーリ! 大丈夫なの!?」
「……あー、めっちゃ痛いわ」
あたしのとぼけた声に「真面目になりなさいよ!」とヒステリックに喚いた。
「デリア、剣抜いてくれへんか?」
「そんなことしたら、死ぬわよ!?」
「神化モードで回復しながらやから。めっちゃ痛いけどな」
「……死なないでね?」
あたしは神化モードになって、デリアに剣を抜いてもらった。
めちゃくちゃ痛くて涙出た。
「あー、もう動けへんな。他の部隊どうなったんやろ?」
「知らないわよ……でもあの魔族の言うとおりなら、この国から撤退するのかも」
あたしはじっとデリアを見た。
「……なによ、私の顔になんか付いている?」
「やっと、デリアが戻ってきた感じがするわ」
「…………」
「ちゃんと感情丸出しで怒ったり、泣いたりしてええんやで」
デリアは――昔みたいにならへんのかもしれん。
せやけど、それは大人になったって証かもしれんな。
「……ちょっと胸を借りていい?」
「ええで」
「……少し、泣くわ」
デリアがあたしの胸ん中で泣いているとき、あたしは抜いた剣を見とった。
もし毒を塗られとったら、あたしは死んどった。
魔族なら毒を塗るはずや。
魔人ってなんや?
それにさっき食らった漆黒の塊はなんやろ? 合成魔法か?
いろんな疑問がある中、あたしは親友の心を取り戻せたことに、少しだけ安堵しとった。
「もう! お姉ちゃんの馬鹿! 危険なことして!」
「堪忍やで、エルザ」
仮設医療院であたしはエルザに怒られとった。
しかもベッドの上で。
「それくらいにしておきなさいよ。ユーリは――」
「デリアさん! 私、あなたにも怒っているんですから!」
恐ろしい目つきで言われたら、流石のデリアも黙るしかあらへん。
ジェシカちゃんとクリスタちゃんは黙ってあたしが説教されとるのを見てる。おそらくエルザの気持ちが分かるんやろな。助け舟を出してくれへん。
「まったく。だいだいお姉ちゃんは――」
「うん? なんですか? 姉妹喧嘩ですか?」
ぬるりと入ってきたのは、医療部隊大隊特務曹長のジェダやった。うさんくさい顔は初めて会うたときと変わらんなあ。
「あれ? どないした? あんた後方に居ったはずやけど」
「物資を運ぶついでに、少佐殿に報告がありましてね」
あたしに報告?
「フリュイアイランドから魔族が撤退したことは、お聞きになりましたか?」
「ああ。さっき聞いた」
「医療部隊はこれからベナリティアイランドに向かうそうです。でもその前に休暇が戴けるそうですよ」
「あー、分かった……もしかして、あんた何かしたか?」
あたしの問いにジェダは「何かできたらとっくに退役しています」と不満そうに言う。
「なんで私がこんな危険な仕事を……」
「嫌なら戻ってもええで?」
「あんな場所に戻るくらいなら、ここに居たほうがマシです」
心底嫌そうな顔をしたジェダ。意地悪なこと言うたな。
「というより、少佐怪我なさったんですね。珍しい」
「せやで。あ、ジェダ曹長。医療部隊の皆に集まるように言うといてな。さっきのこと知らせなあかんし」
「二時間後に集まるように言いましたよ。後方の兵士たちにも言っておきました」
「優秀やなあ」
こうして、フリュイアイランドの奪還は済んだ。
次の戦いは、こんなんで済まないかもしれへんけど。
少しの間、休めるのはありがたいな。
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