File.14
ブラッドの家からアリシアと車をピックアップし、農場への帰路につく。
出発前に、何か仕掛けられてはいないか、と車を軽く点検してみたが特に異常は見当たらなかった。とはいえ、その道のプロが本気で爆弾や発信機を仕込んでいたら、それこそ車をスクラップにする勢いで調べなければならない。
その点、ブラッドの専門は戦闘だ。このような工作は不得意としているので安心していいのかもしれなかった。
いずれにせよ十数キロ走らせた時点で二人共生きているので爆弾は無いものと考えていいだろう。
「ブラッドについてだが、何か変わったことはなかったか?」
ジャックはフロントガラスから差し込んでくる日光に目を細めながら運転中のアリシアに尋ねた。
「うーん、普段の様子を知らないから何とも。常識的に考えたら変なことしかしてなかったと思うけど」
それはもっともだ、とジャックは小さく笑う。
「変なことってのは例えば?」
「パソコンで何か書きながら銃の手入れしたり、くるくる回したり。集中してるのかと思ったらイイカンジのタイミングで紅茶淹れてくれるし」
「あいつは視野が広いし反射神経も俺より数段上だ。昔、部屋に出たゴキブリを22口径で撃ち抜いてアパートを追い出されたことがある」
つまらないジョークと思ったのかアリシアは控え目に笑った。
彼女の話からはブラッドを怪しむべき材料は出てこなかったが、そもそも素人に見破られる程度の技量なら警戒する必要もないのだ。
戦友を疑いつつも協力を仰がなければならないという今の状況は非常に心苦しい。
しかし、悩んだところで何かが好転するわけでもないので、ジャックは淡々と進むべきステップを踏んでいくことにした。
まずは、先ほどの交渉の概要をアリシアに説明する。事実とそれに関するジャックの考察をなるべく中立的に話すよう心掛けた。
「……というわけだ。ファミリーと協力すれば『身の安全』と『それなりの金』が手に入る」
「でも、父さんを撃った連中でしょ?」
ジャックは無言で頷く。
彼女にとっては、まだ死んではないが親の仇だ。積極的に手を組みたい相手ではないだろう。
「いずれにせよ、最終的な決定権は君にある。どんな選択をしようが俺は全力で対応する」
ただそれだけ言って、アリシアの答えを待った。
古びたエンジンとヘタったサスペンションの振動だけが車内に響く。
前方には延々と滑走路のような直線道路が伸びていて、周囲には四角く分けられた巨大な農地が地平線まで広がっていた。
進んでいるのに目に映る光景は静止しているように変わり映えしない。
結論が下される前にジャックの視界の端に違和感が映り込んだ。
リアガラスの向こうにスポーツタイプのバイクが二台、ルームミラー越しに見えた。正確には十五分以上前から見え続けていた。
長い一本道なのだからずっと同じ車両が前後にいることは不思議ではないが、フル装備のライダーが速くもない中古車を追い越さずにいるというのは不自然を通り越して滑稽だ。
「おい、少しスピードを緩めてみてくれ」
「え、どうして?」
「ゆっくりミラーを見てみろ。後ろのやつらに尾行されてる可能性がある」
アリシアは微かに息をのんだ後、ジャックの指示に従い速度を徐々に落とし始めた。
後方のバイクとの距離は縮まらず、追い越そうとする雰囲気もない。ここまで露骨だと尾行ではなく追跡だ。
ドルフ・ファミリーだろうか。しかし決断の延期は承認していたはず。となるとディアナが直接雇った者か、それともまだ見ぬXの手先か。
目的も正体も不明だが、愉快なことではないのは確かだ。
「振り切れるか?」
ハンドルを握るアリシアにダメ元で訊いてみる。
「これがフェラーリかランボルギーニだったらいくらでもやってあげるんだけど……それとも、秘密のボタンでジェットエンジンとか出てくるの?」
「次買い替える時に検討するさ。とりあえずこのまま進み続けてくれ。農場に入る横道で迎え撃つ」
「オーケー」
アリシアが勢いよくアクセルを踏み込むとエンジンが高音で唸ったが、音ほどにはスピードの変化は無かった。
ジャックは追跡者を気にしながら後部座席に移動し、そこのバッグから銃を取り出す。腰にショットシェルホルダーの付いたベルトを巻き付け、スラグ弾を差し込んでいった。銃には対人戦闘で汎用性の高いバッグショットを装填し、準備は完了だ。
数分後、フリーウェイからほとんどスピードを殺さずに横道に飛び込む。後部座席で戦闘態勢を整えていたジャックは遠心力に飛ばされないようシートベルトを腕に巻き付けた。
車内で発砲すると耳がやられてしまう。ジャックは全ての窓を開け、右側のドアをゆっくり開き身を乗り出した。
体のすぐ下を地面が流れていく。強風と照り返しで嬉しくない適温に包まれた。
案の定追いかけて来ているバイクの一台に、ジャックは狙いを定める。未舗装の道路のせいで上下の揺れが大きいが散弾なので許容できる範囲だ。
「そのまま真っ直ぐ走ってくれ!」
アリシアに向かって叫びながら、引き金を絞っていく。先手の発砲は法的に不利だが相手が明確に敵意を見せているなら話は別だ。
刹那、破裂音とともにガラスの砕ける音が空気を切り裂く。金属音と火花も混じっている。向こうが先に攻撃を開始したのだ。
アリシアは短い悲鳴を上げ、破片から頭をかばっている。もちろん両手はハンドルから外されていた。
「おい馬鹿っ! 運転を続けてくれ!」
そう呼び掛けるジャックだが、それが無理なのも承知の上だ。
アリシアの太腿の上に飛び乗りハンドルを全力で右に切り、すかさずハンドブレーキを引く。体格の問題でオプション無しではフットブレーキに足が届かない故の苦肉の策だった。
その間も連続した銃弾が車体に浴びせられていた。サブマシンガンによる襲撃だ。
数十メートルもの距離を砂埃をあげながら何とか停止する。
上手く助手席側を襲撃者たちに向けることができ、アリシアとジャックは車から転げ出た。
「じっとしてろ、運が良ければ当たらない」
「分かってる、分かってるって!」
タイヤに隠れてうずくまるアリシアに声をかけた後、ジャックは車体をバリケードにしながら襲撃者達の方を見る。二人共バイクを降りて断続的に射撃を繰り返しながら迫って来ていた。
片方が弾倉交換に入ったタイミングを見逃さずに二発撃ち込んだ。
距離は五十メートルもない。散弾でも十分に殺傷力のある範囲だったが相手は軽くよろめいただけで、構わず歩き続けている。
「変なもん着込んでやがるな……」
ジャックは身を隠しながら毒づく。
ライダー用のプロテクターに見えていたそれは全身にまとった防弾装備だった。歩くだけでも一苦労な重量なのだろうが、そのせいで散弾が命中した衝撃にも動じていない。
だがこれだけ距離が近ければ戦いようはある。
ジャックはショットガンに二発分のスラグ弾を装填し、襲撃者の胴体を狙った。
近距離での破壊力は大口径のライフルに匹敵する。貫通はしなくとも衝撃で肋骨が折れるか内臓が損傷するかはしてくれるはずだ。
しかし襲撃者達の奥から一台の黒いセダンが猛スピードで接近しているのに気付き、体を引っ込めた。
敵の増援だとしたら、かなり絶望的な状況に陥る。
急ブレーキ音ののち、銃撃の中にサブマシンガンとは違う銃声が数発混じった。いずれも車体に当たっている感覚はない。
慎重に車の陰から顔を出して見ると、セダンから降りてきたスーツ姿の男が車を盾に、襲撃者達へ拳銃を発砲していた。被弾した敵は大きくよろめき姿勢を崩している。
45口径あたりの大口径弾を撃ち込んでいるに違いない。
襲撃者達も乱入してきた男へ応戦を開始したが、放った銃弾は全て車体に弾かれている。
「防弾仕様の車両……あいつ何者だ?」
とりあえず明確な敵を先に排除しようと、ジャックも背中を向けている襲撃者の一人へスラグ弾を撃ち込んだ。
弾丸のエネルギーを余すことなく受け止めた敵は、空き缶か何かのように転倒した。
形勢不利を悟った片割れは牽制弾をばら撒きながら仲間を引き起こす。そのままのろのろとバイクに向かい、二人乗りで退散した。
ジャックに、それを撃つほどの悪魔になるつもりはない。スーツ姿の男も同様らしかった。
アリシアの方を見ると、彼女は戦闘が始まった時と同じ姿勢でうずくまっている。素早く全身に視線を走らせてみたが、目立った怪我はなさそうだ。それでもジャケットが少し破けていたり、顔や手に小さな傷が見受けられた。
「……終わったの?」
アリシアが恐る恐る顔を上げる。その瞳には疲労と恐怖の色が残っていた。
「まだ分からない。俺が合図するまでここで待っててくれ」
あの男が味方とは限らない。「襲撃者達と敵対していた」という事実が存在するだけであり、敵の敵は味方などという論理は普遍的な真理ではないのだ。
ジャックはショットガンを抱えたまま、男の方へと歩いていく。向こうも同じように歩み寄って来ていた。
三十代後半から四十代前半ぐらいと思われるその男の右手にはガバメントタイプの拳銃が握られている。防弾アーマーに対してライフルやPDW以外では有効な武器だ。
男は腰のホルスターに拳銃を戻すと、スーツに付いた砂埃を払い始めた。短く整えられた金髪のヘアスタイルも乱れていないことから、かなり場慣れした雰囲気を漂わせている。
最初に口を開いたのは男の方だった。銃撃戦の直後とは思えない軽快な笑みをにこりと浮かべている。
「お怪我はありませんか? 勝手に加勢をさせていただきましたが……」
ジャックは相手の手の届かない距離感で足を止めた。
「助かったよ、おかげで大した怪我はない。車はたぶん天に召されたが」
「そうですか、間に合って良かった。おっと申し遅れました、私は国防総省国防情報局(DIA)所属のマシュー・カールトンです。以後お見知りおきを」
そう言って掲げられた身分証はおそらく本物であろう。しかしマシューの所属よりも気にかかる単語が彼の自己紹介に含まれていた。
「カールトンっていうと、もしかして……」
「ええ、ご推測の通り、私はカールトン・コンストラクション先代社長の息子です」
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