エターナルフォース百合バース
多架橋衛
第1話 10^1日
トワは、職場を飛び出しました。
息せき切って走りました。
幼馴染のクオンが、車に撥ねられたらしいのです。
倒れこむようにクオンのもとへたどり着きましたが、手術中でした。
待合室では、クオンのご両親が真っ白な顔でトワを迎え入れてくれました。
トワは朝食べたあんぱんを吐きそうになって、椅子の上に縮こまりました。
手術は日が変わるころ終わりました。
ですが、その甲斐もなくクオンは息を引き取りました。
耐えられるはずがありません。
ほんの数日前までいっしょだった幼馴染が、急に遠くへ行ってしまったのですから。
もう一度、クオンと話したい。
事故でクオンの人生が奪われるなんて嫌だ。
ですが、大丈夫なのです。
トワは脳神経の研究者でした。
死者の脳神経を解析して、亡くなってしまった人格を再構築する装置を開発していました。
機械はまだ実験途中ですが、クオンは研究に理解を示していました。
万が一己の身に何かがあったときは、自ら検体となることも申し出ていました。
トワはクオンの遺体を引き取り、職場へ運びこみました。
防腐処理ももちろん忘れていません。
何十本ものコードが伸びたキャップをクオンの頭に装着すると、まるでメドューサのようです。
トワが機械のスイッチを入れると、キャップを通してクオンの脳神経に微弱な電気が流れます。
この電流を投影することによって、クオンの脳内をマッピングし、プログラム上で人格が再現できるという寸法です。
脳内のマッピングが完了するまでは、十日かかりました。
「ア……ア……アレ、ワタシ、ドウシタノ……?」
コンピュータのスピーカーから機械音声が流れます。
声色のためか、会話もぎこちなく聞こえます。
「起きた? 気分はどう、クオン」
「ナンダカ、ヘンナ、カンジ……マックラダシ、フワフワスルシ……」
「ちょっと待ってね。いま機械の調整するから」
「キカイ……?」
トワがマウス片手にコンソールの目盛を動かしていきます。
最後に、ウェブカメラのスイッチも入れました。
「あ、トワ!」
カメラ越しに、クオンがトワのことを見つけたようです。
画面に映るクオンの視線がこちらを向きます。
声の調子も悪くなく、ほとんど生前のままでした。
「よかった。うまくいった」
「ここ、トワの研究室だよね」
「うん。覚えてるかな。落ち着いて聞いてほしいんだけど――」
プログラミングで再現しているとはいえ、人格は人格。
感情が昂ぶり過ぎると肉体同様異変をきたしてしまう恐れがありました。
トワはじっくり、言い聞かせるように話しました。
クオンが交通事故で一度死んでしまったこと。
生前の約束通り、実験の検体になってもらったこと。
実験は成功し、クオンの人格が再構築されたこと。
「そっかー、わたしはパソコンの中の人になっちゃったんだ」
「嫌だった?」
「ううん、嫌じゃない。だけど……」
「だけど?」
トワは聞き返します。
クオンの口ぶりは平静そのものでしたが、さすがにどきりとしました。
環境が変わるストレスは小さいものではありません。
生身の人間から、電子の人間に変わればなおさらです。
クオンが何か不安に思っていても当然なのです。
「責任とってよね。トワ」
女どうしでいうことじゃないだろうと思いつつも、クオンはもはや電子の存在なので、よくわからないトワでした。
ですが、トワの返事は決まっています。
コンピューターの中だろうと、電子の存在だろうと、クオンはクオンで、トワの大切な幼馴染なのです。
「ずっと面倒見るよ。クオン」
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