第2話 10^4日

 クオンが交通事故に遭ってから約三十年が経過しました。

 彼女の入っているコンピューターは何度か代替えをし、最新の機種になっていました。


「トワも、すっかりおばあちゃんになっちゃったね」


 声はいくらか低くなり、年相応の老いを感じさせました。

 画面に映るクオンの顔にもしわが目立ちます。

 プログラミングの計算によって、老いが完璧にシミュレートされています。


「だんだん数値が悪くなってきたよ」


 トワはすっかりやつれた指で診断表を取り出しました。

 画面の中のクオン以上にトワは年老いました。

 頬はやつれ、髪はすっかり薄くなり、肌の色もくすんでいます。


 それもそのはずでした。

 トワは癌にかかっていました。

 ステージこそまだ初期段階ですが、診断を受けた以上、予断を許しません。

 この三十年間、ちょっとした傷や内臓へのダメージ、遺伝子のコピーエラーが長い年月をかけて確実にトワの生身の体を蝕みました。


 一方で、電子の人間であるクオンは病気になりません。

 不調があればスキャンと復元を行い、最悪コンピューターのハードウェアごと取り換えれば元通りです。


 三十年という月日がどんな意味を持つのか。

 生身の人間と電子の人間では差がありすぎました。

 このままでは、その差がどんどん広がってしまいます。


 トワは決断します。

 自分も機械の体に生まれ変わろう。

 治療を受けながら、許される限りの時間を研究開発に注ぎました。


「トワが、ロボットになるの?」

「人間の体はやっぱり限界があるからね。自分で動けるようになっておかないと、責任もとれないし」

「じゃあ、わたしもロボットに入れてほしい。ずっと面倒かけてばっかりは嫌だし」


 トワの返事は決まっています。

 ロボットの中だろうと、鋼の体だろうと、クオンはクオンで、トワの大切な幼馴染なのです。


「いっしょにロボットになろうか。クオン」

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