File.15
だだっ広い農地のど真ん中で長話をするのも不用心なため、ジャックとアリシアはマシューの車でカーリー家へと向かった。
敵か味方か知れぬ者の車に乗るのは気が引けたが、銃や諸々の装備を持ち込むことを許可されたので警戒しつつも二人で乗り込んだのであった。
あれだけの銃撃を受けたというのに窓ガラスに薄っすらとヒビが入っているだけで、車内には一発も貫通していない。
軍用の特別仕様車両であるということはマシューは公的な任務で動いているということだろうか。
様々な憶測が頭を駆け回っていたが、相手の用意した密室で不用意なことを口走るわけにもいかず、無言でアリシアの傷に絆創膏を貼り付けてるうちに到着した。
ジャックとマシューが先に車を降りて周囲の安全を確保した後、アリシアと一緒に家の中へと入る。出た時と同じ、平穏な光景が広がっていた。
アリシアは「気分が悪い」と言って二階の自室に引っ込んでしまったので、仕方なくジャックがマシューにコーヒーを振舞った。
二人はダイニングのテーブルで向かい合うように座る。
机上にはスライドを外されたガバメントが一丁、重々しく置いてあった。マシューが「互いの信頼のため」と言って自身の拳銃を分解したものだ。
ここでもコーヒーを一口啜ったマシューが先に話し始めた。
「お嬢さんの体調はいかがでしたか? やはりどこかしら怪我を」
「いや、あれだけの戦闘だ。まともな神経なら参っても仕方ないだろう」
ジャックの言葉にマシューは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「私もあなたも色々と麻痺している身ですからね」
「そうだな。そういや、あんたとてもホワイトワーカーとは思えない動きだったが、軍にでもいたのか?」
「ええ、若い頃は陸軍にいましたよ。アフガンでの不毛な日々は今思い返してもうんざりする。その後DIAのエージェントとして現場を駆けずり回って、最近になってやっと安全なオフィス勤め……我ながら運だけは良かったと思ってます」
ということはこちらの過去についても当然把握しているのだろう。
ジャックはまだしていなかった自己紹介を省略し、本題へと移った。
「身の上話はここまでにしておいて、あんたがこの件にどれだけ関与しているのか、できる限り話してもらいたい」
マシューは深く頷き、姿勢を正した。
「もちろんです。そのためにここへ来たのですから」
彼は最初にタブレット端末を使って一枚の画像をジャックに見せた。北米大陸の地図に所々赤い点が打たれていて、そのうちの一つはジャック達の現在地と一致している。
「この赤いポイントは何だ? 今いるここにもあるみたいだが」
「存在が公にはされていない米軍の秘密基地のうち、既に解体されているものの座標を示しています」
「秘密基地? エリア51以外にもこんなにあったとはな」
二〇一三年に米国政府がエリア51の存在を公式に認め、多少の機密公開を行ってからもなお「秘密基地」というのは陰謀論者や暇人の格好のネタであり続けている。
そんなものが実際に大量にあったという証拠を見せつけられるというのは何とも笑えない。
「まあ、秘密基地といってもスパイや共産主義者監視のための小規模なものですよ。それこそオフィスの一室程度で職員も数名しかいません。いくつか核戦争に備えた大規模なシェルタータイプもあったようですが、ほとんどは冷戦の終結とともに役目を終えています」
「そのうちの一つがここにあった、ということか」
「はい、後者の地下基地が存在していた記録があります」
ここはもともと国有地だった、とアリシアが話していた記憶がある。一応の辻褄は合っているわけだ。
「でも解体された基地なんだろう? それが今回の件とどう関わってくるんだ?」
ジャックがそう問い詰めると、マシューは困ったように肩をすくめた。
「それがどうやら完全には解体されていないようなんです。もちろん機能的には停止していますが、施設の一部は今も我々の足下に残っているということです」
それからマシューは地下基地に関するこれまでの経緯を、黒塗りの資料を混ぜながら説明し始めた。
「この基地〈ファイルコード・SX-04〉が一九九二年に解体された当時、元軍人で地元の建設会社社長でもあった私の父が協力した、という記録が残っています。おそらくその際に一部の職員と結託し、基地の一部を残したままにしておいた、と推測されています」
「残った基地を何かに利用するか、そこに何かを隠したか、いずれにせよ掘り返す前にあんたの父親は死んでしまったということか。そして、その情報を代替わりでディアナが掴んだ」
「はい。カールトン・コンストラクションやランドン・ミラー氏周辺では使途不明な金の動きが確認されています。彼らが何らかの確証を持って動いているのは明らかでしょう」
逆に言うとマシューもディアナ達の目的を知ることができていない。CIAと肩を並べる諜報機関の名が泣いているのではないか。
「あんたらのバックには国がついてるんだ。お得意の強引な方法で証拠を集められないのか?」
世界最大の軍事国家直属の諜報機関が、たかが民間企業とマフィアを恐れる道理がないだろう。
今回の件、国に解決して貰えれば全てが丸く収まると言っても過言ではないのだ。怪しい立場の戦友に惑わされることもなければ、マフィアと組むかどうかに迷う必要も消失する。
そんな期待を込めた嫌味だったが、現実に為されていないことから答えは自ずと確定していた。
「……残念ながら今回の件は過去の国防総省職員による不正というネガティブな事案であり、且つ掘り返せば何が出てくるか分からない危険なものです。表立った調査はできず、現在動いているのは私を含めた数名のエージェントのみです」
体裁を気にするのは民主主義国家の宿命、それに関して文句をいうつもりはない。
しかし、そういうつまらないもののせいで状況が好転していないという事実にジャックは歯噛みした。
「結局、俺達が体張って何とかする必要があるのか」
「せめて基地の内部を調査することができれば話は変わってくるのですが、今やここは私有地ですし、入り口を探そうにも絶対的に人手が足りません。どうにか協力をお願いできませんでしょうか?」
ドルフ・ファミリーと協力するよりも遥かに現実的で後腐れのない提案だ。
ジャックはあの場でマフィアと約束を交わさなかった自分自身に感謝した。急がなくとも幸運というものは歩み寄って来てくれるのだ。
しかし、決定権がジャックに無いことはドルフ達との約束と同じである。
「こちらとしても嬉しい話だが、上で休んでるアリシアと相談してみないことには返事ができないんだ。なんなら彼女の両親の方に直接話に行ってくれ。そうすれば何の問題も生じない」
そっちの方が事はスムーズに進むし、アリシアを危険な目に合わせずに済む。
だが、マシューの苦笑いでジャックはまたもや答えを悟った。
「もちろん我々もそのつもりだったのですが、先ほど話した事実を開示する対象は上層部から制限をかけられていまして、何とか特殊部隊出身のジャックさんに話す許可を取れたばかりなんですよ」
ジャックは文句を吐き捨てる気も失い、ただ長いため息を吐いた。
三歩進んで二歩下がるようなことを何度繰り返せば良いのだろうか。現実というものがひどく不都合にできているように思えてしまう。
「それと気になってたんだが、なぜ関係者の親族であるあんたがこの件に関わる? 良い顔はされないだろ」
どんな訓練を積んだところで、知った顔に引き金を引けるかどうかは別問題だ。撃てない人間は職務を全うできないし、撃てる人間はまともかどうかに疑問符が付く。
マシューは爽やかでありながらも何かを含んだ視線を向けてきた。
「身内の過ちは身内がケリをつける、それだけですよ」
そして、互いに手持ちの情報を確認し合ったのち、注がれたコーヒーを三分の一ほど残してマシューが立ち上がった。
彼はガバメントを組み直しホルスターに収めるとスーツの襟を几帳面に正す。
「アリシアさんの確認が取れ次第ご連絡ください。それと、気休め程度にしかならないかもしれませんが、夜間は仲間のエージェントにこの家の安全確保を命じておきます。それでは」
「ありがとう、恩に着る」
ジャックは扉の向こうに消えていくマシューの背中を見送り、遠ざかっていくエンジン音に少しの間だけ耳を傾けていた。
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