第6話 中央領滞在一日目から三日目



 中央領付近 鋼荒野はがねこうや


 色々な相談を進めた後。

 未利達は一足先に、イフィール達と共に中央領へ行く事になった。

 後に続く形になる姫乃達は別口で中央領に来て、聖堂に直接のりこむ予定だ。


 それで、中央領に行った後は、イフィール達と別れてセルスティー達がいるボア研究所へ向かう。


 ここらで一気に事態の進展・状況の改善を望みたいところだが、おそらく一筋縄ではいかないだろう。


 そういった成り行きで姫乃達から見送られて、城から転移した自分達は一瞬で中央領へたどり着いた。


 乾燥した空気を感じる。

 

「ここに転移するんですね」


 未利達が出現したのは、草木一本生えていない場所だった。

 地面から鉄の柱が何本も突き出ている。


 見た目のインパクトから鋼荒野はがねこうやと名付けられたらしいが、荒野というわりには面積が狭い。


 小さな村一つか、二つ分。

 半時もあれば端から端まで移動できそうな、範囲だった。


「鋼……、安直です」


 こちらの呟きを拾って話しかけてくるのはメリルだ。


 未利の護衛としてついてきた少女。


「まあ、分かりやすさ優先で名前をつけたんでしょうね」

 

 その言葉に反応し、補足するのはイフィール。


 彼女は周囲を見回しながら、時折り目を細めている。


 風に攫われた土が舞った。


「面白い光景だ。こんな状況でなければじっくり見てみたいところだが……」


 彼女の言う通り、できるだけ目立たないように行動しなければならないため、悠長に観光としゃれこむわけにはいかない。


 周囲に人気はないが、どこに人の目があるのか分からないのだ。

 もういいだろ、とばかりウーガナがイフィールの車いすを押すので、歩を進める。

 方向はもちろん中央領に向けて。


 町一つ挟んだ向かいのエリア。鋼荒野がある方とは反対の方向を見ると、小高い丘が見えた。

 町の地理を見て覚えるのには役立ちそうだが、ここには目立ってはいけないメンバーばかりなので、即却下。


 あたりを見回しながら最後尾につくラルドが、今後の行動について述べてくる。


「ふむ、辺りに人の気配はなさそうだよ。こちらが出現したことを見られてはいないだろう。中央都グロリアについた後、私達は宿をとって医術寮に向かうとしよう」


 めんどくさそうな様子で車いすを押しつつ説明を聞いていたウーガナは、それに異論はないようだった。


「俺に文字書いて宿とれって話だろ。けっ、んな事で楽してんじゃねーよ」


 宿をとる際の行動まで細かく決めているらしい。


 メリルも今後の行動計画を話していく。


「ボク達は、ボア研究所に行って、調合士様の協力ですね」

「お互い何事もなくうまくいくことを祈るよ」


 二人がそう会話している間、未利はウーガナに近づいた。

 鼻をならすと、シンク・カットやアスウェルから感じた匂いのようなものを感じる。


 周りの音を意識から切り離して、集中するとそれはより強く感じられる。


 分かったそれをウーガナだけに、事実として伝える。


「やっぱり気のせいじゃない。急激に強くなってる」

「あ?」

「海賊、そしてイフィール、あとラルドも。変な臭いがする。アンタ達、三人まとめて呪われてるんじゃないの?」

「臭い? 何の話だおい」

「さあ。何が原因かは分からない。でも、嫌な感じがしたから伝えとく。本当は、こんなあいまいな情報は伝えない方が良いんだろうけど。ラルドの動向に気を付けた方が良い」


 自分も呪い持ちだから、分かった事は伝えた方が良いと思ったのだ。


 ウーガナが呪われている事は知っている。

 けれど、そのウーガナからする匂いがイフィールやラルドからもするのだ。








 ボア研究所 


 当初の予定通り、中央領に入った後は研究所に向かった。

 そこにセルスティーがいるから、合流するためだ。


 施設は予想していたよりしっかりしていて、大人数が働いていた。

 この研究所は、終止刻からの影響を少なくすることを目的としているから、だろうか。


 世界の危機の前では、立場や権力、思惑など関係ないといった所……だったらよいが。


 ともかくエアロの目からすると、怪しい人間の気配はしなかったようだ。


 中央領に滞在している間、自分達はそこで職員の一人として働くことになっていた。


 研究所の奥へ向かうと、懐かしい赤髪の女性と再会。


 同室にいる者達に時折り指示を出して、資料とにらめっこしていた。


 案内係が部屋の扉を開けると、その彼女が人の気配に気づいて顔をあげた。


 視線を向けてきた彼女は、目をほそめる。


「久しぶりね」

「久しぶりです。元気そうですね」


 そうしてセルスティーと再会した後は、チャットで説明したことをもう一度確認。


 使えるまでに難があるチャットだが、セルスティーはその難をクリアしているらしい。

 遠方から意思疎通する際に、困った事はそれほどなかった。


 合流後は、シュナイデル城にいるヴィンセントも交えて、これからの相談をしていく。


 ただ、研究途中に「居眠りするなよ」とか「つまみ食いはするな」とか注意がとんで来るのが若干うざかったが。

 特に親しくしているわけではないのに、船をこぎはじめたタイミングや、お腹が鳴りそうなタイミングをみはからってくる。しかしだからと言って、惰眠をむさぼるつもりもつまみ食いをするつもりもない。こっちの事を何だと思っているのだろうか。


 大切な研究なのだからしっかりやるにきまっているだろう。


 と、そんな愚痴をこぼせばセルスティーが何か感慨深そうな目になったのが印象的だ。


「師匠、こんなに変わられて」


 以前のヴィンセント像なんてものは知らないが、いったいどんな人物だったのだろう。若干気になった。


 今が「うるさいじっちゃん」なら、以前は「気難しい無口なじっちゃん」とかだったのだろうか。


 暇な時にセルスティーに聞いてみると「色々と内に秘める人だったから」みたいな事を言っていた。


 とにかく、そういうわけで中央領での仕事は、サテライトやチャットの調整。おまけにセルスティーがやっている魔力計測器でのデータ取りの協力だった。







 ボア研究所 客室


 なつかしい顔との体面を済ませた後、当面の滞在先へと向かう。


「こちらがお部屋になります」


 案内がかりに言われて、扉を開ける。


 ボア研究所の建物内には、未利達が寝泊まりできる客室があった。


 急な来客を泊めるための部屋らしい。


 当分はその部屋で世話になる予定なので、しっかりと内装を確認しなければならない。


 案内された部屋にいくと、家具などは必要最低限で、すっからかんだった。

 長らく人が使っていないのだろう、どこか埃っぽい匂いがする。


 部屋の各所をよく見てみると、大きな物が置かれていた場所にあとがついていた。


 客室と言われたが、元は物置だったのかもしれない。もともとは眠れる部屋だったが、急遽人が来るのでスペースを作った、とでも言わんばかりの様相だった。


「部屋の様子、確認しました、ありがとうございます」

「では。何かあったらお気軽に声をかけてくださいね」


 未利は案内してくれた人に礼を言って、まず換気をすることにした。


 と言っても窓がないため、扉を開けっぱなしにして、風の魔法で埃を出すくらいしかできないが。


 部屋に踏み入ったメリルが、ところどころに視線を向けて、顔をしかめる。


「うわー、ナニコレー。ここカビ生えちゃってますよ。湿気とか大変そうですよね」

「雑な物置だったんですね。取り扱いに困らない物ばかり置いてあったんでしょう」


 おいてもらっているのはこちらなので、文句を言うのはほどほどにしておいた方がいいだろう。

 安全に寝泊まりできる場所を確保できただけで十分。


 何週間もいるわけではないので、別に快適性にこだわるつもりはなかった。


「体を休められるならそれで良いと思います」

「でも椅子とかまでないのはさすがに予想外です。余ってるのあったらもらってきましょうよ」

「そうですね。外から帰ってきた後にベッドに腰かけると、衛生的によくないでしょうし」


 一つ改善点が見つかったので、ため息をつきながら部屋を出る。

 その際に、メリルが扉の下に紙きれのようなものを張っていた。


 大きさは、注意してみないと分からないくらい。


「何をしてるんですか?」

「侵入者対策です。誰かここに入った人がいれば分かるようにしたいって思うので、めじるしですね」

「なるほど」

「透明なのがあればいいんですけど、なかなか高価で」

「向こうの世界なら、セロハンテープってのがあるんですが」

「そんな便利なのがあるんですか。へぇー。そっちの世界は興味深い世界なんですね」




 



 翌日。

 その日も、ボア研究所でやる事は、サテライトの調整だった。


 シュナイデル城攻防戦の終盤に置いてぽっと出してしまった衛星は、パソコンでいうところだと、まだシステムが不完全な状態……らしい。


 未利達は、当分顔をつきあわせて(チャットもまざってるが)そこを詰めていかなければならない。


 衛星内部に起動の魔方陣が刻印されているはずだから、その内容をつきつめていく。


 といっても、可視化された数列やら記号やらは宇宙人の言語のようだった。


セルスティー『師匠。ここの経路には数字はどうされますか?』

ヴィンセント『別の所からエネルギーを供給させるか』


 大半がわからないものだった。


 それでも、


レイン『流動体部品に、水を使うとよろしいのでは?』


 なんて意見を知らない間に口にしているのが若干怖いところだが。


 そんな数時間を送って、休憩を挟み。午後からは、計測器の方の手伝い。


 一日のスケジュールはざっとこのようなものだった。


 あてがわれた部屋で一息つく。


 今日は疲れた。


 この調子で進めると、数週間ぐらいでどちらも何とかなりそうだった。

 衛星の調整は短期間で済む、計測器のデータ採取はもう少し時間がかかりそうだが。


 中央領に来てから二日目の夜。

 姫乃達の来訪は四日目の朝になるだろう。


「エアロさんは、うまくやってくれるんでしょうか」

「大丈夫だと思いますよ。先輩はしっかりしてますし。ボクの見立てだと、カリバンより役に立つと思います」

「確かにディークさんは、細かい事が苦手ですからね」


 いつも未利の護衛でくっついていたエアロがいっしょにいると、身バレしてしまうので、今回は姫乃と共に行動している。


 その代わり、向こうのサポートをしっかりしてもらいたいところだが、彼女はたまに感情的になりすぎるところと、人をあげすぎるところがあるので、それが心配だった。


 そう言えば、その点にはメリルも同意のようだ。


「先輩は、たまにすっごく怒りっぽいですもんね。牢屋で町長さんと話してた時だって、相変わらず安い頭してますねって」

「それは私も思います」

「先輩が怒るの無理ないかなぁ。あんな低姿勢な町長さんが例の組織だったなんて、いまだに信じられませんよ。びっくりです」

「右に同じく」


 かわす雑談はとりとめのないものばかりだ。


 城の事や姫の事、漆黒の刃の事など。

 大半は大した話題ではないものだ。

 メリルは気を使ってくれているのだろう。姫乃達と別れて一人で行動しなければいけないこちらの事を。


 そんな雑談の最中。

 気になった事があった。


 初日にどこからか引っ張て来た椅子から立ち、部屋の一区画へ。


 そこには、備え付けのクロゼットがある。


「未利様、どうしたんですか?」


 メリルの声を意識から配して、扉ををあけてみた。

 すると、なぜか風の流れを感じる。


「……?」

「何か見つけたんですか?」


 もっとくわしく風の流れを見たい。

 そう願うと、なぜだかぼんやりと光が見えるようになった。


 その光の行先を視線でおいかけるが……。


「……っ」


 驚くほど言う事をきかなくなった体からふいに力が抜け落ちて、その場に倒れそうになった。


 走り寄ってきたメリルに体を抱き起される。


「大丈夫ですか!」

「平気、です。疲れがたまっていたんでしょう。それより……」


 背中を支えられながら、指をさす。


「ここを、調べてくださいませんか?」

「え? はい。……あ、このクロゼット、しかけが。奥に空間がある」


 メリルがクロゼットの板をどけると、そこには妙な空間があった。

 人ひとりは余裕で入れそうな、壁の中の空間が。


 この後にとるべき行動はすでにしれている。


「メリルさん」


 護衛の方へ視線を向けると、彼女は表情をしかめていた。


「これは、部屋を変えた方が良いですね」


 後で聞いた話によると、もともと広かった部屋を小さく分ける際に、計算違いで壁の中の空間ができてしまったらしい。

 その空間を放っておいたら、誰かが利用していたかもしれないと考えると、ぞっとしてしまう。


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