29話
「とりあえず、これ飲んで。太一さんが落ち着くからって」
風呂から上がって、頭に被せたタオルで俺の髪を拭きながら喫茶店のマスターが差し入れてくれたコーヒーの前に俺を座らせる。
安達の顔がまともに見れなくて、カップの中のコーヒーの渦を見ていた。
マンションの人達や、喫茶店の夜のお客さんまでもが俺を探してくれていたらしい。
たまたま出張帰りの木津さんも疲れているであろう身体で駅前を探してくれていたそうだ。みんな怒らずに帰りを迎えてくれた。
「電話、出てくれよな」
小さく頷く。
スマホを確かめたら沢山の着信が入っていた。サイレントにしていたら、気づかなかった。
「事故にでも遭ったんじゃないかってみんな心配してたんだからな」
「…ごめん」
「何もなくて良かった。お帰り」
安達が、胡座を掻いてその間へと俺を座るように引き寄せる。大柄な男二人には似つかわしくない体勢だ。だけど、この場所が、俺の場所なんだと思わせてくれる。
「良い、の…か…?」
良いのか、俺で。お前にはもっと相応しい相手がいるんじゃないのか。
「あ?何言ってんだ、お前。お前以外俺に心配かけさせる奴なんて居ないだろ。…俺にはいいけどよ、他の人達に心配かけたことは一緒に謝ろうか。…俺も帰ったら、斉藤がいないし、電話には出てくんないしで気が動転していろんな人に迷惑掛けたからさ」
安達の言葉に、今日迎えてくれた人達の顔を思い浮かべる。知らない人も沢山いた。今日、名前を知った人もいた。温かい場所だと思った。
「…俺、安達が、好きなんだ」
「…俺も斉藤が好きだけど。え、なんでそんな変な顔すんの」
どうやら俺は、安達が驚くぐらい変な表情を見せたらしい。
俺なんかのどこを好きになるんだろう。
「…そうやって目で訴える所。他の奴にはわかんないらしいけど、お前、俺にはやってほしい事とか言葉にできない事とか全部目で訴えてくるだろ。そういう所が可愛いいんだって。斎藤は自覚ないんだろうけど」
知らなかった。でも安達は俺の考えてる事不思議とわかってくれてる、なんて勝手に思ってた。
「あと、俺は斎藤彰の投げる姿が好きだった」
言い難そうに呟いた安達に俺は向かい合って安達の膝を跨ぐと肩へと腕を回し、じっと顔を見つめる。
「…俺が今何を考えてるかもわかんの?」
ゆっくりと頷いた安達は、俺の顔を引き寄せて唇を重ねた。
重なる唇は柔らかい。浅い口付けから徐々に深くなる口付けに、瞳を閉じる。
重なる吐息に身を委ねた。
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