File.18

 翌朝、ジャックとアリシアは早朝から活動を開始していた。

 カーリー家二階の最奥部屋、無人農機制御用のコンピューターが積み上げられた書斎の中、眠たそうに目をこするアリシアの横で、ジャックはパソコンに自らのタブレットを接続し、一心不乱に試行錯誤している。

 昨夜、悩みを吐き出して色々とスッキリした脳味噌がとあるアイデアを思い付いたのだ。


「何なの? こんな朝っぱらから」

「まあ見てろって」


 得意げにタブレットを操作するものの、無情に表示される『アクセス失敗』の文字にジャックは舌打ちする。


「やっぱり制御システムにはパスワードが無いと入れないか……」


 あいにくジャックにクラッキングのスキルは無い。部隊の友人に頼むという考えが一瞬脳裏をよぎったが、面倒事に巻き込む訳のは気が進まなかった。第一連絡先を知らない。

現状打開の策が思わぬところで躓き、ジャックは頭を抱えた。どんなアイデアも実行できなければ存在しないのと同義だ。


「パスワードが知りたいの? 父さんはだいたい『qwertyuiop』に設定してると思うけど」


 ジャックは半信半疑でキーボードの横一列のアルファベットをなぞるように打ち込んだ。

 小気味よい電子音とともにアクセスが承認され、無人農機の様々なステータスが並んだ制御画面が表示される。


「……いいのかこれで。一応エンジニアなんだろ?」

「いいんじゃない? 本気のハッカーに狙われたらどんなパスワードでも意味ないって言ってたし」


 本気じゃないハッカーにも突破されるからマズいんだろ、という言葉をジャックは飲み込んで、タブレットに映し出された制御画面を適当に弄っていく。専門的な単語や項目が多過ぎて理解できないが、体感で何となく操作を身に着けるしかない。

 そして十数分後、ジャックは自身の推理の正しさを確信した。


「いい加減何をしようとしてるか教えてよ」


 アリシアが心の中でガッツポーズしていたジャックの身体を揺さぶる。これでは作業をまともに進められない。

 せっかくの達成感に水を差される形となったが、彼女の言い分ももっともだ。普段、単独行動が多いせいで情報共有の癖がついていなかったことを、ジャックは反省する。


「分かった分かった、教えるから揺らすな!」


 そう言い放つと、アリシアは満足げにジャックの隣にちょこんと座り静聴の姿勢に入る。この変わり身の早さにはいつになっても慣れることができない。

 調子が狂いそうになるのを押しとどめてジャックは一度端末を床に置き、自らの推理を披露し始めた。


「この前見せてくれた農機があるだろ? いくつか壊されたってやつ」


 何度も頷くアリシア。その熱心さに却っておちょくられているような気がしたジャックは話を中断する。


「おい、なんでそんなに楽しそうなんだ?」

「だって推理ショーなんて初めて見るんだもん」


 そんな大層なものではないんだが、ともごもご言いながらジャックは説明を再開した。期待感が乗っかった視線が全身に刺さり、身震いする。


「えーとだな、その時のお前が言うには、破損しているもの全てが『壊された』ものではない、と」

「あ、そんな気がする」

「その中でも耕運機の刃は自然な故障だな?」

「たぶん。地中の石か何かに当たったんだと思うけど」

「それにしては損傷が激しいと思ったんでな。ここのコンピューターから無人耕運機の稼働ログを調べてみたんだ」


 タブレットに農場の地図と、耕運機が故障するまでに移動したルートが重なって映し出された。畑の中を隈なく走行している細い線は、ある地点で破損発生の警告文を表示している。ジャックは他の耕運機のものに画面を切り替えていった。


 四台の農機が全て、特定のポイントで破損を訴えている。

 アリシアもここまでくれば最後まで言わずとも、ジャックの言わんとしていること察したようだ。


「ここに……何かがある?」

「ただのデカい岩かもしれない。それでも確かめる価値はあるはずだ」


 たわわに実った金色の小麦を踏み荒らすのは非常に心苦しかったが、この際仕方がない。ジャックはあとでアリシアの父親に謝ることを密かに誓い、畑の真ん中に立った。


「じゃあ、行くよ」


 アリシアが大きなスコップを地面に突き刺す。その様子をジャックは固唾を飲んで見守った。

 小麦の根が張った地面を掘るのはかなり骨の折れる作業だ。それでもタブレットに示されたポイント全体を少しずつ掘り進めていく。


「まったく、どこにあるのよ!」


 アリシアがいら立ちを吐き出し力任せにスコップを突き立てた。


 重々しい鈍い音が聞こえた。

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