【第二部】あらやだ! コレあれやろアレ! なんやったっけ? そうや転生やろ! ~大阪のおばちゃん、平和な世の中目指して飴ちゃん無双やで!~

橋本洋一

第1話医療部隊大隊長、ユーリ

「あらやだ! まだまだ元気やないの! 気合入れえや!」


 あたしはベッドに寝かされた兵士を励ましつつ、折れた腕の治療をしとった。


「痛てえ! もう少し優しくしてくれよ!」

「文句言えるなら、あんたは助かる。ジェシカちゃん、後頼んだわ」

「は、はい! ユーリ少佐!」


 手伝っとった三人居る副官の一人、ジェシカ中尉に指示をして次に患者を診る。こっちはあまり重傷やない。魔族が放った風の魔法で切り傷が多いけど、二箇所の深い傷を縫えば何とかなるやろ。


「麻酔を……効いてきたら呼んでや。消毒も忘れんようにな」


 隊員にそう告げて、あたしは仮設された医療院を出る。

 もうすぐ、二人の副官が帰ってくる頃や。

 外に出ると、魔法の衝撃音や人間と魔族の戦闘音がうるさく聞こえる。そして真っ赤に暮れた空が見えた。

 まるで血のようやな。


「ユーリ少佐、処置終わりました!」


 ジェシカちゃんが相変わらず真面目に、真っ直ぐ敬礼をしてあたしに報告する。答礼して「彼はどないした?」と訊ねる。


「はい! 骨は接げたので問題はないかと!」

「そうか。熱が出るようならパナキアを投与せんとあかんよ」

「はい! 了解しました!」


 ジェシカちゃんは再度敬礼して「質問よろしいでしょうか?」と問うた。


「なんや? なんでも聞いてええで?」

「はい! ユーリ少佐、私たちはここに居てよろしいのでしょうか?」

「うん? そうやな。もうちょい前線に行かなあかんなて思うてたけど……」

「いえ、そうではなく、前線に居すぎではないでしょうか?」


 ジェシカちゃんは小柄な体格であたしに頭二つ分低い。ふわふわした金髪は最近風呂に入れてないせいか、くすんどる。右目の小さな泣きほくろがとてもキュートで可愛い。年齢はあたしの一個上、十七歳や。

 そんなジェシカちゃんは「私が思うに、後方のほうが安全に治療ができて、傷病者も安心して治療を受けられると思います」と意見を述べる。


「いつ魔族の攻撃が襲ってくるか分からない前線での治療は限界があります」

「確かにな。せやけど、後方まで運ばれへん傷病者も居る。ジェシカちゃんの言うことも分かるけど、堪忍してほしいんや」


 死にそうな人間を助けるには、できるだけ戦場に居ったほうがええ。

 三年間の経験で否応にも分かってしもうた現実やった。


「少佐は、怖くないのですか?」

「何がや? 自分が死ぬことか? それとも人が死ぬことか?」

「両方です。少佐は恐れている様子が見られないのです」


 ジェシカちゃんは震える手をあたしに見せた。


「私は、怖いです。厄介なことに『臆病』という病に罹ってしまいました」

「……なら後方に戻るか? 軽症の人間相手に――」

「それは、できません」


 ジェシカちゃんはあたしにぎこちない笑顔を見せた。


「私はあなたの副官なのですから」

「格好ええなあ。素直に尊敬するで、ジェシカちゃん」


 あたしはジェシカちゃんの肩を叩く。

ちょっと恥ずかしそうな笑みを見せる彼女。


「あ、そうや。あたしも質問に答えんとなあ」


 あたしはにっこりと笑うて言うた。


「あたしもな。怖いねん。自分が死ぬのと人が死ぬんは」

「……少佐」

「でも自分死ぬよりも誰かが死ぬほうが、めっちゃ怖いねん」


 戦場に来てから、どんだけ死を目の当たりにしたんやろ。

 救えんかった命は、どんだけあるんやろ。

 数えてもキリないから、数えるんのやめたのは、いつやったっけ?




 魔法学校を卒業して、変態の元で修行した後、あたしは医療部隊の大隊長に就任した。本来は少尉か中尉からのスタートやったけど、なんと異例なことにいきなり大尉からやった。

 それから三年間、龍族と魔族に奪われたエルフの国、フリュイアイランドの奪還を目指して、戦い続ける兵士の治療を行なっていた。

 救えなかった命、散ってしまった命。

 それらを思い出すたびに寝られへんかったけど、最近はようやく慣れてきた。

 そんで十六歳になったあたしは、戦場で怪我と病気に打ち勝つべく、日夜戦っとった。


「あ、エルザ中尉とクリスタ少尉が戻ってきましたよ」


 ジェシカちゃんの言葉で、あたしは現実に戻る。

 二人とも、後方から薬などの医療品を持ってきてくれたんやな。


「流石やな。怪我はないやろな?」

「あの二人のコンビなら、大丈夫ですよ」


 ジェシカちゃんの言葉どおり、二人はところどころ汚れとったけど、他の隊員とともに、無事に戻ってきた。

 あたしの前に来て、二人とも敬礼する。

 クリスタちゃんは初めて会うたときよりもすらりと背が伸びて、モデルさんのようなスタイルをしとる。濡れ羽のような髪は痛んどるけど、それでも美しい。

 エルザも赴任して一年ほどやけど、最近はめっきり慣れとるようやった。あたしより少し頭一つ分大きい。そういえば十四歳になったんやな。顔つきが大人になっとる。


「エルザ・フォン・オーサカ。ただいま帰還しました」

「クリスタ・フォン・ゾンドルド。同じく帰還しました」


 あたしは「ご苦労やったな」と言うて答礼した。


「大変やったやろ。そんでどんぐらい持ってきてくれた?」

「補充できるものは全て持ってきました。不十分なものはないです」


 エルザの言葉に「ジェダはどうやって仕入れとるんやろな?」と不思議に思うた。


「本当に不思議です。おかげで助かる兵士が増えるのはありがたいですが」


 クリスタちゃんは同意しながら「それで現況はどうでしょうか?」と訊ねる。


「前線は相変わらず膠着しとる。一進一退ちゅう感じやな」

「……少佐殿にご報告あります」


 エルザは強張った声で報告した。


「少佐とお話がしたいという方が、この後遅れてやってきます」

「誰や? 第三軍団長殿か?」


 あんまり会いとうない相手なんやけどな。


「いえ違います」


 エルザはその第三軍団長よりも会いとうない人の名前を言うた。


「デリア・フォン・ヴォルモーデン中佐です」




 あたしは今日治療した兵士の診断書を書き終えると、待たせとったデリアのもとに向かった。医療院の一室。消毒液が臭う通路を通って、あたしは久しぶりに友人のデリアに会う。


「遅かったわね。いや、仕事があるのだから仕方ないけどね」

「久しぶりやな。デリア中佐」


 あたしが敬礼すると「やめなさいよそういうの」とにっこり笑うた。


「ここには、私とあなたしかいないんだから」


 そう。二人きりで会いたい言うたので、そうさせてもらった。

 目の前のデリアを見る。背はあたしと同じくらい。縦ロールの髪は後ろで二つに結んどる。いわゆるツインテールちゅうやつやな。軍服が嫌に似合うとる。見た目には身体のどこにも怪我を負ってない。せやけど――


「最近、食べてるか? きちんと寝とるか?」

「医者みたいなこと言うわね。いや、医者になったのだから当たり前ね」

「まあな。それでどやねん?」


 デリアはそっぽ向いて「食べてないし眠れていないわ」と早口で言うた。


「食べなあかんで? 身体が資本なんやから」

「分かっているわ。本当に分かっているんだから」

「それで、一体何の用や?」


 あたしのぶっきらぼうな問いにデリアは「やけに冷たいわね」と不満そうに言う。


「あたしはこれでも忙しいねん。それに、復讐なら手を貸さんって前にも――」

「この島の戦いを終わらせるために協力してくれない?」


 思わぬ言葉に「……なんやて?」と聞き返す。


「言葉どおりよ。この不毛な戦いを終わらせる」

「具体的にどうすんねん」


 デリアは懐から地図を取り出した。


「今、私たちが居るのはここ」


 地図に書かれた平原を指差すデリア。そして次に魔族の領地になっている山を指差す。


「ここに魔族の司令官が居るとされているわ。でもね、今から五日後、総攻撃をかけるらしいの。魔族が」

「どうやって調べたんや?」

「拷問をかけたに決まっているじゃない。ああ、そんな顔しないでよ。私がやったわけでもなく、指示もしていないわ」


 いまいち気に入らんけど、話が先やった。


「それで、魔族の司令官がここに今、居るらしいのよ。そこを奇襲するの」


 指し示されたのは、前線近くの森林地域やった。


「それで、協力ってなんや?」

「あなたも奇襲部隊に参加してほしいのよ。強い魔法使いなんだから」


 ほんまは嫌やけど、好機を逃すんはもっと嫌や。


「ええよ。参加する」

「……意外だわ。魔族殺しはしたくないとばかり。変わったわね、ユーリ」


 あたしは「勘違いせえへんでほしいな」と冷たく言うた。


「あたしは殺さん。無力化するだけや。それに怪我人を治すために同行するだけや」

「……前言撤回。やっぱりあなたは変わらないわね」


 デリアは非難するような目であたしを見つめる。


「これだけの人間が死んで、よくもまあそんな甘いこと言えるわね」

「デリア。あんたは変わったな。いや、変えられたと言うべきか?」


 あたしは容赦なく、デリアの心の傷を抉った。


「レオが死んでから、あんたは変わった――」


 ぱあんと頬を叩かれた。

 そう認識したのは、痛みを感じたからや。

 目の前の叩いた本人を見つめる。


「……お兄様のこと、軽々しく言わないで。次に言ったら、殺すから」


 デリアはゾッとするほど無表情で言うた。

 あたしは懐に仕舞っていた薬をデリアに渡す。


「睡眠薬や。少し寝ないとあかんで。目の下の隈、化粧で誤魔化すの限界やで」

「……ごめん」


 謝ってほしゅうないねん。

 ありがとうって言うて欲しかってん。


 デリアが部屋から出た後、入れ替わりにエルザがやってきた。

 あたしの傍に寄って心配そうに言う。


「お姉ちゃん、ごめん。どうしても断れなくて……」

「エルザは悪くないで。大丈夫や。姉ちゃん、強いからな」

「……無理しないでね?」


 エルザは後ろに回って、あたしを抱きしめた。


「死なないでね? もし死んだら、私もデリアさんみたいになっちゃう」

「それは嫌やな。安心せえ、絶対に死なへんから」


 夜は更けていく。

 今晩、どれだけの命が亡くなってしまうんやろな……

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