第8話 二部

外は満開の桜、麗らかな春の日差しに俺の心は晴れやかだ。なんてったって、明日は大学の入学式、俺は明日から晴れて大学生になる。

一人暮らしを始める引っ越し先は最寄りの駅からは少し遠い。でも大学の沿線にあり、去年建ったばかりの超美麗新築マンションだ。それに、広めの部屋の間取りの割にバッチリ予算内の家賃な上、管理人さんは年上ですこぶる優しい人。一階には昼は喫茶店夜はバーの店が入ってるし、夜遅くまでやってる大型スーパー(駅と反対だけど)や、駅前には居酒屋や牛丼屋、コンビニもあるから食生活には困らない。部屋を見渡してある程度自分の好みになっていることに満足する。

よし、腹が減った。なんか食べに行こう

思い立って、財布をジーンズの尻ポケットに突っ込むと鼻唄なんかを歌いながら部屋を出た。

「こんにちはー」

丁度、隣の人が帰ってきたとこだったらしい。挨拶をすると小さく頭を下げた相手の顔には見覚えがあった。

「あー…、えっ、斉藤彰…?」

まじまじと相手を凝視する。相手が軽く舌打ちするのがわかったが、そんなことはお構いなしだ。

「俺、元県川の安達祐司。去年2回戦で負けたんだけどっ!隣同士なんだな、よろしくな」

「あ、そう」

元優学館の斉藤はそのまま部屋へと入っていった。差し出した右手が虚しく宙を舞う。

あいつはあんなに冷めた奴だっけ。試合でしか知らないけれど、優学館といえば地元では甲子園常連校として有名だ。そんな優学館で奴はエースで甲子園間違いなしとか言われて、テレビで特集なんかもされていた。俺はチームの4番だったのにあいつの投げる球を1つも打てやしなかった。

去年の事を思い出すと、自分を情けなく思う。けれど小学2年生から始めて去年までの野球漬けだった日々を誇りに思う。

気付いたらいつの間にか駅の方に歩いていた。近くの牛丼屋で食券を買う。目の前に出された牛丼を腹へと掻き込みながら唐突に思い出した。

あ、去年は優学館じゃなかった。優学館は決勝で、逆転サヨナラで負けたんだった。選抜は優学館だったよなー、まだやっているであろう春の選抜の情報をスマホで呼び出す。しかし優学館は2回戦で負けていた。

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