14話 細野 貴司


あれから妹の楓は全く口も利いてくれない。

貴司はこちらに非があるだけに、楓に許してもらうのをただ待つだけであった。

許してほしいという気持ちとは裏腹にどうしても大野巧が気になる。

何がどうという訳ではないのだが、貴司の刑事としての勘が

彼には何か裏があると言っている。

状況だけ見れば彼は被害者を慕っていた後輩で、事故にあった被害者の子供と公園にいた第一通報者で目撃者に過ぎない。

そうだとしても、この短い期間で、しかも同じ公園でどちらも関係者に大野巧がいるのは気にかかった。偶然だとは、どうしても思えなかった。

しかし、自分の勘でどうこう出来るものでは無いと理解もしていた。

気にはなるが、あくまでも憶測だ。

だが、その疑念を更に強める出来事が起きていた。

先日、管内で起きたひったくり事件。

この資料に目を通した時、貴司はぎょっとした。

犯人を確保したのは大野巧だったのだ。

犯人確保と、やっている事は、素晴らしい事ではあるのだが、

彼はあまりにも多くの事件に関与している。

漫画やドラマでは、主人公が行く先々で事件に関わって、

その事件を解決するが現実でそんな事が起こり得る確率は、

ものすごくものすごく低い。

ほとんどの人は事件とは関りを持つことなく生涯を終えるのだ。

それが三度も起これば、それは異常なのだ。

本来、警察は組織であり、令状もなしに単独で捜査を進める事はありえない。

だが、貴司は自分の疑念を抑えきれなくなっていた。

気が付くと貴司は妹の大学に足を運んでいた。

妹に大野巧の事を探っている事を気付かれる事は避けたかったが、

大野巧の関係者の一部は楓とも関りがある。

もしかすると今日聞き取りをした人物が楓に話しているかも知れない。

嗅ぎまわる様な事をしたのだから、楓の耳に入れば一生口を効いてもらえないだろう。

思えば、大野巧が初めて家に来た時から、貴司は何か違和感の様なものを感じていた。妹は兄としてとてつもなく可愛いが、大野巧に釣り合っているかと言われれば、そこまでではないだろう。そうなれば妹のどこが気に入ったのだろう。と。

大野巧の交友関係は以前の事件で簡単に調べていたし、

今日、貴司が声をかける相手も決まっていた。

『高瀬航平』と『菊田麻美』この二人に話を聞いて、この疑念が自分の思い過ごしだと分かればそれでいい、そう思っていた。

高瀬航平の話はごくごく普通の人物評だった。

『普通』と言えば聞こえは悪いが、彼と大野巧の関係は概ね良好なのだろう。

高瀬航平の話は大野巧がどれほど良い奴なのか、に終始していた。

問題は菊田麻美の話だ。

二人の話を聞いて、自分の疑念にケリをつけるつもりでいたが、

菊田麻美の話を聞いて『高橋絢』と『青野実』にも話を聞くことに決めた。

高橋絢は木戸政宗と事件前に言い争いをしていたらしい。

木戸政宗殺害事件は新井がすぐに逮捕された事と、新井の自供もあった事から、

形式的な聞き取り調査しかしていない。

その為、捜査資料にもあがってこなかった情報だ。

話を聞いてみないと分からないが、

少なくとも「怨恨」というセンで浮かび上がる人物がいた。

自分の読みは間違ってはいないかも知れない。

青野実は木戸政宗の通夜当日に、大野巧を呼び出していたらしい。

菊田麻美の話では、青野実の態度は決して好意的では無かったにもかかわらず、

二人で場所を変えて話をしていたらしい。一体なんの話をしたのか興味がある。

現れてすぐに『政宗もあなたに手を合わせて欲しくはないでしょうけど。』と、

大野巧に言っていたという情報も気になる。

3件もの事件の関係者である大野巧を中心に、何か大きな凶事を予感させた。

それと同時に二人の話を聞いて、何かがつかめるかも知れない、という予感もあった。

貴司は聞き取りをまとめたメモを閉じて、部屋の明かりを消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る