第4話 発覚

 太陽はすっかり沈み、踊り場の小さな照明が、初花さんの表情を微かに浮かび上がらせる。吹き付ける秋の夜風は、僕たちの体温を少しずつ奪っていた。

 僕は「これ着なよ」とブレザーを彼女の肩に掛ける。初花さんは「ありがとう」と僕の肩に頭を預けた。

 もちろんこれは僕の妄想の一部だ。

 そんな男前な事は、死んでもできない。

 第一、夏服でブレザーなんか着てないし──。

 だから、妥協案として、

「もうじき二時間だけど、そろそろ帰ろうよ。寒くなってきたし」

 と初花さんに進言してみた。

「二時間も中で何してるのかしらね」

 腕組みした彼女は、なんだかイライラしている。

「恋人同士、会話が盛り上がってるんじゃない」

 僕たちとは違って──そう付け加えるのは止めておいた。

「やっぱり恋人なのかしら」

「そうでしょ」

「随分、年上の彼氏なのね」

「初花さんも彼氏は年上方がいいの?」

「別に私は好きになれば、年齢は関係ないわよ」

 とりあえず第一選考突破だった。

「でも、なんか同級生が社会人と付き合っていて、学校帰りにホテルへ行くなんて、僕とは住んでいる世界が違うって感じがするよ」

「私だって!」

「でも、ちょっと憧れるかも」

「──そうね」

「初花さんは、これから放課後は何かやるの? あ、別にホテル行こうって訳じゃないから、部活とか、バイトとかの話」

 慌てる僕に、彼女は笑顔を見せてくれた。

「そうだな、運動は嫌いじゃないけど、運動部には興味ないかも」

「僕も運動は苦手で」

「田名部君、部活やってないの?」

「僕は帰宅部だよ」

「じゃあ、いつも暇なんだね」

 と初花さんはニヤリと笑っていた。


 この二時間張り込んでいて、一つ気付いたことがある。

 ホテルに入っていく女性に、濃いオーラが多く、ホテルから出てくる女性は、オーラが消えてる人が多かった。

 このことは、初花さんには黙っていたが、僕の中でオーラの正体が、なんとなく結論付けられようとしていた。

 そんなことを考えていると、やっと真田さんたちがホテルから出てきた。

「出て来たわ」と反応する彼女の横で、僕はやっぱりなと確信した。それは、真田さんのオーラが消えていたからだった。

「さあ、尾行再開よ」

 僕の腕を引っ張る初花さんに「ちょっと待ってよ」と引き留めてから、

「オーラの正体がわかったかもしれない」

 と僕は告げた。

「どういうこと?」

 彼女は、興味津々といった感じだ。

「さっきから、ホテルに入る女性はオーラが濃くて、出てきた女性はオーラがなくなっていることが多いんだ」

「だから?」

 彼女は答えを急かす。

「僕が見てるオーラは女性の……あの……性欲? なんじゃないかな」

「性欲って、あの性欲?」

 彼女の目が点になる。

「そう、あの性欲」

「まさかあー」

 初花さんは正に信じられないという表情だった。

「でも、そうとしか思えないんだけど……」

「じゃあ、私のオーラも見えてるの?」

「初花さんは──」

「イヤー、見ないでよ、変態!」

 大声を上げた初花さんは、両手で胸を隠していた。

 別に、僕に透視能力があるわけじゃないのに。

「あなたそんな目で女の人を見てるの? 気持ち悪い、あー気持ち悪い」

 彼女の表情は、ゴミ虫を見るようだ。

「誤解だよ」と近付く僕に、初花さんは「近寄らないで!」と叫んだ。

 と同時に、彼女は女の子では見慣れないポーズをする。

 それは、ファイティングポーズ、基本通り、しっかり脇が閉まっていた。

 僕が見惚れる間もなく、彼女の右ストレートが飛んでくる。

 それは僕の左頬を目掛け、最短距離を突き抜ける。

 バコォン──。

 その衝撃に顎が跳ね上げられ、僕の体は後ろへよろめいた。

 左頬に激痛が走る。

「イッテェ!」

 もう訳が判らない。

 ヒステリックになった彼女は、

「見ないでって言ってるでしょ! それ以上近寄らないでよ」

 と叫んだ後、最後に、

「童貞のクセに!!」

 と捨て台詞を残して、階段を駆け下りていった。

 カンカンカンカン、という足音だけが響いてくる。

 その音を聞きながら、僕は呆然と立ち尽くしていた。

 殴られた頬が夜風に染みる。

 どうやら、僕は告白することなく、問答無用で振られたらしい。


『才能が邪魔をすることだってある』

 僕は一つ教訓を得ることができた。 

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