第5話 10^32日
クオンが交通事故に遭ってから約三十穣年が経過しました。
トワとクオンは宇宙のあらゆる場所を飛び回りながら暮らしています。
最近は、宇宙を満たしていた星間物質も使い尽くされ、新しく星が生まれることはなくなりました。
先日まで輝いていた恒星も、白色矮星や中性子星、ブラックホールに姿を変えてしまっています。
宇宙は真っ暗な空間になりました。
ふたりは可視光を捨て、電波を通して宇宙を眺めながら暇をつぶしていました。
冷え切った天体やブラックホールは、輝かなくとも電波を発しているのです。
色とりどりの星々とはいきませんが、宇宙背景放射の絶妙なグラデーションはどれだけ見ても見飽きません。
雲の形を何かに見立てて遊ぶのと同じように、電波の強弱を別の何かに例える遊びがトワとクオンの間で流行りました。
そんなある日、トワは異変を察知しました。
巨大な重力波です。
しかも感知できる重力波の間隔はどんどん短くなっていきます。
――トワ。どうしたんだろう、これ。
クオンも不安になります。
トワは様々な電波を駆使して原因を突き止めました。
超巨大ブラックホールです。
銀河団全体に散らばっていたブラックホールや白色矮星、中性子星が一か所に集まり、超巨大ブラックホールを形成していたのです。
その質量はざっと、太陽質量の百兆倍はあります。
なお悪いことがありました。
この超巨大ブラックホール以外の天体が観測できないのです。
三十穣年という長い時間をかけて、宇宙は膨張し続けてきました。
宇宙が膨張するということは、局所的な視点で考えると天体どうしの距離が離れていくということです。
その距離が膨大になると、ハッブル=ルメートルの法則からもわかるとおり、天体どうしが離れていく速度は光速を超えます。
すると、遠くの天体が観測できなくなってしまうのです。
現在の宇宙は、例の超巨大ブラックホールの隣にある天体すら観測できないほど膨張していました。
このままだと、ブラックホールひとつしか観測できなくなり、宇宙背景放射すらどんどん弱くなっていくかもしれません。
トワは、ブラックホールに突入する決意を固めました。
宇宙が本当の意味で真っ暗になるくらいなら、ブラックホールの中にいるほうがまだいいでしょう。
――トワ。楽しいかな?
トワの返事は決まっています。
ブラックホールの中だろうと、超重力だろうと、クオンはクオンで、トワの大切な幼馴染なのです。
――クオンといっしょなら楽しいよ。
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