File.19
二人は顔を見合わせて、次に足下に目をやる。
「ここだ! ここを掘るぞ!」
存在すると分かっているものを掘り当てるのは苦ではない。アリシアは朝食前にもかかわらずやる気満々で地面を掘り始めた。ジャックも微力ながら園芸用の小さなスコップで加勢する。
目的のものは地表近くにあったものの、少女の細腕と、それよりも細くて短い猫の腕だけでは掘り出すのに相当の時間を要した。
途中で休憩がてら朝食を取り、日が高くなり始めたあたりで全貌を明らかにすることができた。
艦艇に見られるような分厚い鋼鉄の扉だ。灰色の塗装が剥げた所には錆が浮いており、遠い歳月をうかがわせる。
アリシアは扉中央に突き出たハッチハンドルに手を掛け、渾身の力を込めて回す。
「これ、私の仕事なのかな?」
「当たり前だ。俺の腕力じゃ一世紀経っても開けられん」
思いの外ハンドルは錆びついておらず、油の切れた自転車のような嫌な音を立てて数回転するとロックが外れた。
さすがに扉を持ち上げることは二人がかりでも叶わなかったため、ワイヤーをハンドルに結び付け、もう片方の端をトラクターに。アリシアが牽引して開けた。
中には真っ暗な地下へと続く急な階段があった。ほとんど梯子と言ってもいい角度だが、階段ならばジャックでも昇り降りができる。
「まさか本当にあるなんて……」
トラクターから降りて戻ってきたアリシアが、唖然としながら扉の奥を覗き込む。
自宅の地下に秘密基地などと、今どきB級映画でも見ない展開だ。事実というものは時折想像を超えてくる。
「えっと、中に入るの?」
「なんだ、怖いのか?」
暗闇を指差しながら戸惑い気味に聞いてくるアリシアに、ジャックは意地悪く返す。彼女は馬鹿にされたお返しにわざとらしく怒って否定した。
「別に怖くなんかないって」
「だとしても、最初に入るのは俺一人だ。何があるか分からないからな」
ゴーストやモンスターが潜んでるなどとは思ってないが、まともに吸える空気があるか、環境面での不安は大いにある。二人で入れば共倒れしてしまうのだから、最初に入るのは必然的にジャックだ。
昨晩のやり取りのこともあって、アリシアは素直に納得した。これはこれで張り合いが無くて何だかむずかゆくなる。
ジャックは腰に蛍光色の細い紐を巻き付けた。三百メートル以上はあるそれを、アリシアがリードのように手に持っている。
「もしも三分以上その紐が動かなくなったら、俺のことを引き上げてくれ。くれぐれも中には入るなよ」
「オーケー、文字通り命綱ってわけね」
立場が逆ならこうはいかない。ジャックが先に入るのはこのためでもあった。
「それじゃあ行ってくる」
ジャックは気休めの防塵マスクとLEDライトを手に、ゆっくりと階段を降りていく。猫の目でも完全な暗闇の前には無力だ。日の光が差し込む出入口の周辺以外は何も見えなかった。
慎重に階段を降り切るとライトで辺りを照らしてみる。コンクリートそのままの壁と床に囲まれた狭い空間だ。非常用の出入り口なのか、後から入るために建設会社が急造した空間なのかは判別できないが恐ろしく雑な作りだった。
右を見るとさらに下層へと続く階段を見つけた。
ジャックは入り口からこちらを見下ろしているアリシアに手を振ると、その階段を降りていく。
手持ちのライトだけが唯一の明かりで、腰の紐だけが唯一の外界との繋がりだった。光も音も存在しない空間。
体感で二階分くらい下ったところで、広めの通路に出た。コンクリート剥き出しなのは変わらないが、換気用のダクトや照明用の配線が見受けられる。いずれも劣化し、機能は失っているようだ。
通路と階段は垂直に繋がっていたので左右どちらにも行くことができるものの、両方とも奥の方でカーブしているため先は見えない。
ジャックは左側を選択した。特に理由はない。
一歩踏み出すごとに巻き上げられた砂埃がライトの光に反射する。かなりの期間、静止した空間だったことが確認できる。
あとでシャワールームを借りよう、などと考えながら進み続けると、通路が行き止まりになった。構造上の端というわけではなく、瓦礫をセメントで固めたような明らかに後から人の手が加わったものだ。とは言っても数十年前であろう。
近付いてみるとその手前の壁に扉を見つけた。鋼鉄の頑丈そうなものだが、扉止めでわずかな隙間がある。
だが、それ以上にジャックは扉そのものに釘付けになった。
黄色い三角形をベースに、小さな黒い丸を三つの扇形が囲んだマーク。放射能のシンボルだ。
「なっ!?」
思わず息を呑む。目にする機会は少なくないとはいえ、生理的に嫌悪感を感じる標識だ。今回のような特殊な状況で見かける場合は特に。
必ずしも危険なものと決まったわけじゃない、と判断したジャックはゆっくりと扉の隙間を通り抜けた。閉じ込められたら一巻の終わりなので、しっかりと扉止めは確認する。
部屋は一〇メートル四方はありそうな空間だった。安物の椅子やテーブル、空の段ボール箱など、運び出す価値もないような物が散乱していた。
もぬけの殻だったなら一番良かった。だが、部屋の奥で布を被せられた何かが存在感を発している。中身は横長の直方体がいくつか重ねられているものと推測できた。
詰め寄って、一気に布を引く。数十年分の埃が舞い上がった。
中にあったのは三つの巨大なガンケース。人間が中で横になれそうな棺桶のようにも見える。だが、そんな生易しいものではない、と一目でわかった。
ケースには擦れた文字で中身の型番が記されている。
「M388……デイビークロケットか……」
戦艦の主砲をも凌ぐ銃であり、本来ならばジャックが生まれるよりもずっと前にお役御免してるはずの遺物だ。
歩兵部隊による運用が可能な局地戦用小型核兵器。冷戦の狂気とともに生れ落ち、日の目を見ることなくその役目を終えたはずの代物である。
「どうしてこんなものが!?」
ジャックはライトを口にくわえ、震える手でケースを開く。
中にはRPGを二回りほど大きくしたような太い筒と、羽の付いた黒い弾頭が収まっていた。保存状態が良好なせいで、現時点でも使える、とはっきり分かってしまった。
これなら数百万ドルを支払ってでも手に入れる価値はある。
輸送や発射に途轍もない手間がかかる核ミサイルと違い、こちらは「使える核」だ。需要はかなりあるだろう。
そして、抑止力ではなく破壊のために使われる。
直ちに残り二つのケースも開いた。悪い予想は的中、いずれも発射機構と弾頭のセットが詰められている。
こいつは世に出してはいけないものだ。
ジャックは全速力で通路を駆け戻り、地上まで上った。
息を切らして飛び出してきたジャックに、アリシアは驚いている。
「……何かあったの?」
ジャックは肩を上下させながら、アリシアの方を見上げた。
いつも通りの天真爛漫に多少の思慮を上塗りしたような顔だ。当然ながらジャックが地下で何を見たのかなど、知る由もない。
「……強力な爆弾があった。正確に言うと核兵器だ。起爆の可能性もゼロじゃない」
アリシアに会ってからこれまでで一番の驚きようだった。自宅の地下に核兵器が埋まっているなど、よっぽど想像力豊かな者でなければ受け止め切れる事実ではない。
「核兵器!? やばいじゃん、どうするの?」
どうする、というのはジャックの方が聞きたい質問だ。
ジャック一人の手に負えるものではないのは明らかで、ディアナやドルフの手に渡るなど言語道断。マシューに報告すべきなのだろうが、何か引っかかる。
信頼できる友人に心当たりはあるが、秘密基地に冷戦時の核兵器が残っていた、などというストーリーを信じてもらえるか疑問だ。
確実な手段を取るしかない。
「マシューに連絡する。お前には念のためどこかに避難してもらうことになるかもしれない」
ジャックがそう告げると、アリシアは何か言いたそうにしていたが、言葉を飲み込んで頷いた。
「分かった。終わりまで見ていたかったけど、仕方ないよね。すっぱり諦める」
「すまない」
「なんで謝るのよ。こっちがお礼しなきゃいけないのに」
アリシアは小さく笑いながらジャックの頭をぽんぽんと叩いた。
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