第2話失ったものと変わり果てたもの

 世界は希望で満ち溢れとる。

 それは今でも信じとる。

 でも、戦争を通じて、思い知らされたことがある。

 同じくらい、絶望もあるっちゅうことや――


 夢を見とった。

 過去の記憶や。確か自覚できる夢は明晰夢って言うたような……


『ユーリ、お兄様からの手紙が最近届かないの』


 二年前、医療部隊の編成が終わった頃やった。

 デリアが心配そうにあたしに言う。

 イレーネちゃんが一足早く、フリュイアイランドに行くので、その見送りと応援のために、デリアの屋敷で食事会を開いとった。参加したんは仲良し三人組だけ。ランドルフとクラウスはその場には来られんかった。


『戦況が厳しいと伝わっています。書く暇がないかもしれませんよ』


 イレーネちゃんの言葉にデリアは『それでも少しぐらい時間はあるでしょ』と可愛く文句言うてた。


『まあ、お兄様のことだから無事に決まっているけどね』

『そうですよ。だから早く食べましょう』

『あなた、本当に食いしん坊ね。戦地に行ったら餓死するんじゃないの?』


 笑えん冗談をデリアが言うた。

あたしたちは料理に手を付けようとして――


『デリア様。お手紙が来ています』


 部屋の扉を開けて、ガーランさんが入ってくる。

 今から思えば、とても険しい表情やった。


『あら。噂をすれば、お兄様からかしら?』

『いえ。違います』


 ガーランさんは努めて平静な声で告げる。


『こちらになります。御気を確かに』


 差し出されたのは、紫色の封筒。

 それが意味するんは――


『嘘でしょ……ああ、そんな……』


 思わず立ち上がって、蒼白になって、崩れ落ちそうになったデリアを、あたしは咄嗟に支える。


『気をしっかり持つんや!』


 それしか言えへんかったのは、今でも後悔しているんや。

 せやけど、それしか言えへんのは当然やとも思う。

 紫色の封筒。中身は決められとった。

 読まなくとも分かってまう。

 それでも信じとうないデリアは、乱雑に封筒を開けた。

 そこに書かれとったのは、死亡告知書。


 レオ・フォン・ヴォルモーデンの死を知らせるもんやった――




「嫌な夢、見たな」


 あたしにあてがわれた部屋で、一人呟く。

 デリアに会うたから、あんな夢を見たんかな。


「レオ。あんたは強かったのに、どないして死んだんや?」


 戦地から戻ってきたフランシスさん――レオの上官や――に詰め寄って喚き散らしながら泣き叫んだ。そんときはランドルフが引き剥がした。フランシスさんは悲しそうに謝っとったなあ。その姿見て、デリアは何も言えへんようになった。ただ静かに泣いていた。


 それ以来、デリアは変わってしもうた。

 龍族と魔族を憎むようになったんや。


 レオは味方を守るために、一人残って魔族と戦って死んだ。

 フランシスさんはもしそうしなかったら全滅していたと語る。


 そして、デリアはフリュイアイランドで多くの魔族を――殺した。

 あんなに優しかったデリアやのに……

 あたしとイレーネちゃんは何度も諌めた。

 それでも聞かへんかった。

 半年前、イレーネちゃんがフリュイアイランドからベナリティアイランドに異動になったとき、彼女はあたしに言うたんや。


「ユーリ。あの優しかったデリアは、どこに行ってしまったんでしょうか?」


 あたしは答えられへんかった。

 情けない話や。


 さて。あたしはいつも通り兵士たちの体調管理や容態を看る。


「元気にしとるかー?」

「おお、『戦地の聖女』様じゃねえか!」

「おかげさまで元気だぜ!」


 そう。あたしは今、平和の聖女ではなく戦地の聖女と言われている。

 ま、当然ちゃ当然やけどな。


「もうしばらく回復したら、後方に移動するからなー」

「ああ。あんたには感謝しているよ。もう少しで歩けそうだ!」


 そう言うてくれるのはとても嬉しかった。

 せやけど――


「少佐! 二号室の患者が暴れています!」


 ジェシカちゃんの焦る声にあたしは「ほんまか! すぐに行く!」と言うて向かう。


「うわああああああああ! 来るなああ!」


 錯乱状態の兵士がベッドの上で暴れとる。口から泡を吹きながら、何かに怯えとる。


「鎮静剤は打ったか?」

「暴れて打てませんよ!」


 周りの隊員たちが押さえ込もうとしとるけど、そん兵士はかなり大柄でできひんかった。

 あたしは素早く兵士に近づいて、怪我しとる脚に触らんように気いつけて、上半身に抱きついた。


「ひいいいいいいい!」

「大丈夫や! 安心せえ! ここは安全や!」


 力づくではなく、優しく心強く言い聞かせる。

 押さえるのではなく、抱きしめるように。

 大柄の兵士はあたしを引き剥がそうとして、背中を思いっきり殴る。


「少佐!」

「大丈夫。ほんまに大丈夫やで」


 ジェシカちゃんの心配そうな声。

 あたしは兵士の頭を撫でる。

 次第に弱くなる、殴る強さ。


「う、うう、うううう……」

「よしよし。ええ子や。もうあんたをいじめるもんは居らへんよ」


 兵士は殴るのをやめて、あたしに抱きつく。

 苦しかったけど、それでも頭を撫でるのをやめへんかった。


「あたしが傍に居る。だからおやすみ」

「うう……」


 あたしは目配せして、隊員の一人に鎮静剤を打たせた。

 しばらくして、穏やかな顔で寝てくれた。


「この兵士のカルテ、見せてくれるか?」

「は、はい。こちらです」


 ジェシカちゃんからカルテを受け取ると、奇妙なことが書かれとった。

 部屋が暗くなると非常に怯える――


「暗いのが怖い、か……」


 何か引っかかるもんがあった。そう言った症状の兵士が最近多くなったからや。

 ほとんどが重傷者か精神が病んでしもうた者ばかりやった。


「大変ねえ、ユーリ。その内、身体壊すわよ?」


 病室から出ると、デリアが笑いながら言うた。

 いつからか、デリアは笑うか無表情しか表現できひんようになっとった。


「まあな。アリマ村の温泉にでも浸かって、身体を休めたいわ」

「懐かしいわね。あの頃は楽しかったわ」


 懐かしむように言うたデリア。そして急に現実に引き戻されることを口に出す。


「奇襲部隊に合流するわよ。急ぎなさい」

「了解。中佐殿」




 後のことは副官三人に任せて、あたしは奇襲部隊に合流した。

 その道中、あたしはいろいろデリアに訊ねた。


「奇襲部隊は何人居るんや?」

「四十人。およそ一個中隊ね」

「そんで、相手の戦力は?」

「五十から六十。それでも私とあなたが居れば十分でしょ」


 余裕やのか、過度にあたしを信頼しとるんか分からんけど、デリアは笑っとった。


「あ、忘れてた。こういうものが手に入ったのよ」


 そう言うて懐から取り出したんは――拳銃やった。


「もうこないになったんか……」

「ええ。あなたの宿敵、アーリがどんどん新型の銃を開発しているわ」


 アーリか。懐かしい名前や。世界会議以来会うてないな。


「回転式魔法連発銃。魔力を込めれば、銃弾と変わりない威力の魔法弾が撃てるわ。これなら魔族を一撃で葬れる」


 そない詳しくないけど、リボルバーちゅう拳銃やな。


「銃は良いわよ。私の魔法と相性が良い」

「そうやろな。あたしの氷と違うて、破壊力があるからな」


 デリアは「三つあるから、一つあげるわ」と言うて、あたしに差し出す。


「要らんわ。そないに野蛮なもん」

「いいから。必要なかったら使わなくていいじゃない。後で返してもらえればいいのよ」


 押し付けるように手渡すデリア。断りきれずに受け取ってまう。

 木と鉄でできた、人殺しの道具。

 軽いはずやのに、ずっしりとした別の重みを感じる。

 どうしてデリアは嬉しそうに自慢できるんやろか?

 レオ、あんたは英雄かもしれへんけど、妹を壊した張本人やで?


「あそこに奇襲部隊が居るわ」


 指差した場所にはテントがいくつか建てられていた。

 さて。奇襲は成功するんやろか?

 めっちゃどきどきしてきたなあ。

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