第3話 修行タイム
今の自分が生きているのは、姫乃達のおかげだ。
命の恩人。
いや、それ以上の存在だろう。
姫乃達は、居場所を作ってくれた。
自分を見て、そばにいてくれて、気にかけてくれた。
だから、自分にできる精いっぱいで彼女たちを守ろうと思う。
そうしないといけない。
だが、彼女達にはあまり心配をかけたくない。
姫乃達もそれぞれ大変な時期(異世界転移してから大変じゃない時などなかったが)なので、自分でできる事はできるだけ自分で解消してしまおうと思った。
中庭
城の補修工事がある程度落ち着いた頃。昼前。
「いっぱい集まったの! 花びらさんたくさんなの!」
なあやディークと共に中庭で進めているのは、花びらを使ったちょっとした実験だ。
花弁は、なあが普通の人間になるために使ったものだ。
普通の人間に、というと語弊がありそうな気がするが、他に適切な言葉が見つからないので仕方がない(なあちゃんの説明でも「あれがこうなって、それそれなの」みたいな感じだから、よく分からないし)。
とにかくなあと顔を合わせている時に、花びらの存在を思い出した未利は、ある事を確かめるために行動していた。それは花びら集めだ。なあに頼み込んで動物たちに協力してもらい、こうしてもらっている。
動物たちが集めたのは、町中に振りつもった花びら。
一旦回収された後、再びこの中庭に振りまかれた花びらは、さわやかな柑橘系のにおいで周囲を華やかにしていた。
花の名前は、ウンディーズ・シトレ。
その名前を聞くと何か引っかかりを覚えたが、違和感は形にならない。
どうにもならないもやもやをわきへと追いやった見利は、動物達が解散していくのを見送ってから、次の行動にうつる。
「んじゃ、やってみるか。なあちゃんびっくりしてこけないでね」
「分かったの! ぴゃってならないようにするの」
「あっ、俺が見ときますから大丈夫だぜ」
なあの良いお返事と、ディークの張り切った返事を聞いて、目を閉じる。
そして、精神を集中。
手元に魔力で編んだ鍵盤を出現させて、旋律を奏ではじめた。
魔王人の上に立つものに、色々な支援をおくるもの。
今は簡単な疲労回復の魔方陣をチョイスした。
安眠できそうな曲を奏でる。
瞼を閉じているので目には見えないが、おそらく足元には魔方陣が形成されているはず。
「どう? 魔方陣の広がり具合」
その場で見守っているだろう二人に尋ねる。
「花びらぶわってしたとこに広がってるの」
「ああ、花びらがあるとこにしか魔方陣は広がってないみたいだ。だいたい中庭の面積と同じくらいです」
「ふーん、なるほどね」
なあとディークに状況を教えてもらった後、目をあけて魔法をやめる。
小さな実験だったが、大体のことは分かった。
シュナイデル城攻防戦が終わったあと聞いた事なのだが、未利の魔法は町全体に及んでいたらしい。
魔法を行使する時、範囲の指定はしてなかった。できるなら城の全域をカバーできればよし、と予想をつけていただけに、後で実情を聞いた時は驚いたものだ。
結果予想外の場所で他の面々が助けられていたようなので、結果オーライなのだが、自分の実力を改めて把握しておいた方がいいと思っていた。
あの時できた事。それを自分の力だと過信はしない。(やっててもおかしくないような要因が体の中に眠っているが、それは横においといて)
正しく自分の実力を把握するために、原因をはっきりさせておくべきだと思ったのだ。
でないと、姫乃達の足を引っ張りかねないし、きちんと手助けができない。
だから魔方陣ブーストが、自力でやったものなのか他に原因があるのか確かめようと思っての、この結果だ。
攻防戦発生時に町にあった(たぶんこれが原因かなという)要素を、この中庭に再現してみた。
結果は、どうやらあたりのようだ。
地面に降り積もった花びらをつまみあげる。
「なるほど。この花って魔法を伝播させる効果でもあるみたいだね」
遠くでムラネコが風に舞う花びらにじゃれついているのが見えた。
その近くでは、適当な石に腰を下ろして勉強に励んでいるエアロ。(彼女とは最近護衛として一緒にいる事が多いが、四六時中くっついているわけではない。ディークとか城の兵士がいる場合は、自分の事に専念する場合があった)
「ふぅ、これで午前中までにやってきたい事はおおむね消化したか」
細かい事をあげるときりがないが、やるべき事はだいたいすんだ。
特にこれは、お昼休憩に入る前にやっておきたかったので、難なく終わってよかった。
花びらの始末は風でぶわっと集めて、邪魔にならない所に置いておくか、再利用のためにかまくらにしまっておく事にする。(かまくらでの時間経過が分からないので、次出した時に枯れているかもしれないが、そこらへんも込みで実験してみる。氷はとけてた)
「かーまくらさーん。なのっ」
「はい、収納収納」
風でまきあげた花びらを、空間のゆがみへ突撃させる。
それを横から眺めていたディークが、腑に落ちない様子で見つめている。
「未利様って、地味に風の魔法、コントロールすげーよな。でもそれで、武器はつかめないってどういう事なんだ?」
「さあ? 向き不向きってやつじゃないの。弓とか矢が落ちた時は拾えるから不便はしてないけど」
「そういうもんなのかな」
そんなこんなをしていると、中庭にコヨミとグラッソがやってきた。
領主としての仕事にひと段落つけたらしい。それで、リラックスのために憩いの場所に顔を出したようだ。
こちらを見つけたコヨミが表情を明るくする。
「あ、未利ちゃん、なあちゃん。もう終わった? お昼一緒に食べましょう」
手にはバスケット。
中にはたぶんお弁当とお茶セットが入っているのだろう。
特に断る必要もないため、手頃な場所を見つけて一緒にセッティング。
離れた場所で、何かしらの文献を読み込んでいたエアロが寄ってくる。
「ひと段落つきました? 私も手伝います」
今日は啓区や姫乃とはタイミングがあわなかったらしい。
あちらもやる事がたんまりあるので、仕方がない。
今日は未利達が早く終わったが、状況次第ではこちらが遅れる事もある。
修行にサテライトの調整に変装に……午後やる事を頭にうかべながら、コヨミが多めに持ってきてくれたご飯をつまむ事にした。
現星詠台
その日の夜。
何となく眠れなかった未利は、(現)星詠台に移動した。
今日は、よく出没するコヨミはいないようだった。
見張りの兵士に挨拶して通してもらうと、いつも通りの星空が見える。
先客はゼロ。
いや、一匹いた。「みー」となく子ネコウだ。
水礼祭りのあたりからちょくちょくこちらにくっついてくる、子ネコウ……ムラネコ。
ありふれた顔なので、特徴がないところが特徴だった。
足元にすりよってきた子ネコウが、羽をパタつかせて飛翔。こちらに右肩に着地。
あいからずみーみー鳴いているが、翻訳できないので何言ってるのか分からない。
「あんた、いつまでアタシにくっついてるわけ? 飼うとか無理なんだけど」
「みゅ」
だから他の行きたい場所があるなら行けといっているのだが、理解しているのかしてないのか、肩の上でくつろぐだけだった。毛づくろいしてる。
元の世界よりは知能が高くて、しかも羽があるから飛べる。
だが、まだ子ネコウだ。
何かあった時、巻き添えをくったらきっとひとたまりもないだろう。
「怪我でもしたらどうすんの? アタシの傍にいると、色々やばいらしいってことが昼に証明されたばっかりなんだけど」
「みうっ」
得意げな様子で鳴き声をあげる子ネコウ。
そんなのしょうちのすけ、とでも言ってるんだろうか。
いや、ない。
ただの子ネコウがこちらの事情を全部理解できていると思えないので、ただ、鳴き声をあげただけだろう。
ムラネコの事は放っておき、持ってきていた弓を手にする。
標的はうろついてるかもしれないどっかの誰かさんを巻き込まないために、空の星だ。
風を掴んで、形成した矢を手の中に形成。
狙いが定まったら空にはまった。
世闇に吸い込まれていく屋は、天に上る流星となって光り輝いた。
しばらくそんな事を繰り返していると、背後声がかかった。
振り返ると、見慣れた赤毛の少女。
我等がリーダー姫乃だ。
「未利。中庭にいたんだ。たまに夜中いない事があるから、練習してたの?」
「まさか、ただのお遊びみたいなもんだし」
「隠れて、修行してる?」
「別にそういうのじゃないし、姫ちゃんこそどったの? こんな時間に」
「ちょっと、眠る前に気分転換がしたくて」
「ふーん。ひょっとして、あんまりうまくいってなさげ?」
「まあ、そんな感じかな。他の部分はそうでもないんだけど、例のがね」
姫乃がいうのは、おそらく浄化能力の事だろう。
シュナイデル城攻防戦のあと、姫乃が話した前の世界の記憶。
その世界で姫乃は、浄化能力者だったらしい。
だから、できるはずなのにでいないという事を焦っているのだ。
「何がだめなのかなって」
思い悩む姫乃にかけてやれる言葉は、多くない。
未利は人をはげませるほど、器用ではない。
そもそも、普通にコミュニケーションすらとれないのだから。
それでも何かしたくて、言葉をひねりだす。
「だめっていうか、何が違うのかだと思う」
「え?」
「姫ちゃんが駄目なわけないし。だったら前の世界と何が違うかが重要でしょ」
「うーん、そうなのかな。でも慢心はしたくないし。早く使えるようになりたいから」
「だったらなおさらでしょ」
姫乃は肩に力が入りすぎな所がある。
一生懸命な所が彼女の美点だと思うが、無理をし過ぎるのはよくない。
「思い込みで視野狭窄に陥るのもよくない。ちょっとくらい自分は悪くないって思っても良いと思うけど?」
「あはは。ありがとう。ちょっと気が楽になったかな」
苦笑した姫乃。
彼女の力になれたかどうかは、分からない。
だが、先ほどよりは幾分かマシな様子になったと思う。
そんな姫乃がこちらの指を見つめる。
「あ、指。ちょっと切ってるね」
「ん? ほんとだ。風の調節ミスったかも」
姫乃の視線で気付いた。
自分の人差し指に赤い線が走っている。
第三の目を隠すために愛用しはじめたいつものグローブを、はめていなかったからだろう。
怪我を自覚したとたん鈍い痛みが襲ってきた。
けど、顔に出さない。
「まあ、でもちょっとあれすれば治るから平気だし」
右手の患部に向けて、左手をかざす。
集中して魔力を使うと、きれていた傷がくっついていた。
治癒の魔法だ。
ラルドが持ってきた魔石が必要になるが、練習すれば小さな傷くらいはなおせるようになった。
攻防戦の後の修行のたまものだ。
自分に回復魔法の才能があったというのは、かなり驚きだが。
なおった怪我を見つめる姫乃は、まだ心配そうだ。
「消毒くらいはしておいたほうが良かったんじゃないかな」
「んー? 大丈夫なんじゃない。切ったのはただの風だし、鉄とかばっちいもんとかさわったわけじゃないし」
「ならいいけど」
癒しの力、なんてらしくないような気がするけど、意外と周囲からの受けは悪くない。
姫乃などは「未利らしいと思うよ」との評価だった。
「さいきん、身の回りで危ない事とか起きてないよね」
「ぜんぜん。平穏そのもの」
「ちょっと怖いよね」
「あー。逆にね、分かる」
平和な時間の密度が高すぎると、後々に何かとんでもないことが起こるのではないかと、不安になる。
上げて落とされたときの苦痛は、きっといつもの怪我の比ではないからだ。
行きつく先に困難が待ち受けていると分かっているのはまだ良い。
けれど、間違った道に進んでいる事を自覚してない時が最も怖い。
それからは雑談を少ししてから、二人で部屋に戻った。
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