第3話 尾行

 駅で私服に着替えた真田さんは、駅ビルの入り口に一人で立っていた。

「なんか大人っぽいな」

 僕の女性ファッション評は、大人っぽい、かわいい、エロいの三つだけだった。     

「田名部君はあんなのが好きなんだあ」

 隣の初花さんが、毒のある言い方をしたので、

「制服姿とギャップがあるなってことだよ」

 と僕はフォローした。

「これからデートなのかな?」

「さあ、援交かも。彼女、何気に良いモノ持ってるし」

「そんなことまで観察してるんだ」

「当たり前でしょ」

「彼女が援交なんて、学校じゃ真面目だよ」

「分からないわよ、人なんて」

 初花さんは少し寂しそうな顔をした。

「待ち合わせみたいね」

 そう判断した初花捜査官は、マックで見張ることを提案した僕を無視して、無理やりビルの隙間に連れ込んで、

「やっぱり張り込みは、こうでなくちゃ。あと『アンパン』とか『牛乳』とかって、ベタなこと言わないでね。メガネ叩き割るわよ」

 と無邪気に笑っていた。

 先に教えてくれてありがとう──僕は心の中で感謝した。


 初花さんは真剣な顔で張り込みを開始する。

 その後、二人の間に会話が一切なくなった。

 何か話そうと、共通の話題を探してみたが、出会って二日目では、砂漠でオアシスを見つけるより難しい。

 十分ほどで、待ち合わせの相手が現れる。

 相手は、スーツを着た二十代後半ぐらいの男だ。

「彼氏とも援交相手とも見えるわね」

 初花捜査官が推理する。

 僕の推理では、真田さんの表情から、彼氏で間違いなかったが、口に出すのは止めておこう。

「ところで、今、彼女のオーラはどうなってるの?」

「別に変化ないけど」

「そう……とにかく追いかけるわよ」

 僕たちは尾行を再開した。


 真田さんたちは、コンビニで買い物をした後、仲良さそうに歩いている。

 引っ越してきたばかりの初花さんは「どこへ行くのかしら?」と何も分かっていなかったが、この道をまっすぐ行くと、そこはラブホテル街しかなかった。

 このまま尾行を続けて、彼女とラブホテル街へ行ってもいいのか?

 誰かに見られたらなんて言い訳すればいいのか?

 僕は余計な心配をする一方で、もしかしたら、社会科見学的なノリで、一緒に入ることもあったりする? そんな訳ねーよ! と、くだらない妄想をしていた。

「あの建物に入って行ったわ」

 彼女が指差す建物は、思った通りラブホテルだった。

「見失わないように走るわよ」

「ちょっと待ってよ」

 僕は駆け出そうとする初花さんの腕を掴んだ。

「何よ!」

「あそこがどこか知ってるの?」

「知らないけど」

「あそこはラブホテルだよ」

「え! ラブホテルって、普通お城みたいな外見じゃないの?」

「最近はあんまり見ないけど」

「そうなんだ……」

「知らなかったの?」

「そんなわけないでしょ。知ってたわよ!」

 明らかに動揺している初花さんに、

「これからどうする?」

 と、捜査方針の確認をした。

「とりあえず、出てくるまで待とう」

「マジで!」

「すぐ出てくるでしょ」

「すぐって、どれぐらいだと思ってる?」

「パパッと済ませりゃ、十五分ぐらいでしょ」

 十五分って、テトリスやってるわけじゃないんだけど。

「初花さんは、大体十五分ぐらいなの?」

「な、何、言ってるのよ。一般論でしょ」

 一般論って、もし〇n〇nの特集に、そんなことが書いてあったら、ほとんどの女性に大反論されるだろう。

「じゃあ初花さんの場合は?」

「私のことはどうでもいいのよ。そんなことより、張り込む場所を探すわよ」

 初花さんは、真っ赤な顔を隠すように、僕に背中を向けた。


 僕たちは、ホテルの入り口が見える場所──雑居ビルの非常階段から、真田さんが出てくるまで張り込むことにした。

 一階と二階の途中にある踊り場は、僕たち以外に誰もいない。

 初花さんは、さっきコンビニで買ってきたジュースを飲んでいる。それを見て、僕は安上がりな放課後デートになったな、と安心していた。

 人気のない場所に二人きり。階段から見える空は、赤く染まり始めている。

 完璧なシチュエーション。

 これでキスをしないのは、ある意味失礼ではないのか? と勘違いしてしまう程だった。

「初花さんて、彼氏いるの?」

 普段なら絶対訊かないようなことを訊いたのは、この雰囲気の後押しがあったから。

「何でそんなこと訊くの?」

「初花さんぐらいかわいかったら、彼氏ぐらいいるのかなと思って」

「いないよ、別にかわいくもないし」

「そんなことないよ」

「──ありがとう」

 夕日に染まる彼女の横顔は、これまで以上にかわいく感じられた。

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