第4話 10^12日

 クオンが交通事故に遭ってから約三十億年が経過しました。


 トワとクオン、ふたりの体は無数の金属球に分かれ、太陽系の中を飛び交いながら資源を採取する生活を送っていました。

 太陽系を実質支配したふたりですが、さすがに太陽は高温かつ巨大すぎて、すっぽり覆うだけの体を作るには資材が足りませんでした。


 そもそも、太陽そのものを手中に収めるつもりはありません。

 各惑星の位置で受け取れる太陽放射が十分なエネルギーを供給してくれるのもありますが、最大の理由は太陽の最期にありました。


 あと三十億年もすれば、太陽は赤色巨星の段階を経て膨張します。

 太陽系の岩石惑星は飲み込まれ、高温のガスのなかで蒸発するでしょう。

 その後、太陽は白色矮星となり太陽放射も弱まってしまいます。


 どちらにせよ、ふたりがいま生活基盤としている太陽系はいずれなくなってしまうのです。

 太陽の効率的な利用方法を考えるよりも、太陽系の外へ出る方法を模索したほうが確実で効率的だといえるでしょう。


 とはいえ現在の生活様式を系外惑星にまで拡大することは非常に困難であると言わざるをえません。

 最も近い恒星でも光の速度で数年かかります。

 もちろん金属球の体だと光速度移動はできないので、数十年単位の旅を覚悟する必要があるでしょう。

 その間エネルギーや物資の補給は期待できません。

 加えて、それほどの大冒険を完遂したところで、到着した先に快適な生活環境が存在するとも限りません。


 物理的な系外探査は危険なのです。

 トワとクオンの目的は、生き延びることなのですから。


 ふたりはまた、自らの姿を変える決意を固めます。

 エネルギーや物資がなくとも維持できる姿とはどんなものでしょう。


 量子です。

 複数の量子をエンタングル状態に置けば、秩序を保ったまま自我を保存できます。

 作り上げた秩序同士をさらにエンタングル状態に置けば、互いの意思疎通も可能です。


 太陽系内にある物資やエネルギーを総動員して、トワとクオンは地球の中に巨大な研究施設を作りました。

 量子コンピューターや量子力学をさらに発展させ続けること十数億年。

 ふたりは自分を量子状態へと変換させることに成功しました。


 さっそく太陽系の外へと飛び立っていきます。

 量子ですので、光ほどとはいかなくともかなりの速度が出せます。

 ということは、移動時間もさほど気になりません。

 相対性理論によれば高速で移動する物体は時間が周囲に比べゆっくりと流れますから。


 ふたりは宇宙のどこへでも行けるのです。


 ――トワ。どこへ行く?


 もはや声は出せませんがトワの返事は決まっています。

 量子の姿だろうと、エンタングル状態だろうと、クオンはクオンで、トワの大切な幼馴染なのです。


 ――クオンといっしょならどこへでも。

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