第3話奇襲
「……何故、貴様がここにいるのだ?」
「げっ。第三軍団長やないか」
司令部のテントに入ると、デリアの次に会いとうなかった、フリュイアイランド方面軍、第三軍団長のキンドー・フォン・ライナック大将が大きな机の後ろで椅子に座っとった。周りにはあたしよりも階級の高い将校が座っとる。
「……げっ、とはなんだ? それを言いたいのはわしなのだが」
「……失礼しました、第三軍団長殿」
これはあたしが悪いから素直に謝る。
第三軍団長殿――キンドーさんはは戦争を知らない日本人が想像するような、典型的な軍人さんや。五十代半ばのおっさんやけど、顔に刻まれた皺には一本一本力強さが込められとる感じ。カイゼル髭をしとる。手入れも十分や。
キンドーさんは確か、ソクラの貴族やった。せやから皇帝と近しいあたしを疎んじとる。
「ふん。平民の出の成り上がり者はこれだからいかん。それに、何故この場に居るのだ?」
「私が招集しました、第三軍団長殿」
びしっと敬礼するデリアに「余計なことを……」と冷たい目を向けるキンドーさん。
「まあよろしいではありませんか。ユーリ少佐の戦闘能力は折り紙つきですよ」
傍に座っとった参謀のナーガ・フォン・ドルマグ大佐はそう言うてくれた。三十歳ぐらいでなかなかのええ男。涼しげな目は女の子にモテるやろ。頭も切れるらしい。天は二物も与えすぎやろ。
「まあいい。特別無能というわけではないしな。貴様の参加を容認してやる」
「ありがたいですわ。ちゅうかあたしの参加、デリア中佐から聞いとりませんか?」
「聞いていない。聞いていたら反対している」
キンドーさんは手を組んでから冷たく言うた。
「わしの息子を見殺しにした者などな。しかし来てしまったのなら、仕方ない」
「…………」
「下手にうろうろされて、ここが発見されるのも困る」
まだ引きずっとるか。しゃーないな。あれはあたしにも責任あるし。
「貴様たちは待機せよ。これから作戦会議がある」
「なんや。あたしたちは参加させてもらえへんのか?」
「死にたがりと治したがりに有意義な作戦を立てられるとは、わしは思わん」
酷いこと言うなあ。ふとデリアの横顔を見ると「それで構いませんよ」と笑っとった。
「私は、多くの魔族を殺せればそれで十分ですから」
「……戦争と復讐を混同させるな」
厳しい顔をするキンドーさん。
「ヴォルモーデン大尉――いや、殉職してヴォルモーデン中佐か。彼は立派な軍人だった。しかし貴様はどうだ? 同じ階級でも違う。果たして兄に顔向けできる――」
「兄のことを何も知らないくせに、偉そうに言わないでください」
場の空気が固まるような発言をしたデリア。
あ、不味いな。他の軍人が殺気立っとる。
「デリア中佐。行くで。ほんなら、また」
デリアの腕を引っ張って無理矢理テントの外に出た。
物凄い無表情のデリア。めっちゃ怖いなあ。
「あかんで。相手は大将なんや。喧嘩売ったらあかんやんか」
「ふうん? 皇帝相手にツッコミ入れたあなたには言われたくないわね」
くすくす笑うデリアやったけど、これはまだ怒っとるな。
「飴ちゃん食べるか? 少し落ち着けや」
「……食べるわ」
あたしはポケットから苺味の飴ちゃんを取り出し、デリアに渡した。
飴ちゃんを舐め終わるまで、デリアはテント近くをうろついとった。
「それにしても、結構な実力者が一杯いるわね」
舐め終わるとデリアは感心したように周りの将校を評す。
「ほら。半年前にベリストロの丘で活躍したロッポ少佐もいるし、その彼と話しているのはプグレーで百人殺ししたヤクター中佐よ」
「有名人だらけやんか。あんたには劣るけどな」
周りの将校があたしたちを指差したり、見ながらヒソヒソ話しとる。
なんか客寄せパンダみたいやな。
「あなたもでしょ。ま、そんなことはどうでもいいわ。向こうで少し休みましょう」
あたしたちは簡易的に作られた配給所でご飯を貰うて、座れる場所を探して食べ始める。
うん。相変わらず美味しないなあ。
「し、失礼ですが、ユーリ少佐ですか?」
もう食べ終わるかくらいに話しかけられた。
顔をあげると、そこには凡庸そうな二十歳前後の男の人が居った。
見覚えあるな。確か――
「マール中尉、やったか?」
「お、覚えてくれてたんですね!」
嬉しそうな顔で敬礼するマール中尉。
デリアは「知り合いなの?」と訊ねてくる。
「ああ。少し前に部下と一緒に運ばれたんや」
「あなた、今までの患者全員覚えているの?」
「そないなわけあらへん。でもな、マール中尉は覚えとった」
あたしは答礼した後、手で着席を促した。
恐縮しながら座るマール中尉。
「あんたは兵站担当やった気がするけど」
「こ、今回の奇襲部隊の兵站を担当しました!」
「そうか。なら早う退去したほうがええで」
マール中尉は「はっ! 御言葉感謝いたします!」と少々緊張しながら言うた。
「相変わらず、配食しとるんか?」
「ええ。毎日、死にそうな思いで……なんとか、やっております」
「勇気あるわ。これからも頑張ってな」
マール中尉は「はい! それでは失礼いたします!」と不器用に回り右をして、お世辞にも上手くない行進をする――あ、こけた。
「……あんなドジな人、記憶から忘れられないわね」
くすりと笑うデリアに「さっき言うてたベリストロの丘の戦い、あったやんか」と話す。
「ああ。酷い戦いだったわね。生き残りも少ない――」
「数少ない生き残りや。マール中尉は」
あたしの言葉に目を丸くするデリア。
「魔法が降り注ぐ中、一人兵士たちの先頭に立って、ご飯を届け続けたんや。並みの将校にはできひんで」
「それは尊敬するけど、そこまで重要視すること?」
「せやな。優秀とは言えへんけど、それでもあの勇気には敬意を払いたいんや」
デリアはいまいち納得せえへんかった。
怖いもの知らずのデリアには分からへんやろな。
どうやら二つの隊に分かれて、挟撃することになったらしい。
あたしとデリアは同じ隊やった。そん中でも二人組を組むことになったので、デリアとペアになることにした。
「あなたなら足を引っ張ることはなさそうだけど、油断はしないでね」
「気いつけるわ。デリアも闇雲に突撃せえへんでな?」
まず一隊が攻め込んで、もう一隊が後から続くらしい。
あたしらの隊は後からや。後から言うてもそないなタイムラグないけどな。
息を殺して奇襲できる位置に向かう。合図は先に攻撃する部隊が魔法を上空に上げるのやと言うてた。
「何か、胸騒ぎするわね……」
「うん? どないな胸騒ぎや?」
ヒソヒソ声でデリアの呟きに反応すると「よく分からないけど」と前置きをして言うた。
「嫌な予感がするのよ。勘って言えばいいのかしら」
「勘、かあ……」
デリアの勘はよく当たるから、あたしまでどきどきしてきた。
あたしが詳しく聞こうとしたとき――
「――っ! 合図よ!」
魔法が空高く打ちあがった。
あたしはデリアの後に続く。他の将校も声をあげながら、突撃していく。
魔族の拠点には真っ黒い布で四方が覆われている、戦国時代の陣のようなもんが多くあった。
せやけど、そないなことがどうでもよくなることが目の前で起こった。
「ユーリ! あれ見なさい!」
デリアが大声で静止を求める。
あたしは見た。
先ほど話していた、ロッポ少佐とヤクター少佐が倒れとる。既に殺されてしもうたようや。
その死体を見下すように立っとるのは魔族や。
毒々しいほどに紫色の肌、真っ赤に血塗られた唇。長いくすんだ金髪に水の底のような青い目。両手には剣が一本ずつ持っとって――
「な、何者や、あれは……」
今までの魔族と違う……圧倒的な威圧感を感じる……
「よくやった。魔人ゼロよ」
その陰からぬっと出てきたんは、だいぶ昔に見たことのある、魔族。
「流石、私の最高傑作です。さあ、人間を殺しなさい」
うねうねと触手を動かしている、ハブルやった。
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