第8話 中央領滞在七日目~九日目



 中央領に来てから七日目。

 ムラネコがアスウェルから手紙を預かってきたようだった。


 あの子ネコウは、未利が言った通り時折り遊びにいってるらしい。


 よこされた手紙には「さびしい」と書かれていた。

 昨日は会いに行かなかったからだろう。

 

 なんだか兎みたいだと思った。

 記憶喪失が本当ならば、仕方のないことだろうが。


 仕方がないから、姫乃達と合流して、会いに行くことになった。

 ついでなのでその途中で、買い物をすることになったのだが。


 コウモリのブローチを購入したメリルが、「そういえば」と明日の予定について話題を振ってきた。


 露店の店主にお金を渡したメリルは、さっそくどこに着けようか悩んでいる。


「あの元解説くるみたいですねー」

「はい、姫乃さん達は……漆黒の刃について調べるために、明日アルノドさんを呼ぶと言っていました」

「見張りは誰になるのやらです。あっちもこっちも人手が足りないからなぁ」

「鈴音さんらしいです。メリルさんは面識ありましたか?」


 胸元に良い位置を見つけたのだろう。

 そこにコウモリをとめらせたメリルが、人差し指をこめかみにつけた。 


「いちおー、知ってます。啓区さんに気がある人」

「何の話ですか?」


 該当する人物がいたようだが、初耳な情報も一緒に出てきた。


「あれ? 知らないんですかっ、実はですねー」


 その流れでなぜか恋バナになっていると、先ほど話題に出した人物の姿が目に入った。


 くせ毛でこげ茶色の髪をした少年、アスウェルだ。


 それを見つけたメリルが眉を逆立てる。


「何で外出てるの! 散々出るなって言ったのに。やっぱり、あやしいです! とうとう本性を現しましたよあの不審者」

「落ち着いて下さいメリルさん。記憶喪失で長時間放置されていたら誰だって、外に出たくもなります」

「そ、それはそうかもしれませんけど……」


 メリルは、膨らませようとした怒気が良き場を失ってしぼんでいく。

 疑う事は悪い事ではないが、どうも気合が入りすぎている所がある。

 新米兵士として城に入ったらいきなり大きな仕事を割り振られたのだ。緊張しているだろうから仕方のない事ではるが。


 とりあえずはまず、アスウェルに話を聞くことにした。


 キョロキョロしながら辺りをみまわしている彼に声をかけた。


「アスウェルさん、どうして外に出たんですか」


 こちらに気が付いた彼はほっとした様子を見せて、すぐにメリルのようにしぼんでいった。


「……悪かった」

「謝ってほしいわけではありません、理由を聞かせて下さい」

「嫌な予感がして。それで」

「……今は、残りの買い物をしてから、宿に帰りましょう。送っていきます」


 詳しく聞きたいところだが、今色々な事を話すと不安がらせるだけだろう。

 メリルに小さくつぶやいて、今後のことについて聞いた。


「これで良いですよね」

「あ、はい。あの人、もしかしたら記憶を取り戻しかけてるんでしょうか」

「今の段階では何とも」


 そうしたらアスウェルはどうするのだろうか。

 再び自分達の敵に回るだろうか。


 その後。姫乃達と合流して、アスウェルに話を聞いたが、実りのある内容ではなかった。





 中央領に来てから、八日目。


 姫乃達は、新たに転移してくる者達を迎えに行くために、町の外に出かけたようだ。

 未利達は、休憩時間にアスウェルの様子見るため、外へ出た。


 その際、いつも通る道で、気になる人形館をみつけた。


 古びた店だ。

 小さくてさびれている。


 立ち止まって、目を閉じると、胸に吸い込んだ空気に違和感。


「ここから臭いがします」

「においですか?」


 同じように立ち止まるメリルは困惑するしかない。

 彼女にはこの違和感を感じ取れないのだろう。


「ウーガナや、アスウェルさんの臭いだと思います」

「そうなんですか?」

「調べてみても良いですか?」


 メリルは悩んだが、最終的には頷いた。


 用心しながら、人形館の中へと入る。


 そう広くはないだろう。

 内部は、区切られたスペースが三区画ほどしかない。


 古びた建材でできた人形館の中には、様々な人形が展示されていた。


 西洋風っぽい人形や、和風っぽい人形。


 子供が遊ぶミニチュア人形まで、種類やサイズが様々。


「何か、不気味みですねぇ」


 室内は薄暗くて、窓がない。

 たてつけが悪いのか、隙間風が吹いていた。


 評価できるのは、申し訳程度の飾り石。

 壁に、明かりの石がかざられているが、全体的に暗かった。


 今いる区画を見るだけで精一杯の明かりだ。


「ボク、本でこういうの見たことあります」

「エアロさんが貸してくださる本ですね」

「「恐怖小説」」


 言った傍から、明かりの石が一つ消えた。


 メリルは即座に言わなきゃよかったという顔になった。

 おそらく未利もそんな顔になっている。


 一番奥まで見ていくと、意外にも人がいる事がわかった。


「うーん、なんでこんなにお客さんいるんでしょうね」

「珍しいものでも飾っているのではないでしょうか」


 ドールコレクターでもない自分達には分からない事だったが、どこにでもその手のマイナーな趣味を持つ人間はいるものだ。


 けれど、その店に居並んだ者達はただの一般人に見える。

 とても、特殊な趣味を持つ人間達には見えなかった。


「……不自然な人の集まり。どこかでこんなことが」


 あったような。


 と思い起そうとするが、その思考が結果を算出することはなかった。


「あっ、あいつ。アルノド。何であいつもいるの!」

「どこですか?」


 なぜなら、人形館の中にアルノドの姿があったからだ。

 向こうはこちらに気が付いていないようだ。


 不穏なピースばかりが集まって、警戒が一段階あがる。


 姫乃達の姿はない。


 状況の不自然さを怪しんで、いったん外に出ようかと思ったが。


 次の瞬間、一斉に人形館の明かりが消えた。


「っ!」

「レインちゃん。ボクから離れないでください」


 いきなり明かりが消えたからだろう。

 周囲の人たちはパニックを起こしているようだ。


「その声、メリルだよな。姫乃様達みなかったか!」


 そんな中で、聞きなれた声が耳に届いた。


「カリバン? 聞きたい事は色々あるけど後にするよ。見なかった! アルノドなんで出歩いてんの?」

「こっちも色々あったんだ! これどういう状況なんだ!?」

「こっちが聞きたいよ!」


 新米コンビ二人は頭を抱えたい気分なんだろう。

 暗闇の中、落ち着きのない様子で辺りをうかがっている。


 こういった状況では、事前に訓練していないとなかなか適切な行動をとれない。

 五感の一つをつぶされるだけで、人はパニックになれるのだ。


「二人とも落ち着いてください。人の話し声以外になにか変わった音は聞こえますか」

「いいや、人の悲鳴以外は聞こえないな」

「ですね」


 じっとしながら少し待ってみるが、明かりが復活することはない。


 これはただの事故なのだろうか。

 わねであったとしても、暗闇の中何かするつもりがないのだろうか。


「メリルさん、明かりをつけても良いですか?」

「ん、ちょっと待って。こんなところで、身ばれまずい」


 魔力をつかって明かりをともそうかと思ったがメリルに却下された。


 そうこうしているうちに、何かが起こっったようだ。


「うわぁぁぁ!」


 男性の悲鳴だ。

 近くい板誰かが叫び声をあげて、床に倒れる音がする。


「だ、誰だ! 来るな! 助けてくれ!」


 ここまでの事が起きたら躊躇などしてられない。


「メリル、レイン! これ、誰かが襲われてるんじゃ」

「つけますよ」

「仕方ないです。レインちゃん、お願いします」


 身バレの可能性を心配するのは今を切り抜けてからだ。


 魔力を矢の形にして、光らせた。


 すると、ぼんやりと部屋の中の様子が見えてきた。


 悲鳴を上げた男性なのだろう。

 床に人が倒れている。

 血を流していた。

 見覚えのある長い剣で刺されて。


 記憶をさぐりながらも、男性の前に膝をつく。

 行使するのは治癒魔法だ。


「治療します。二人とも周囲への警戒お願いします」

「わ、わかった」

「りょうかいです」


 男性の怪我に手をかざして、癒しのイメージを強く思い描く。

 治癒魔法をかけると、白い光が辺りを照らした。


 そうしているうちに、落ち着きを取り戻した新米達が場をまとめにかかる。


「みんな、おちついてくれ。この人は俺達が治療する。怪我をしたらいけないから、ひと塊になって動くんだ」

「真っ先に入り口に走っていきたい気持ちはわかるけど、どこに危険があるのか分からないよ。冷静になって、辺りにおかしなところがないか確認して」


 こういう非常事態の時は、自分の身分を明かして行動した方が良い。

 自分より強くて偉い人が存在すると、危機に対する不安感をある程度抑える事ができる。

 立場や権力の有用性は、こういう時に生きるものだ。


 しかし、それがなくても二人はうまくパニックをおさえているようだ。


「その人の様子はどう? レインちゃん」

「幸い、傷は浅いようです。もうすぐ終わります」

「ん、よかった。誰か、この人かつげる人いる?」


 メリルが、近くにいたガタイのよさそうな男性を見つけて指名、「じゃあ、そっちのお兄さんにお願いしよっかな」と怪我した男性を預けた。


「それじゃ皆、お店から出るよ」


 ここまでのやり取りの中で、従業員が口を挟んできた様子はない。


 この場には客しかいないようだ。


 真っ先に逃げたのか、元からいなかったのか、それとも黙って紛れているのか。


 未利達は、風矢の明かりをたよりにしながら、入口へと向かう。


 だが、お店の扉は「何だこれ、開かねぇ」「簡単には出られないみたいですね」カギがかかってるようだった。


 ディークやメリルが交代に確かめるが、開かなかった。


「これは、結界とかそういう魔法じゃないと思う。手応え的に、頑丈に閉じられてるだけだな」


 そのセリフを聞いた一般人達が一様に不安そうな表情になる。

 なので未利は仕方なく、最後尾でこそこそしているアルノドに声をかけた。


 とりあえずは敵ではない。

 震えているので、本気で怖がっているように見えた。


「そこの人。あけてください」

「き、貴様、この状況で俺に命令するか!」

「一緒にここで死にたいんですか」


 ホラー耐性が低いらしいその男はあっさり根をあげたようだ。


「背中をさすなよ」


 そういって扉に近づいてきた。


 メリルとディークが「うぇぇぇー」という顔でアルノドの背中を見つめるが、がまんしてもらうしかない。


「レインちゃん。いいんですか。あの人あれですよ」

「そうだぜ、あいつあれだし」

「私も、あれはぜんぜんよくありません。でもこうする以外にいい方法がないのでは?」

「おい、あれこれうるさいぞ、外野。気が散るだまってろ」


 好き放題いってたら、あれから罵声が飛んできた。

 が、震え声だったので迫力がない。


 アルノドは、時折りあたりをきにしながらも、持っていたらしい針金で鍵穴をいじっている。


 待つ事数分。

 その間。じりじりと時間がすぎていった。







 アルノドの鍵開け待ちをしている中で、唐突に客の一人が動いた。


「メリル!」

「っ!」


 その動きに対処したのはメリルだ。

 彼女は組み伏せた。

 だが、二人目が動く。


「なっ、レイン危ない!」


 しかしそいつの狙いは、魔法の矢だったようだ。


 こぶしが矢にかすめる。

 それで集中が途切れたからだろう。

 未利が手にしていた風の矢が、掻き消えて霧散していく。


 同時にあたりが暗闇に包まれる。

 消えゆく明かりが照らす中、襲い掛かってきた二人目の腕が壊れて、床に金属片をばらまくのが分かった。


 人々から悲鳴が上がる。

 アルノドもなぜか女声で悲鳴をあげた。


「みんな、落ち着いてくれ!」

「レインちゃん!」

「灯します!」


 混乱を鎮めるためにすぐに魔法を行使。


 再び室内を照らす。


 するとそこには


「ぃ――!」


 こちらに向かって手を伸ばす何十体もの人形の姿があった。


 衝撃的な光景を見て、気が弱いお客の数人が失神したようだ。


 介抱役の人が一機に増えた。


 視線の先、立ち止まった人形は動かない。

 だが、このままで終わるはずがない……。


 きっと、まだ何かしかけてくる。


「何この恐怖小説展開! ちょっと、アルノド! まだ!?」

「むりむりむり! こんな状況で集中できるわけないでしょぉ!」

「つっかえない! カリバンはお客さんを守って、私は人形を調べる!」

「お、おう!」


 それからの数十秒はかなり長かった。


 だが、悪戦苦闘の末アルノドがやったようだ。


「くそ、牢屋で鍵開けの技術があるなんて自慢しなければこんな事には……あいたわよ!」


 いつもの口調を忘れて叫ぶ。


 そして、長く見る事のなかった陽の光があふれた。


 扉が開けられたのだ。


 これで、出られる。

 そう思ったときに、既視感が湧いた。


 にたような事が前にあった。


 脳裏に思い出すのは、軽いトラウマだ。

 

 これでやっと。


 屋敷に軟禁されていた時そう思ったのだ。


 なら、今のそれは……。


「っ」「嘘だろ」「きゃっ」「ちょ、まだ何か」


 直後、未利達は唐突に開いた穴に足をすくわれて、地下へと落下した。



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