第9話 秘密の地下通路
地下に落ちる寸前、名前を呼ぶ声がした。
誰かが私の手をつかもうとしていたような気がする。
目を覚ますと、未利達は別の場所にいた。
薄暗い地下だ。
レンガ製の横穴が二方向に続いている。
火を入れたら、こんがり焼き魚になれそうな場所だ。
店にできた穴からかなり落下したが、怪我はない。
下にクッションがあったので、助かったのだろう。
体をうけとめたのは、ふわふわのマットレス。
誰かが落ちてくる事を前提として敷かれていたとしか思えない。
無駄に、触り心地が良い。
誰かが最近行き来する予定があったのか、自分達を行き来させたかったのかは分からない。
自分達を受け止めたマットレスにあちこち土埃はついているが、摩耗した様子はない。
放置されていたもので偶然命拾い、という線はこれで消えたわけだ、
一足起きて辺りをうかがっていただろうメリルが、声をかけてくる。
「目が覚めました?」
差し出された手を掴む。
身を起こし、マットレスの上からどきながら、辺りに視線をむける。
一般の者達も気が付いたようだ。
人形に襲われた男性以外で、負傷している人間はいない。
「他の方達は?」
「ん、無事みたいだよ」
アルノド加えて一般人達も、問題なく起き上がって、あちこちに視線を向けている。
数メートル先をうかがってきていたらしいディークが戻ってきた。
「お、起きたみたいだな! 良かったぜ!」
表情を明るくする彼に、メリルがさっそく問いかける。
通路の先は薄暗くて見通せない。
この先に何があるのか、少しでも情報がほしいところだ。
「カリバン、どんな感じだった?」
「うーん。どっかの地下ってくらいしか分かんなかった。小さい部屋はいくつかあるけど、カギがかかってたし」
「はぁ、ここどこなんだろう。それが分からない事にはうかつに動けない。アルノド、あんたは何か知ってるの?」
出来る事ならば聞きたくないけど。
そんな内心が見て取れる表情で、メリルは牢屋に入っていた人物に尋ねる。
「ここは、漆黒の刃のアジトでもあり、聖堂教の暗部領域だ」
「ふーん、素直に喋るんだね」
「どうせ一人では出られない。それに俺は、処分対象だからな」
思った以上に、相手の口は軽かった。
仕事で失敗して、敵(こちら)の捕虜となった自分の将来を悲観しているのだろう。
励ましてやる道理も義理もないので、そのまま落ち込んでいてもらう事にした。
しかし、ここが漆黒の刃のアジトというのなら、姫乃達に連絡をいれるべきだろう。
未利はチャット画面を開いて、文字を打ち込もうとしたのだが。
「連絡できません」
だが、連絡できなかった。
何度か試してみたが駄目だ。
システムの不具合だろうか?
動きはするが、入力できない。
「ええー。困りましたね。これからどうしよう」
「とりあえず、進んでいくしかないんじゃないか。ここでじっとしててもしょうがないし。上に呼びかけても何の反応もないし」
とりあえずここに留まっていても仕方がない事は分かっている。
状況を打開するために、前に進むことにした。
通路を進んでいる間に、新米兵士レイン=未利説が浮上してアルノドが混乱していたが、些末な事なので脇に置いておく。
美術通路
地下道の両脇には、様々な美術品が並んでいた。
どれも華々しい品ばかりだ。
新米二人がいちいち文句に忙しい。
「何これぇ趣味わーっるっ!」
「俺にもこれよくわかんねぇな」
おそらく空気を明るくするためだろう。
状況に流されるしかない一般人達がいるため、彼らのケアをしながら進まなければならない。
パニックで予期せぬ行動をとられたら、足元をすくわれる可能性がある。
しかし、目に入れる美術品の趣味の悪さが際立つ。
真面目な方向にもっていった思考は、一秒で引き戻された。
一体どんな趣味の人間が飾っているのか。
すべてが全力で華美さを主張しているので調和がとれていない。
自己満足のためにあるような場所だった。
宝石をごてごて張り付けた彫刻。
金の絵の具で塗りたくられた絵画。
これを並べた物は、お金をかけれたものならば、センスなんてどうでもいいと思ってそうだ。
まだクロフトの町にあった、美術品の方が個性やら主張が調和していた。
地下通路にはこのような理解に苦しむ区画が多いので、後に報告するにしても大幅に尺を省略していこうと思う。
姫乃達に言う際は、ほどよくマイルドに、要点だけかいつまんでおこう。
ショーウィンドウの部屋
悪趣味な通路から十数分歩いてたどり着いたのは、ガラスで作られた部屋がいくつもある部屋だ。
モデルルームでも飾ってあるのかと思った。
一つ一つテーマが違うらしいが、お金がかけられた内装なのは全てに共通していた。
大滝をイメージした、青系の内装の部屋に、燃え滾る炎をイメージした赤系の内装の部屋。
そんなシンプルな部屋もあれば、流線型の家具が並んだにテーマ不明の部屋や、者が極端に少ない部屋などもある。
それぞれの部屋には、一人ずつ女性や男性が入っている。
いずれも美形だった。
反吐が出そうだ。
一つ一つにいちいち視線を向けていたら、冷静さを欠いてしまうかもしれない。
ショーウィンドウのガラスをこんこんと叩いてみるが、部屋の主は身動き一つしない。
「人がいますね」
「ですね。でも、何にも反応しないですよね。気が付いていないみたいです」
メリルやディークが手を振ったり、声をかけても、相手は何も反応を返してこない。
こちらの事が向こうの部屋に見えていないというわけではないだろう。
ショーウィンドウの中にあるガラスの姿見には、こちらの姿が映っているのだから。
部屋の人間は茫然自失としいった様子で、身動きせずベッドの淵に腰かけたり、椅子に腰かけたり、または寝具で眠っていたりしている。
人形かと思ったが、目をこらすと呼吸している事がわかったので、たぶん人間のはず。
こんな光景には、なぜか心当たりがあった。
「メリルさん、彼女達はおそらく美術品なんですよ」
「美術品ですか?」
「なんだそれ? どういう意味なんだ?」
メリルは顔をしかめてみせた。
首をかしげるディークの方は、純粋なのだろう。
説明が必要とみて、言葉を口にしていく。
「生きている人間の、ですよ。自由を奪って、自分の好きなように飾り立てるのが趣味みたいですね」
こちらの言葉を聞いた彼が、「うわ……」鳥肌を立てる。
おぞ気を感じているディークは、頭をぶるぶる降ってこらえるようなしぐさ。
じっと大人しくしていた一般人達も、顔を青くしている。
この部屋の彼女・彼達を助け出してあげたい所だが、それはおそらく無理だろう。
「この人達、助ける事はできないのか?」
「バカリバン、自分から動く意思がない人をつれていくのは難しいよ。できればつれていってあげたいけどね」
「そっか」
後で、助けるつもりではあるが、それはいつになるのか。
出来る限り早くここから脱出したい所ではあるが。
検閲部屋
気分を悪くするしかないショーウィンドウの部屋から出た後、真っすぐ地下道を進んだ。
すると数十分後に、分厚い隔壁に突き当たった。
ノブがいくつもくっついている。
隅には、電子パネルのようなものまであった。
ぜんぶがアタリだとは思わないので、知識がある人間に任せた方がよいだろう。
元白金騎士団とやらの男に視線を向けると、「言われなくても分かっている」という顔で前に出た。
彼は、あたりのノブをひねったり、電子パネルをいじったりしている。
しかし、操作を進める彼は気が進まない様子だ。
それはこちらに協力しなければならないから、ではないらしい。
「この先に進むつもりなら、戦う事を覚悟した方がいい」
珍しくそう、アルノドが忠告してくる。
メリルが「どういう風の吹き回し」と尋ねると、振り返らずに固い声で答える。
「俺だって死にたくないからな」
鬼門な相手としては、相当厄介な存在であるようだ。
アルノドは、ここに常駐している人間がいる事を伝える。
侵入者あり、の知らせを各所に放ったり、防衛をするための人員だ。
「この先には、漆黒の刃のメンバーがいる。エイミィ・トラバースだ。大前提として、あいつは協調性がないから、俺達が味方か敵かしか確かめない。だが逆に、そこさえ騙せればいい。だがあいつは人の心を読む。いや、嘘を見抜くことができるからだ。些細な行動、視線、言葉も偽れない」
額から汗を流すアルノドは、嘘をついているようには見えない。
ただならぬ様子のアルノドをみて、一緒にただならぬ感じになっているディークがつばを飲み込んだ。
「そいつ、そんなに強いのか?」
「単体ではそれほどではない。だか奴はここのつくりを熟知している。どんなことをしでかすか。イア様……組織の実力者も、この施設の管理で一目おいているくらいだからな」
敵対するのは何としても避けるべき、である事は伝わった。
嘘が通じない相手を誤魔化す。その方法はある意味、あまり歓迎したくない方法だが。一つだけこの場面を好転させるカギがある。
ならば、使わないまま放っておく道理はない。状況打開のために、アルノドへ質問していく。
「その人が嘘を確かめる相手、ここを通る人ぜんいんですか?」
「いや、一人。安全策をとって最大で二人までだ」
「貴方はそれを何とかする方法を一つも思いつかないんですか?」
「……」
「あるんですね」
尋問でカギはそろった。
「なら、分かりました。私の記憶を改ざんしてください」
「「「はぁ?」」」
重なった言葉は三人分。
アルノド、メリル。そしてディークの分だ。
シュナイデル城攻防戦の最中、氷裏に利用されて城内にポイ捨てされたアルノドには、再び人の記憶を書き換える力があるらしい。
姫乃達の監視をすりぬけて人形店に来た事には、その力が関与してそうだが、今は脇においておくしかなかった。
アルノドが持つそれを使えば、事態の打開は容易だろう。
案の定、メリルとディークがアルノドを問い詰めようと前のめりになるが、それを手で制する。
「今は力を合わせないと、ここを突破できません」
アルノドは、おそらく姫乃達を害していないのだろうから。
これまでの言動を見て、そう確信する。
「いやでも、レイン。それは」
「駄目ですよ。レインちゃん。そんな事やったって知ったら、姫乃様達が悲しみますよ」
「それしか方法がないのであれば、仕方がありません。私も謝りますので、メリルさん達も一緒に謝ってください」
「謝らない方法で頑張ろうよ!?」
予想通りこんな風に五分くらいもめたが、最終的には未利の案が通る事になった。
たまに「信じられん」とか「バカなのか、それとも何か考えがあるのか」とかアルノドが言っていたが全て無視した。
隔壁の向こうに進んで、ふてくされた顔をしていた人物、エイミィ・トラバースの鑑定を誤魔化したのは、それから数分後の事だ。
「いつまでこんな穴ぐらでつまらない仕事してなきゃいけないんかね」とかぶつぶつ言って、集中力も消滅気味だったので、安全策をとらなくてもよかったような気がしたが。
ともかく、難所は抜けた。
「偽浄化能力者、貴様というやつは……」
「何ですか? 負け犬女声さん」
「まけ……おん……っ! くっ、あの腹ぐろ大陸女さえいなければ、その頭をひらいて隅までのぞきこんでやるものを!」
「一矢報いる事ができたようで何よりです」
「ほめてないわよ! はぁ、なんなのあんた。意味わかんない生物よ!」
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