第5話 千変万化



 クリウロネ 『アルノド』


 アルノドが護衛としてセルスティー達の旅につきそい数日。


 湧水の塔にたどり着いた後、問題が発生した。

 なぜか分からないが、塔の管理者たちに攻撃を受けてしまったのだ。


 それで、アルノドたちはセルスティーを残して罰の場所へ転移してしまった。


 転移先は、世界の果て東端にある島だった。

 そこにあるのは、クロフトという町だ。


 転移の衝撃か姫乃が気を失ってしまったので、アルノドや他の者達はそれぞれ情報収集する事になった。


 終止刻の発生にあわせて、今まさに避難民達が町から出ていくところだったらしい。


「この町はもうじき放棄される町でねぇ」


 緊急時に連れと分断されたのは不幸だったが、すべりこみで人がいる町に転移したのは幸いだっただろう。


 それからも避難民達と話をして、あれこれと情報を仕入れる事になった。


 その後、姫乃が起きたため、最後の準備を終えた避難民達と移動を開始。

 ロングミストという町を目指すことになった。


 が、途中で厄介な事になった。


 霧の発生で足止めされたり、魔獣に襲われたり。


 あげくには建物や草花だけでなく町の住民までもが石になった、そんな町にとじこめられた。


 ふんだりけったりだった。


 陣地を超えた現象にいきあたった時、大抵の人間は泣いたり喚いたりする事があるが、行き過ぎると沈黙を選ぶ場合もある。


「……」

「ええと、アルノドさん。大丈夫ですか?」


 心配した姫乃が話しかけてきたが、


「だ、だいじょうびだ」


 噛んだ。


 石の町にたどり着いた瞬間にしまりのない一幕があった後、集会所のようなところに荷物を置いて、町を探索。


 あちこち調べる事になったのだが、そこでうかつな事に自分の苦手な虫の強襲にあった。


 町の中はすべて石だらけなので、誰かの服にでもくっついていたのだろうか。


「ひぃぃぃっ、毛虫ぃ。いやああああ。ぎゃぁぁぁぁ」


 天井から視線を感じると思ったら、毛むくじゃらな虫と視線があった。

 悲鳴をあげると、それがポトリ。

 頭にくっついた毛虫を泣きながら振り払った。


 肩で息をしていると、子供の視線に見つめられる。


 最初に口を開いたのは、リーダー的な存在姫乃だった。


「アルノドさんって、虫が苦手だったんですね」


 それに続く。子分1と2と3の追い打ち。


「ふーん。あれが素なんだ」

「まー、誰にでも苦手な事はあるよねー。見なかったことにしてあげようかー」

「アルノドさんが泣いちゃってるの。なあ、よしよししてあげなくちゃなの。うんしょ。手が届かないの」


 反応は三者三様だったが、どれも不本意なものばかりだった。


「き、貴様らぁ!」


 セルスティーと合流するまでは依頼は有効だと解釈していたのだが、一瞬放っておこうかと思った。






 その後に、避難民の中に交じっていた少年ラルラの体調に関する問題が発生したが、姫乃の機転で事なきを得た。


 だが、根本的な状況の改善になったわけではない。


 アルノド達は先が見えない中、得体のしれない町で一夜を過ごすことになった。


 眠れない夜中、建物の外にでると外で未利と啓区が話をしていた。


「最近、夜更かししてる回数多すぎ」

「あははー。そうかなー」

「ごまかすな」

「そういってる未利こそ、弓の練習で起きてる事多いよねー」

「ぐっ。なあちゃんあたりに説教させるべきだったか」

「その場合、連れてきた未利も僕と一緒にたぶん怒られてるよねー」


 たまに夜外に出ている事は知っていたが、まさか転移直後もそんな事をしていたとは。


 ここは、見知った地域ではないというのに。


 もう少し、用心するべきだろう。


「一体、いつまで起きているつもりだ」


 そう思って話しかければ、毛虫強襲事件を蒸し返された。


「あ、女声」

「あははー。怖がりさんだ」

「貴様らは、人の地雷を踏まねば話を進められんのか」


 キレそうになるが、こいつらは大体こんな感じなので付き合っていたらきりがない。

 きっとそういう生き物なのだろう。

 いや、少しは姫乃やなあを見習って生きた方がいい。

 いつか絶対その性格で痛い目に合うにきまっているのだ。


 異常時に聞き訳が良くて、なぜか場慣れしているのは助かるが。


 額に青筋を浮かべていると、未利がこちらの様子を眺めながら聞いてくる。


「アンタはいつまでこっちの護衛してんの? セルスティーのやつは旅の間って依頼してたんでしょ?」

「ふん、よく分かっているじゃないか。そうだ、依頼以上の事はしない」

「だったら……」

「だが、旅の間に問題はつきものだ。その問題には柔軟に対応しろと言われている。俺は依頼主に要望に忠実に働くだけ」

「まあ、アンタがそれでいいならいいけどさ」




 その後、紆余曲折あって奇跡と見まがうような出来事を経た避難民達は、色々と持ち直した。


 切り捨てられた存在であることがばれた時はどうなるかと思ったが、全員そろってロングミストにたどりつくことができた。


 しかし、問題はそこで打ち止めではなかった。


 同じ町の者同士で起きた問題が立ちふさがった。


 放っておけばいいものを、姫乃達はその問題へ首をつっこんでいく。


 避難民達の心情をおもんばかるなら、護衛にあたる人間の苦労もおもんばかってほしいところだった。


 しかも、避難民達に肩入れするだけならまだしも、犯罪を犯した連中を助けるために漆黒の刃とかいう危ない連中と事を構えるなど……誰が想像できるものか。


 騒動が落ち着いた後、ロングミストの宿屋で集まって愚痴をこぼす。


「まったく物好きな連中だな。命がいくつあっても足りないぞ」


 しかし、そこは小さな町の宿屋。部屋の広さはたかが知れたものだった。

 だから、聞こえていたらしい姫乃が苦笑をもらした。


「えっと、ごめんなさい。私達のわがままにつきあわせちゃって」


 申し訳なさそうにする姫乃に声をかけるのは未利だ。


「別に姫ちゃんが謝る必要ないでしょ。アタシらと行動するって決断したのはこいつなんだから」

「まー、アルノドさんは、いい大人だしねー」


 確かに彼女達と共に行動すると決めたのは自分だ。

 だがそれにしたって、誰が石の町に閉じ込められたり、亡霊と出くわしたり、犯罪者集団と事を構えたりすることを想像できるのだ。


「あの、セルスティーさんに会えた時は、私から……」

「ああ、もう、真面目にとりあうな。今のはただの愚痴だ。ここでお前達を放り出していったら、いくら何でも寝覚めが悪い」


 腕をくんで憮然としてると態度で示す。

 無茶をする子供を叱ってやるのは、大人の役割だ。

 だから、自分が彼らの行動を肯定してはいけない。


 きっと、ここにかつての師匠がいたら……。


「アルノドさん?」

「何でもない。とにかく無茶はするなよ。俺がセルスティーから金をもらえなくなる。守る方の立場を考えろ」

「そうですよね。分かりました。ごめんなさい……」


 言い過ぎただろうか、と考えて姫乃達の様子をうかがう。

 旬とした様子の赤毛の少女は、もうすでに眠ってしまっている小柄な少女、なあの様子を見ていた。

 寝返りをうった時にずれた布をなおしている。


 大変な旅だが、得たものは多い。


 それを考えれば、少しは甘くしてもいいかもしれない。









 牢屋 『未利』


 いつものスケジュールをこなした後。未利は新米兵士としての姿、兵士の服を着て牢屋に訪れた。

 エアロやディークと共にだ。

 この姿でいる時は、レイン。

 

 エアロ八割、鈴音二割の人格をミッスクした人間だ。


 調整は意外と簡単だった。

 鈴音の割合が大きくなると、うるさい感じになる。

 エアロの割合がおおきくなると、静かになる。


 五割五割がちょうどよさそうだが、それだと個性が出てこないので演じるのに苦労する。


 エアロ八割、鈴音二割か。

 エアロ二割。鈴音二割がチョイスとして妥当な所だろう。


 そんな人格wひっさげた未利がレインとして、とりあえず最初に訪れるのはルーンのところ。


「アテナさんとは話をしましたか」

「……」


 彼は膝を抱えて壁にもたれている。

 寝息が聞こえているので眠っているのだろう。

 話はできないと判断して離れる。


 彼と話す事があったので、少し残念だ。

 特に狂気の効果を考えれば。


 次に訪れたのは、漆黒の刃メンバー達の所。


 最初に反応したのはロザリーだ。


「あら、また来たのね」


 攻防戦の最中、選達に負けた彼女は、己の敗北をたいして気にしていないようだった。

 こちらの会話に一番よく応じている。


 彼女は、黒い髪を指先にからめながら、暇そうにしていた。


「話し相手がいなくて、さみしいのよ」

「確かにねぇ。皆お仕事に忠実すぎるから」


 ロザリーのその言葉にこたえるのは、クルスだ。


 特に脱獄を考えているとかいうそぶりは見えない。


 そうとう暇だったらしい。


 そこに、新たな声。


「ちっ、また来たのか貴様」


 白金とかいう組織のメンバー、アルノドだ。


 攻防戦の前にアレイス邸の周囲をうろちょろしていたらしいが、ラルドにとっつかまって牢屋に入れらた間抜けな人間。

 

 攻防戦の最中に氷裏によって一度連れ出されたらしいが、途中で裏切られたのか城の中で伸びていたところを兵士に発見されて、再度投獄。その際に、記憶を書き換える能力を奪われている。


 アルノドは機嫌悪くこちらをにらむ。


 とりあえず、アルノドの前に行って目的を果たすことにする。


「なっ、なんのようだ」


 うろたえるアルノドはある程度察しているのだろう。

 未利は、ついてきてくれた護衛兵士に声をかけた。


「ディークさん」

「りょーかい」


 うろたえるアルノドに向けて、ディークがつかんでいた虫を投げつけた。


 すると、アルノドは大げさなくらい、投げつけられた者から距離をとった。


「ひぃぃぃっ、何すんのよ!」


 女声になった。


 やられた分やり返すの忘れていたので、これは嫌がらせだ。


「ディークさん。この間外に出た時、美味しいお菓子をもらったので食べますか?」

「えっ、いいのか? さんきゅー。って、匂いすごいな!」


 包みにくるまれていたそれは、買い物をした時にもらったおまけのお菓子だ。

 美味しかったが匂いがすごいので、この時のために食べきらずにとっておいたのだ。


「エアロさんも、どうぞ。おやつにしましょう」

「え、はぁ……。ありがとうございます。すごい匂いですね」


 そのままおやつタイムに突入。

 カオスが作られた。

 食べるのに集中すると、一瞬これが何の光景なのか分からなくなりそうだ。


 牢屋を見回すと、食べ残された食事が目についた。

 罪びとに提供する料理のクオリティがどうなっているのか知らないが、自分たちが食べているほどの質ではないだろう。

 それに量も少ない。


 腹を空かせているだろうアルノドは、ただよってきた匂いに空腹をしげきされたのか、虫を鳴かせていた。


「こ、こいつら……。何しに来た貴様ら! 帰れ!」

「おっ、うまい! 今日のおやつあたりだったぜ!」

「良かったですね」

「話を聞けぇ!」


 その後、情報提供のためにアルノドをおちょくったりしてみた。

 エアロのおかげで、少しの情報は手に入ったが、どうやら挑発しすぎたようだ。


 顔を真っ赤にさせたアルノドは、とうとう黙り込んで会話を拒否してしまった。


 彼らの様子を観察して気が付いた事だが、こちらに敵意はないようだった。


 それどころかたまに組織の事についてしゃべってくる。


 仕事と私情は割り切っているのか、それとも……。






 牢屋から出た後、エアロがため息をついた。


「まったく、物好きにもほどがありますよ」


 その言葉にディークも同意。


「そうだよな。あいつ未利様の記憶書き換えたんだろ? 姫様に対する嫌がらせもしてきたって話だし。俺だったら顔もみたくなくなるぜ」


 彼らの言っていることは分かる。

 だが、だからといって感情にのまれていては力になれない。


「情報が必要だからです。私達には情報が足りません。だから私が出て挑発する。それが一番効率的だと」


 その言葉を聞いたディークが、若干体を引いた。


「どうしてそんなに自分から、えぐい道行きたがるんだよ」

「別に普通では? 姫乃様達も同じようにしますよ」

「そうかなぁ」

「そうでしょうか」


 すると、エアロもディークも揃って首をかしげていた。


 そして、そろって顔を見合わせるのだった。


「ひょっとして、別人……とかじゃないですよね?」

「時々レインが本当に別の人じゃないかと思えてくるぜ」


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