第10話 因縁




 私が復讐するなら、その行為を誰にも譲るつもりはない。

 もし、復讐するのであれば、誰かにゆだねたりせず全て自分で行うだろう。





 転移台


 そんなこんながあった後に、たどり着いた終着点。

 そこで待ち構えていたのは、老師と呼ばれる男だった。

 上質そいうな白いローブを着ていて、木製の杖を持っている。


 侵入者あり、の知らせを受けて待ち構えていたのだろう。

 大穴が開いたにしては、のんびりすぎる行動だが。


 しかし、誘い込んだというわけではないようだった。


 こちらの言動や行動を見ていたらしく「予期できぬ接触だが、まあまあ合格点の行動か」と述べた。


 そんな老人を見て、顔をゆがめるのがアルノドだ。


「やはり老師、あなたがここにいたのか」


 複雑な感情をどうぶつけて良いのか分からないといった様子のアルノドは、見つめた人物から視線をそらした。


 そんな男の姿を見た老人は、鼻で笑うしぐさだ。


「アルノドか、久しいな。恩をあだで返しに来るとは」

「俺は、あなたの道具ではない。あなたの見せかけの善意に返す恩などどこにもない」

「ふん」


 気に食わないといった様子でアルノドから視線をはずした老人は、こちらを見回して問いかける。


「侵入者というのはお前達の事だな。例の部屋に入った事もしれておるわ。我々の道具を持ち出そうとする盗人めが」


 その言葉に一番に反応したのは、ディークだ。


「人間を道具扱いするな! あの人達をひどい目に合わせたのはお前か」


 ショーウィンドーが並ぶ部屋でショックを受けていた彼にとっては、許されざる言動だったのだろう。


 一歩前に出たところで、メリルに抑えられている。


 しかし対面する老人は、それがどうしたという反応。


「ふん、あれらをどこから拾ってきたか知らないからそんな言動ができるのだ。私は使えない人間に活躍の場を与えてやっただけだ。何をそんなに憤るか。この社会に何の利益ももたらさない弱者しかここには連れてきていないぞ」

「そんなのおかしいだろ。弱者とか強者ってなんだよ!」


 さらに逆上しそうになるディークだが、メリルがなだめ方を心得ていたようだ。


「落ち着いてディーク、気持ちは分かるけどあいつのペースに乗せられちゃだめ。確かにあいつをぼこぼこにしてやりたいけど、まだ手の内が分からない」

「うっ、だけど」

「そんなんだから、ディークはハイネルさんには遠く及ばないんだよ」

「くそっ」


 弱点を突かれたらしいディークの勢いがみるみる消失していく。

 そのまま彼等には大人しくしていてもらおう。


「それで、どうするつもりなんですか。私達を待ち構えていた貴方は。だから、直々にこの目で力量をはかるとでも言うるもりですか?」


 未利の言葉を聞いた老人は、「話が分かる奴もいるではないか」と言って杖のようなものを掲げた。


「分かるような人間はいてはならないと思います」


 こちらの話が通じてしまった事こそが、良くない事だ。

 とりあえず、ただで通してくれるわけではないと分かったのを、無理やりに収穫とするしかない。


「話はこれで済んだだろう。ならまず誰から私には向かってくる。全員を一度に相手してやっても良いがな」

「俺がやる」


 しかし、そこで前に出たのはアルノドだ。


 老人と対面するアルノドは、硬い表情で相手をにらみつける。


「こいつは俺が倒さなければならない人間だ。だから他の人間には譲らんぞ。貴様らにとっても利があるだろう」

「確かに、あんたなんてつぶれちゃってもいいから、賛成だけど。アルノド、あんたで勝てるの?」

「……」


 勝敗は五分五分か、アルノド不利と言った所だろう。

 強がっている所だけが良い点だ。


 とりあえず、流れ弾に当たらないように、状況に流されるしかない一般人を退避させておく。


「皆さんは下がっていてください「


 老人に向き合うアルノドは、懐から短剣を取り出した。


 獲物としては心もとない。


 こちらの話がまとまるのを待っていたらしい老人は、アルノドの姿を眺めて目を細める。

 どちらかというと悪い意味で。


「ふん、お前が相手。前哨戦としては、まあまあだろう。こい」

「いわれなくとも」


 アルノドは、侮られているらしい。


 老人はさっそく、杖をふりかざした。

 すると、猛烈な風が吹き荒れる。


 風が地下空洞の空気を拡販して、わずかな土埃が舞い踊る。

 空気の渦の中心では、生死をかけた戦いが始まっていた。


 アルノドどは、自分を切り裂こうとするその風から逃れるように左へ疾走。


 しかし、老人が杖をふった。


「逃げるだけでは倒せぬぞ。炎よ、はぜろ」


 そこに、炎の攻撃が襲いかかる。


 どうやら、魔法の攻撃を放つ際は、杖を使った動作がカギになるようだ。


 そこまで分かっているのか分からないが、アルノドはなんとか老人に近づこうとしている。


 アルノドが疾走する軌跡をたどる様に、先ほどまでいた場所で炎の爆発が起きた。


 一瞬でも足を止めていれば、炎に飲み込まれていただろう。


 けれど、アルノドはそのまま全力疾走してまっすぐ、ではなく周りこむように老人の背後へ向かう。


 老人は、視線だけ動かしてそれを冷静に眺めていた。


「水よ、濁流となって押し流せ」


 背後に顔を向ける事もない。


 アルノドの足を救おうとするように、地面をはって大量の水が襲い掛かった。


 アルノドは、その水を避けるために、中空へ飛びあがる。


 そして壁を伝って、灯りをともしている燭台へ足をかけた。


 その勢いを殺さないまま、老人に向かって跳躍。


「水よ、割れろ!」


 そして、一言。


 足元を流れていた水が左右に割れて、道ができた。


 敵の魔法に干渉した、という事だろう。


 そこでようやく老人が、顔色を変える。


「ふむ、成長したようだな」


 地面に着地したアルノドは、そのまま老師へ向かう。


「ふん、こざかしい。雷「それろ!」撃よ」


 接近し続けるアルノドを多少の脅威に感じたのか、老人は顔をゆがめて雷撃の魔法を放とうとする。


 そちらに顔を向けて、しっかりと狙いを定めて。

 しかし、詠唱を口にするがほぼ同時にアルノドも言葉を放った。


 結果、老師の杖の先端から放たれた雷撃は。アルノドの方ではなく、真横に飛んでいった。


「くっ」

「ぉぉぉおおおっ!」


 すぐ近くまで接近したアルノドは、老人が反射的に突き出した杖を手でつかみ、はらいのけ、そしてその顔をぶん殴った。


「うぐぉっ」


 たった一発で、華奢な老体が吹き飛ばされていく。


 それだけで強敵ムーブをかましていた、威厳は完全に吹き飛んだ。


 数秒したけれど、動かない。


 あっけなかった。

 アルノドは、勝ったようだ。


「俺は成長したんですよ。なにもできないまま貴方に騙されていたあの頃の俺ではない」


 アルノドは、息をついて振り返った。


 それを見たディークとメリルがぽかんとした様子で口を開けている。


「勝っちまった。っていうか、何が起こってたんだ? 今の」

「魔法の行使を邪魔していたように見えたね。啓区様の無効化技とは違って、方向性を変える感じの」

「変わった事が出来るんだな」


 ともあれ、これで障害が払われた。

 後は転移台を使ってここから出ていくだけだ。


 しかし、


 また敵の耐久性は尽きていないようだった。


「許さぬ、許さぬぞ。アルノド。誰がお前を育ててやったと思っている」

「老師、まだ起き上がるか」


 老人は杖を手にして、その場に立ち上がった。


 その瞳は憎しみに燃えている。


「私に歯向かうのか、誰が弱者であるお前を司教見習いに推薦してやったと思っている」

「それは全部、あなたの為だっただろう。あなたは俺を利用した。俺の気持ちを利用した。なら、恨みを抱かれてやり返される事くらい考えておくべきだ、違わないのか」


 そして、当人たちしかわからないやりとりを始めるので、ついていけない。


「偉そうに! 口答えするな! このっ! 私が恵んでやらねば、食べるものも、着るものも、住む場所も何一つ得られなかったくせに」

「だろうな。知っている。だから俺は貴方を本気で尊敬していたし、あなたに騙された」

「元から無意味に尽きる命。なら、その命の全て私に差し出すのが道理だろう、私が拾った命だ、私が自由に使って何が悪い」


 彼らのやり取りはまるで分からない。

 だが、分からないなりに、分かる物も存在している。


 老師と呼ばれる人間の言動には、同じ人間の事を何とも思っていない、そうした感情がありありと現れていた。


 弱い者。

 社会に貢献できない者。

 老人にとって、それらの人達は、ただの利用できる便利な道具としか映っていないのだろう。


 アルノドは顔をゆがめていた。


「老師、それに関しては、俺から貴方に言える事はない。俺はもうただの被害者ではないのだから」


 アルノド達が言いあいをしている中で、脇ではこぶしをふるわせるディークをおさえるメリル。

 だから、その代わり未利をとどめる人間は誰もいなかったのだろう。


「レイン?」

「レインちゃん?」


 その老人に近づいていった未利は、杖を奪い取って殴りつけた。




『アルノド』


 アルノドの復讐はあっけなかった。

 長い間ためこんでいたものを放出したのは一瞬で、こんなものかと思う。


 もっと達成感があると思った。

 それなのに、もやもやとした感情が胸の中にわだかまり続けていた。


 それは、アルノドが白金として生き、イアに忠誠を誓ったからなのか。


 別の可能性を模索していれば、何か違っていたのだろうか。


 そんな最中。


「目の前にごちそうを置かれた。でもとりあげられて、食べられない。貴方は決して、それを食べられない。食べられない程、ごちそうはより美味しく見えますよね」


 レインが近づいてきて、そうつぶやいた。そして、そのまま老師であった人物を殴りつけたのは唐突な出来事だった。


 すでにダメージを受けていた老師は「何をする貴様、がっ……な」避けられない。


 それは一度ではない、二度、三度。


 何度でも繰り返された。


「なんっ。きさっ、ふさげっ、こんなことをしていいと……いいかげっ」

「お、おい、何をやっている貴様、それは俺の獲物だ」


 何が起こっているのか分からないといった顔で呆然として成り行きをそのまま見つめていたが、我に返って声をかける。

 手を止めた彼女が振り返ると、そこには冷たい光が宿っていた。


 元から淡泊だったが、今はより一層だ。


「邪魔しないでください。邪魔です」


 肩の手を払いのけた彼女は、再び老人を殴打し続ける。


 老人はやがて気を失って、ぐったりとし始めた。


 気を失ったとみるや、その襟首をひねる挙げて、頬をはたく。


「起きなさい。眠るな」

「あ……」


 それで、意識を取り戻したら、殴るの繰り返しだ。


 あたりどころが悪かったのか、老人の額が切れた。怪我ができて、結果その血がとんだ。

 返り血を浴びた少女をみて、アルノドが真っ青になる。


「ちょ、あんた。ねぇちょっと、何なのよそれは。どうしたっていうのよ。違うでしょ、色々と」


 自分でも何が言いたいのか分からないから、とりあえずかけてみた声だが、狼狽しすぎて要領を得ない。


 その間も、少女の手は止まらない。

 だれも止められない。

 だからその手を止めたのは、別の人間だった。


 どこからか入り込んだのか、分からない。

 いつからいたのか。


 こげ茶の髪をした、くせ毛の少年だ。

 彼は、未利の腕をつかんでいた。


「やめろ」

「離して下さい、アスウェルさん」


 少年の名前はアスウェルというらしい。

 彼は悲しそうな表情をしている。

 しかし、反対に少女の瞳の感情は一層冷え込んだ。


「やめてくれ」

「なぜですか。貴方には関係ないですよね。一番。関り一つない」

「俺を助けてくれたお前に、そんな事をしてほしくない」

「知りません。それは私の都合じゃありません。どうでも良い事です」


 捕まれた手を振りほどこうとするレイン。

 けれどアスウェルは離さなかった。


「お前が許せない気持ちは分かる。こういう人間が許せないって事ぐらい、分かってる。それでも、やめてくれ」


 自分達の事情で好き勝手を行ったアルノドに介入する義理はないが、巻き込まれる分の露払いはしなければならない。


 思わず身震いした。

 空気がだんだんと変わっていく、変質していくような錯覚。


 両者の間にはおそらく溝がある。そのすれ違いが何かよからぬ悲劇を招く予感がした。


 しかし、どこから介入すれば良いのか分からない。

 アルノドが、この件に関して何かを知るはずもない。最初から何も知らないのだから。


「俺はお前にこんな事で傷ついてほしくない」


 視線の先。アスウェルという少年がうかつな言動をしたとたん、周囲の空気が一、二度下がったような気がした。


 逆鱗に触れたという言葉がぴったりくるような、空気の変化だった。


「アスウェルさん、遅れてしゃしゃり出てきた割には、ずいぶん勝手な事を言うんですね」

「……っ」

「わかってる? 知ってる? 私の何をですか。今来るくらいなら、だったらどうして、もっと早くに来ててくれなかったんですか?」

「それは……」

「今さら来てももう遅いんですよ。間に合わないんですよ。ここで来るくらいなら、どうしてあの時に来てくれなかったんですか。一番苦しかった時にいなかったくせに。ねぇ、どうしてですか。私が傷ついた時、どうして傍にいてくれなかったんですか。そもそもどうして無責任に、自分勝手に逃げたりしたんですか」

「俺は……だって、俺は」

「私がどんな思いでいたか。どんなに貴方を憎く思ったか」

「俺は、分からない、そんな事は。俺は……この世界では」

「私は貴方が大っ嫌いです」


 言葉は津波のようになって、少年を打ちのめした。

 波間から顔を出して息継ぎする暇もない。

 とどめを刺されてしまったようだ。


 ショックを受けたアスウェルは、その場から後ずさって呆然としている。


 一方レインは気が晴れたのか、倒れている老人を放置して、一同を転移台へと促した。


「ここから出ましょう」

「え、っと。はい。そうですね。ディーク行くよ」

「お、おう。そうだな」


 やがて転移台が作動し、景色が変わった。


 アルノドもそれについて行くしかない。

 ここにとどまったところで、何も得るものなどないのだから。


 そして自分達は、転移先で変わり果てた町の姿を見ることになったのだが。


 それは語る事の出来ない話だ。






 END 万華鏡の舞台



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