第3話 マッスル勇者伝
筋肉魔法という謎のワードに思わず慄いてしまった大統領、だが筋肉をまるで自分の身体のように愛でている大統領としては興味を多分に惹かれてやまない。
そんな心境を察したのだろう、魔王は筋肉魔法について解説を始める。
「説明しよう! 筋肉魔法とは、体内の
魔王が右の手ひらを翳すと、そこの空間が揺らぎ始めた。その揺らぎは次第に形となり、一本の瓶となった。
中には黄色い液体が入っている。
「それは?」
「
「あぁ、味はどんなものだ?」
「
「
グビっと
二つの火球はどんどん大きくなり、最終的に二つが一つに合わさって100メートルを越すサイズと化した。
「いくぞ大統領!!」
「面白い! 私に筋肉魔法の威力を見せてくれ!!」
「望むところだ!!」
発射、火球は真っ直ぐ大統領の真上から降りてくる。無論逃げる事はしない、大統領は一度深く腰を沈めてから地面を蹴って空へと跳ぶ、その際クレーターが出来上がったが今更気にすることもない。
空中にて大統領は拳を火球に向けて放つ。間合いに火球が入っていないため傍目には空振りにみえるが、実際は拳から発せられる拳圧によって火球を押し殺していたのだ。
「これでは足りぬか」
続けて二度三度と拳圧をぶつけ、そして火球は花火のように弾けて消えた。
着地してから魔王を見上げると、既に魔王は次の行動に移っていた。
「さすがにあれだけでは終わらぬと思っていた!」
右の人差し指を掲げると、空に小さな雨雲が出来上がってそこから雷が落ちた。雷を指で受けた魔王は、そのまま指を中継点として雷を大統領へ飛ばした。
「これは防げるか!? 名付けてブレークサンダー!」
「なんてグレートな攻撃だ!」
生憎着地した直後だったので回避行動に移れない大統領は雷をそのまま全身に受ける。
「ぬぅぅぅぅ」
普通の人なら即死間違いなしの電気を身体に浴びた大統領はただ耐えるのみ。
程なくして雷は止み、そこには身体から煙を上げて佇む大統領がいた。
「勝った、面白い勝負だったぞ大統領」
動かぬ大統領を見てほくそ笑む魔王。
「……フン、勝ち誇るのは早い」
「なに?」
ほくそ笑んでいたのは魔王だけではない、ダメージを受けた大統領もまた不敵に微笑んでいたのだ。
「ぬかったな魔王、筋肉は脳からの電気信号を受けて活発に可動する。つまり貴様の雷は私の筋肉を活性化させたにすぎん!! それと今朝寝違えて傷んだ首が治ったから感謝する!!」
「なんだとぉぉぉぉぉお!!!!!」
不覚、魔王の攻撃は確かに普通の人間ならば即死させられただろう。しかしある程度筋トレした者には逆効果となったのだ。
実際ボディビルダーは死刑用の電気椅子で自らの筋肉を活性化させている。
「更に筋肉魔法も理解した!
乳酸とは急激な運動によって筋肉が生み出した物、つまりそれを更に消費する事で筋肉魔法は発現するのだ。
「原理がわかれば再現も可能。こうか?」
あっさりと、そうあっさりと大統領は手のひらに火球を出現させた。
「この短時間でもう! なんという男だ! 貴様ただの人間ではないな、何者だ!?」
大統領は地面を蹴って魔王の目の前へと距離を詰める。そして火球を右手に纏い、さしづめ炎の拳を魔王へうちはなった。
「最初から言っている……私は! 大統領だあああ!!」
魔王はその拳をガードするものの、大統領は驚異的な筋力でガードごと魔王を地面に叩きつけた。
衝撃で周囲に地震が発生し地割れが起こる。
最早立ち上がる気力もない魔王の元にまで地割れがはしり、魔王は奈落へと落ちていった。
「何故」
落ちていったのだが、咄嗟に大統領が地割れに飛び込んで魔王の手を掴んだおかげで辛うじて転落死だけは免れた。
地上まで引き上げて一息つく。
「何故死なせてくれなかった。あのまま死ねれば貴様は勇者として称えられて世界は一つになったやもしれぬのに」
「ならんさ」
軽く否定した。魔王はそもそも必要悪を演じて戦争を止めようとしていた、その悪が消えれば必然と世界は纏まると思ってこれまで活動してきたのに、それを否定したのだ。
「残念だが戦争を止めた程度で平和にはならん、貧富、飢餓、疫病、争いのタネは尽きる事がない。
所詮人には荷が勝ちすぎるのだ」
「ならば俺はどうすれば」
「知らん、知っていれば私が既に実行している」
「それもそうか」
「そうだ。しかしそれでも、貴様が人々に僅かな平穏を与えた事は価値のある事だ。今一度その広背筋で世界を飛び回って考えるがいい」
大統領は魔王に背を向けて歩き出す。最早ここには用がないと言わんばかりに。
「どこへ行く?」
「さっき山の方で人の大群がこちらへ行軍しているのが見えた。さっきお前が言っていた連盟とやらの軍団だろう、私はこれから彼等に魔王を殺したと伝えるつもりだ。貴様はその間に逃げるがいい」
「まて、大統領」
力なく呼び止める魔王だが、しばらくはまともに動けそうにない。諦めて空を見上げ、そして小さく呟いた。
「負けたよ」
――――――――――――――
「止まれ!」
大統領が大群の前に出た時、先頭にいた人物が剣を抜いて呼び止めた。
言われた通りに止まり、それからしばらくして隊長らしき人物が現れた。
大群はそれぞれ簡素な胸当てとメットを装備しており、軽装を意識してるためか露出が多い、また腰に直剣を差している。その中で隊長は他の兵士よりも露出が少なく、装飾も施されている。
「あなたがこの大群の代表か?」
「そうだ、荒野の方からお前がこちらへ来てるのが見えて出迎えた」
「それは御丁寧に」
「察するに勇者だな?」
「違う、と言いたいが魔王もそう言っていたからおそらくそうなのだろう」
「魔王だと!」
途端、ザワザワと兵士達の間に動揺が走る。
それだけ彼等の間で魔王とは大きな存在なのだろう。
「安心したまえ、魔王は既に滅んだ」
と言えば兵士から「おお」と感嘆の声が上がった。
安堵したのだろうか。
「それは勇者一人でか?」
「そうだ」
「そうか」
何か思うところがあるのだろう、隊長は深く考え込む素振りを見せながら兵士達の中へと戻っていく、それから不意に振り替えって声高々に叫んだ。
「皆の者! この男を殺せ!」
「なに?」
「魔王を単独で倒したなどと、脅威でしかない! 疲弊してる今のうちに始末する!」
命令を受けて直ぐ兵士達は剣を抜いて臨戦態勢へと移った。ほとんど迷いがなかったため練度の高さを伺える。
「ふぅ、やれやれ。先程魔王に争いのタネ云々言っておいて私がそうなってしまうとは、まだまだ未熟だな」
「何を言っている」
「よかろう、ちょうどクールダウンしたかったところだ。相手してやろう」
「ここには10万人の軍勢がいるのだぞ!」
「たかが10万ぽっちで私を倒せると思うなよ!」
大統領は覚えたての筋肉魔法で拳から炎を発生させる。
「せっかくだ、今の間だけ、魔王を名乗らせてもらう」
5分後、そこには10万人を圧倒する新たな魔王の姿があった。
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